もっと貴方を知りたくて 一日が終わった真夜中の天幕で、服を着直した男二人が並ぶには狭い寝台に、養父の隣へひっつき、指でつうと腕の古傷の一つを優しくなぞれば、驚いたように肩が跳ねた。
「……殿下?」
ジョセフが意図を理解できず、戸惑っているのが伝わってくる。普段は、解放軍の総督と参謀としている時にはまず見ることのない、素直な表情を見れたのが嬉しくて、アレインはにこりと笑みを浮かべ、もう一度傷をさすった。
「なあ、この傷はいつ付いたんだ?」
「傷…ですか?少なくとも十年以上前というのは確かですが……。いかんせん、付いた傷が多すぎて、一つ一つ覚えては…」
「もう少し考えてくれ、思い出せるかもしれないだろ?」
自分でもだいぶ無茶なことを言っていると思うが、養父は強引なアレインに戸惑いつつも手を口元に当て、律儀にも記憶を辿っていたが、やがて「ああ、そういえば」と手を離した。
「昔、ドラケンガルドとコルニアが交戦していた時代にできた傷だった筈です。あの頃はまだ若く、剣の腕も未熟で生傷が絶えなかったですな」
「ふうん……」
アレインは形を確かめるようにその傷をゆっくりと撫で、それから別の古傷に触れた。
「それじゃあ、これは?」
「……突然どうされたのですか。老いぼれの昔話など楽しいものではないでしょうに」
「突然ってわけではないな。ずっと、聞きたかったことなんだ」
「…昔のコルニアについてですか?」
「いいや、貴方のこと」
わざと話題をずらして、触れないでほしいという雰囲気を醸し出しているジョセフを敢えて無視し、古傷にそっと顔を寄せて軽く口付けた。養父が息を詰まらせたのを感じて顔を上げれば、視線が絡む。その目には、アレインの真意を計りかねているような困惑の色があった。
「話を逸らさないでくれ」
静かに、しかし獲物を追い詰め、にじり寄るかのような声音を出せば、ジョセフは言いにくそうに口籠もった。
「……この傷は、殿下に話すことすら烏滸がましい記憶でして…」
「でも、スカーレットは知ってるじゃないか」
がたん、と音を立ててジョセフが身を起こす。アレインはすかさずその腕を捕まえ、自身が上になるように押し倒し、再び寝台に縫い止める。養父は驚愕と動揺の入り混じった視線をこちらに寄越したが、獲物を逃さず己の腕の中に閉じ込めたアレインは、満足そうに笑みを浮かべた。
「逃すわけないだろ」
「いえ…逃げようとしたわけではなく……驚いたというか……はぁ」
養父は観念したように溜息を吐いて、アレインを見上げた。
「…………聞いたのですか」
「スカーレットが話したわけじゃない。島に来たばかりの頃は、貴方がコルニアに行く時、俺を神父様の所に預けていただろ?その時スカーレットと一緒に、貴方達の昔話を色々と聞いたんだ」
「……あの荒くれ神父め…本当に……」
養父は親友の狼藉に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべたが、ふとあることに思い至ったようで、訝しむようにこちらを見る。
「知っているのであれば、わざわざ私が話す必要もないでしょう」
「貴方のことを、貴方の口から聞きたいんだ」
「あのような過去、そう何度もお聞かせするような話でもありません。…寧ろ、忘れていただきたいのですが」
気まずそうに目を逸らしたジョセフの左手を、アレインは手に取り、薬指に軽く口付ける。
「たとえジョセフが昔のことをどう思っていようとも、それは今の貴方を形作っている大事なものだろう。だから、過去のジョセフをもっと教えてほしい。貴方の全てを知りたいんだ」
そう告げつつジョセフの隣に寝転がって腕を絡ませれば、彼は困ったように眉尻を下げたが、逃げられないことを悟っているらしく、養子の好きなようにさせていた。
「…………分かってはおりましたが、物好きな方ですな」
「ははは、褒め言葉として受け取っておこう。……それで、話してくれるよな?」
「……この老骨の昔話でよければ」
「うん。貴方がいいんだ、俺は」
ぽつ、ぽつ、とジョセフはゆっくりと、遠く昔に隅へ放り込んだであろう思い出を、拾いあげるようにして語り始めていった。時折懐かしげな表情を浮かべる養父を、アレインは愛おしげに見つめながら、一言も聞き逃すことのないように耳を傾けた。