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    かくら

    @I18chiha

    サタイサ

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    かくら

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    推しカプすごろく
    人外パロ
    「片方がアンドロイド」のサタイサ
    リアさんより設定をいただきました。

    前編です。

    (2024.12.21)

    タダイツワリヌアイデ 喫煙所の隣にある自動販売機で缶コーヒーを買った。
     憧れのサタケ所長がいつも飲んでるブラックコーヒーだ。
     温かい缶を両手で包み込む。
     こっそり同じものを買ってるなんて本人に知られるわけにはいかないけど、限られた選択肢の中でたまたまだって言い訳が残されてる。
    「ん……」
     タバコのにおいがする。
     喫煙所のドアが開いたらしい。 
    「アオ? ちょうどよかった」
    「はい!」
     驚いた。声が裏返っていなかっただろうか。
    「立ち入った話で心苦しいんだが……」
    「はい」
     就職2年目のまだ新人の域を出ない俺に所長が何の用だろう。
    「モニターを探しているんだ。目星をつけていた相手にたった今断られたところでな」
    「モニターですか」
     この研究所は人工知能の研究開発をしている。おそらくそれ関連かな。
    「20代の独身のデータがほしいんだ」
     どういうことだ……?
    「アオは今、特定のパートナーがいるか?」
     それはつまり彼氏彼女といった恋人ということ?
    「パートナーはいません」
     ドキドキしながら返事をした。
    「そうか。もしよかったら、協力してくれないか?」
    「俺でよければ」
     ついてきてくれ、と促されてサタケ所長の半歩後ろを歩く。

     カードキーとパスワードと虹彩認証で厳重に守られた地下のラボに連れてこられた。
     無機質な部屋の中にはコクピットのようなカプセルが置かれていた。
    「恋人タイプのアンドロイドの試作品だ」
     スモークガラスの向こうに人型のものが横たわっている。
    「今はまだプロトタイプのままだ、アオの好みに設定してもらえればいい」
    「俺の好み……?」
     そんなの目の前にいるサタケさんだけど……。
    「年齢性別趣味嗜好、開発にあたり全てにおいて圧倒的にデータが不足している」 
     タブレットを差し出された。
    「アオなら俺が手を貸さずとも自身で入力できるだろ? 会話、行動、思考はパターン化されてデータベースに集約される。気休め程度にしかならないが、プライバシー保護のため録音録画は行わない」
    「つまりこれで俺の理想の恋人を作って、アンドロイドの恋人と過ごしたデータを収集すると」
    「頼めるか?」
     タブレットを受け取る。
    「期間は?」
    「……そうだな、とりあえず2週間。調整等も必要になってくるだろうし」
    「分かりました、やります」
     サタケさんはモニターが見つかってほっとしたように微笑んでくれた。
     胸がズキッとした。だって、それはつまり俺が誰と付き合っていようと興味がないってことだから。
    「ただ、俺は恋愛経験がなくて誰とも付き合ったことがないんで、有意義なデータは取れないかもしれませんよ」
     サタケ所長は驚いたみたいな顔をした。
    「恋愛初心者、か……。興味深い」
    「興味を持ってもらえてよかったです。ところで、俺はここで生活すればいいんですか?」
    「さすがに住み込みってわけにはな……持ち帰ってもらって自宅でいい」
     デスクにあった付箋にペンでサラサラとコードを書いた。
    「緊急停止用のコードだ。身の危険を感じたらこのコードを読み上げろ、全ての機能が停止する。初期化コードだと思ってくれていい」
     音声認識か。
    「覚えたか?」
    「はい」
    「今日はもう上がっていい、在宅勤務扱いにしておく」
     スマホを取り出して、配送の手続きを始めた。


     配送チームはテキパキと仕事を終えて、俺の狭い部屋の壁にカプセルが設置された。横置きだと部屋の半分がカプセルで埋まってただろうから立てかけてもらえて助かった。
    「タブレットで詳細設定を入力、調整もここで……カプセル自体が3Dプリンタみたいになってんのか……充電スポットも兼ねてる、へぇ。電池残量が減ると自分で戻るよう設定済み? 自動掃除機みたいだな……」
     スモークガラスに手を押し当てる。今から俺は理想の恋人を作るんだ……。
    「よし……っ、やるか」
     まずは細かな外見の設定から。出力まで時間がかかるから悩んでる暇はない。
    「名前も設定しなきゃなんだよな……」
     さすがにサタケさんと同じ名前にはできないよな。
     あ……声も設定できるんだ……完璧に再現は無理だけど、近い声は出力できそう。
     タブレットを操作していた手が止まる。
     呼ばれてみたい。サタケさんの声で顔で、俺の名前を呼ばれてみたい。
     録音録画はしないって言ってた。学習データはパターン化されるって言ってたし、会話そのものが収集されるわけじゃないんだよな……。
     震える指で名前を入力していく。
     勢いに任せてエンターキーを押し込んだ。
     一度設定してしまえば、あとはもう開き直ったみたいにサクサクと入力が進んだ。俺が知ってる範囲のサタケ所長のデータを打ち込んでいく。だんだん楽しくなってきた。
     ひとつ違うのが、この「サタケさん」は最初から俺の恋人として設定されているってこと。
     全ての設定を終える。
     ヴン……と低い音が鳴ってカプセルの周りが青く光った。
     タブレットから顔を上げた。外はすっかり暗くなっていた。
     途端に腹の虫が鳴る。朝から何も食べてなかった。
    「ラーメンでも食べてくるか……」
     さすがに疲れた。今から自炊する気力はない。それにがっつり濃い味を体が欲してる。
     背伸びをして肩を回して、玄関に向かった。


     ラーメンを食べたあと、コンビニに寄ってアイスを買った。
     帰ったらまずは風呂、その後でアイス、完璧な流れだ。
     エレベーターをおりて、廊下を足早に歩いて、玄関の鍵を開ける。
    「ただいまー」
     誰もいないけど子どもの頃からの習慣だ。

    「おかえり」

     驚いて靴を脱いでいた途中で固まった。

    「おかえり、イサミ」

    「えっ、なんで、サタケ所長が!?」

     心臓がすごい音を立ててる。
     サタケ所長はフフッと笑った。
    「リュウジだろ、イサミ」
    「あ……」
     そうだ、これはサタケ所長じゃない。俺が設定した恋人タイプのアンドロイドだ。
     よく見たらグリーンの検査衣を着てる。初期設定のままだ。

    「おいで、イサミ」
     サタケ所長によく似た顔と声で両手を広げられると、抗えるわけがなかった。
     脱いだ靴を揃えることもせず、フラフラと誘われるまま、腕の中に体を預けた。
     冷たい……。
     そうか、体温は無いんだ。心臓の音の代わりにモーターの様な低い音がする。
    「イサミ、俺の恋人」
     それでも好きな人の顔と声で優しく抱きしめられたら嬉しくてすがってしまった。
    「もっと、名前、呼んで」
    「イサミ」
     アイスが溶けるのは気になるけど、離れがたくて動けずにいた。
    「イサミ、アイスを買ってきたのか?」
     コンビニの袋を手に取り、俺から体を離した。
    「あ……」
     左の手の甲に「01」の刻印がある。
    「溶ける前に冷凍庫にいれてこよう。風呂を溜めておいたから先に入ってこい」
    「はい」
     言い方、すごくサタケ所長っぽい。
    「いい子だ」
     5cm上に設定した身長をいかして、俺の額に口付けてきた。
    「…………!」
     手慣れてる!?
     サタケ所長はモテるって聞いてたから過去に恋人がいた設定にしたのは俺だけど……これは人工知能が判断した「サタケ リュウジ」が恋人にする行動なのか、データベースから反映されたモテる男の行動パターンなのか。
    「赤くなった。かわいいな、イサミ」
     真っ赤になって額を押さえる俺を見て、愛おしいものに向ける目で俺を見た。
    「うぅ……。ふ、風呂! 行ってきます!」
     アンドロイドだって分かってるけど、胸のドキドキがとまらない。
     サタケさんが着てる服とサタケさんが使ってる香水を纏わせたら、俺、どうなってしまうんだ。

    「イサミ」
    「……はい」
     風呂上がってからずっと後ろから抱きしめられている。
     言われるがまま背もたれがわりみたいにもたれてアイスを口に運ぶ。
     狭い部屋だからソファなんてものは置いてない、座布団の上だ。
    「俺の名前は呼んでくれないのか?」
    「サ……りゅ、リュウジさん」
    「ん、よくできました」
     後ろから頬にキスをされた。
     こんなの俺の心臓がもたない。
     カップに入ったアイスを床に置いた。
    「あ、あの……俺、恋人とか初めてで……もう少し、ゆっくりと」
    「初めてか。興味深い。分かった、イサミが慣れるまで」
     ぎゅっと手を握ってきた。
    「手を握るのは? 平気か?」
    「ひゃ、はい……」
     アンドロイドだって分かってるのに、好きな人の顔で言われるともうダメだ。
     録音録画がなくて本当に良かった。
    「イサミは明日の予定はどうなってるんだ?」
    「明日は仕事です……定時で上がれたら18時までに帰ってこれます」
     反応がない。どうしたんだろうと首を捻って後ろから俺を抱きしめるリュウジさんの方を向いた。
     リュウジさんの瞳の奥でチカチカと細かな光が点滅している。
     俺との会話ややり取りを処理をしているのかもしれない。
    「リュウジさんは家で待っていてください、帰ってきたら一緒に夕飯の用意をしましょう?」
    「分かった」
     戻った。
     すごくサタケさんっぽいから戸惑ったけど、プロトタイプのアンドロイドっぽいところもあってちょっと安心した。
     今のもパターン学習に入るのかな。
     少しだけ残っていたアイスをさっさと食べて、俺は立ち上がった。
    「俺はそろそろ寝ます、明日は6時に起きます」
    「起こそうか?」
    「大丈夫ですよ、自分で起きれますから」
    「添い寝は?」
     空になったカップをゴミ箱に捨てようとしたのに手元が狂った。
    「まだ早いですって……!」
     そりゃ、サタケさんの腕に抱かれて眠れたら最高だって思ってたけど。
    「眠るまで手を繋いでいようか?」
    「……え、遠慮します」
     すごく揺らいだ。それ、いいなって思った。
     逃げるように洗面所へ行って歯を磨く。
     早く慣れなきゃ、この生活が短くてもあと2週間は続くんだ。



    「おはよう、アオ」
    「おはようございます、サタケ所長」
     びっくりした。
     あの設定にしたのは俺だけど、昨夜のことを思い出してサタケ所長の顔をまっすぐ見れない。
    「どうだ、データは取れそうか?」
    「あー、そうですね。いいデータが取れるかどうかは分かりませんが最善を尽くします」
    「あらゆるパターンのサンプルが必要だからな、それでいい」
     知らなかった、サタケ所長ってこんな柔らかい顔で笑うこともあるんだ……。
    「あっ、あの。昨夜、会話中にビジー状態……フリーズしたんですけど、メンテを行った方がいいですか?」
    「……ん、そうか。そうだな、あまり頻繁に起こるようなら必要だろうな。数秒程度なら今はまだ様子見で問題ないだろ」
     プロトタイプだって言ってたもんな。
    「分かりました、また何かあれば報告します」
     リュウジさん、今頃は充電してるんだろうな。
    「あ、そうだ……食事とか入浴とかは無理なんですよね」
    「ん? あぁ、現段階では食事や入浴には対応していないな。防水仕様にはなっているから炊事や掃除程度なら可能なはずだ」
     サタケ所長は口元に手を当てて何か考えている。
    「アオ……」
     手招きされてフラフラと近寄る。
    「私達がつくっているのはセクサロイドではない」
     耳元で囁かれて、飛び退いた。
     サタケ所長の吐息を感じた箇所が熱くて、火傷しそうに熱くなった耳を両手で押さえた。
    「悪いな、セクハラかもしれないが間違いがあってからでは遅いからな」
    「…………! …………!」
     声にならない声を上げる。
    「あぁでも、そうだな、キスぐらいなら対応させた方がいいのか……?」
    「知りませんよ!」
     サタケ所長はククッと笑いながら立ち去った。
     ひとりごとなら後にしてくれ……!



    「ただいま」
    「おかえりイサミ」
     玄関を開けたらすぐそこで待っていてくれた。
     帰宅してすぐにぎゅっと抱きしめてもらえる。
    「リュウジさん」
     今日は本物のサタケ所長にひどい目にあわされた。慰めてほしい。ぐりぐりと頭をリュウジさんに擦りつけて甘える。
    「イサミ、会いたかった」
    「お、俺も……」
     甘い声と目線で囁かれて、腰が砕けそうになる。
    「ん? 何だ、その紙袋は?」
    「あ、これはお土産です。リュウジさんの服です。いつまでも検査衣ってわけにはいかないでしょ」
    「おみやげ、そうか、それは、嬉しいな」
     にっこりとリュウジさんが笑った。
    「イサミが俺のために選んでくれたんだろ?」
    「え、えぇまぁ……」
     サタケ所長の着ている服に似たものを買ってきただけだけど……。
    「着替えたら買い物に行きませんか? 行き先はスーパーですけど」
    「食材の買い出しだな」
    「そうです」
     リュウジさんは食べることはできないらしいけど、恋人なら一緒に買い物に行くこともあるだろ。これもデータ収集のためだ。断じて、デートがしたいという私利私欲ではない。
     黒いカットソーに着替えたリュウジさんは驚くほどサタケ所長にそっくりだ。
    「イサミ、ありがとう。嬉しいよ」
     手を差し出してくれる。
     ドキドキしながら手を繋ぐ。
    「よく似合ってます、すごくかっこいいです」
     ずっとサタケさんに言いたかった。
     黒いインナーの上に羽織った白衣を翻して颯爽と歩く姿にいつも憧れていた。
    「スーパーまでは何で行くんだ? バイクか?」
    「徒歩ですよ」
     サタケ所長はバイクが趣味だって聞いた。タイミングが合わなくて実際に乗ってるところは見たことはないけど。
     リュウジさんにもバイク好きな設定をインプットした。だからといってバイクに乗せるわけにはいかない。
    「あ、そうそう。忘れないうちに」
     買ってきた帽子をリュウジさんにかぶせる。
     サタケ所長に間違えられたり知り合いに見られたら面倒なことになる。
    「早く行きましょう、タイムセールが始まります」
    「タイムセールに間に合いたいんだな」
    「そうです。ちなみに今日はスパイスカレーにします」
    「スパイスカレーなら俺も得意だ」
     ふふっ、と俺は笑った。
     サタケ所長は料理上手らしいからリュウジさんも同じ設定にしている。インターネット経由でレシピをダウンロードしたりしてるのかな。
    「さっさと買い物して一緒に作りましょう、楽しみです」


     軽快にキーボードを叩く。
     好きな人と買い物して一緒に料理をするって楽しいんだな。
     昨日のことを思い出すとふわふわする。
     仕事は仕事としてきちんとこなしているけど、浮かれた気持ちがずっと続いている。
    「アオ」
    「リュ、サタケ所長! お疲れ様です!」
     危うく呼び間違えるところだった。
    「りゅ? まぁ、いい。今日は随分と調子が良さそうだな」
    「そうですか」
     恋ってすごいと思っていたところですとは言えない。
    「相談したいことがあるんだが、よかったら昼食を一緒にどうだ?」
    「もちろんで……あ、しまった」
    「どうした?」
     リュウジさんがお弁当を作ってくれたんだった。
    「実は今日に限ってお弁当を持ってきてて……」
    「アオ、いつも社食だったよな」
    「えぇ、はい。あの、例の……」
    「弁当を作るようプログラムしたのか?」
     プログラムはしてない。
    「もしかして、設定してないのに勝手に作っていたのはシステムエラーですか?」
    「いや、それは人工知能が順調に学習していってるということだ。アオのことを喜ばせたかったんだろう」
     リュウジさん、俺のために……。
     早く会いたいな。
    「あっ、でも社食でもお弁当持ち込めますよね」
    「すまない、こっちから声をかけたが早急に調べたいことができた。明日、時間をとってもらってもいいか?」
    「明日ですね」
     サタケ所長は白衣を翻して足早に去っていった。



    「ただいま」
    「おかえり、イサミ」
     今日も玄関で待っていてくれた。
     抱きしめてもらって、額にキスを受ける。
     今日は俺もリュウジさんの頬にキスを返した。
    「お弁当、おいしかったです」
    「それはよかった」
    「誰かの手作り弁当なんて久しぶりですごく嬉しかったです」
    「それじゃ明日も作ろうか」
     リュウジさんが俺を抱きしめる。
    「それなんですけど、明日は予定があるんでお弁当なくていいです」
    「そうか」
     一瞬、リュウジさんの表情が強張る。喜怒哀楽のうちどの表情を作るのが正解か迷っているのかもしれない。
    「今日の玉子焼き、俺の好きな味でした。また作ってください」
    「もちろんだ」
     優しい顔で笑ってくれた。

    「イサミ」
     夕飯のあと食器を洗っていたら、リュウジさんに後ろから抱きしめられた。
     洗う食器は1人分。
    「俺も一緒に食べることができればいいのに」
    「そうですね……」
     食卓を2人で囲んでいても食べているのは俺だけだから、それは少し寂しい。
    「イサミ」
    「はい」
    「愛してる」
    「……はい」
     サタケさんに言われてるみたいで体が熱くなった。
    「明日、迎えに行ってもいいか?」
    「迎えって職場にですか?」
     リュウジさんは頷く。
    「それは無理です」
     サタケ所長にそっくりのアンドロイドを恋人設定にしてるなんて知られるわけにはいかない。
    「それに俺、リュウジさんに『おかえり』って出迎えてもらえるのが好きみたいです」
    「分かった」
     タイミングよく風呂が沸いたメロディが鳴った。
    「入ってこい。残りはやっておく」
    「それじゃお願いします」
     言わなくてもシンクまでピカピカにしてくれる。これはサタケ所長の真面目な性格が反映されているのか、俺を喜ばせるための行動なのかどっちなんだろう。
     そんなことを思いながら温かい湯船で体の力を抜く。
     風呂の外でリュウジさんが何かカチャカチャ鳴らしてる。
     大学で実家を出てからずっと一人暮らしだったから、久しぶりに家の中に自分じゃない気配があるのが変な感じだ。
     サタケ所長も独身らしい。俺よりもずっと長い時間を1人で過ごしてるんだ。1人が好きなのかな。それか結婚してないだけでパートナーがいるとか。
     サタケ所長の相談って何だったんだろう。
     多分いや絶対、アンドロイドのことだろうけど……。
    「明日……」
     サタケ所長と一緒にご飯を食べるんだ。
     思わずへにゃりと頬が緩んだ。




    「相談っていうのはこれなんだが」
     本日の日替わり定食を食べ終わったタイミングでタブレットを渡された。
     遠慮したけどお昼をご馳走になってしまった。
     いつもの缶コーヒーを飲むサタケ所長からタブレットを受け取る。
     表示されているのはアンケート画面のようだ。
    「これもモニターに関係することですか?」
     ぱっと見た感じは性格診断テストみたいだけど、好きな色や食べ物、睡眠時間、休日の過ごし方なんかも混ざっている。
     研究で使うデータというより小学生の時に同じクラスの女子に渡されたプロフィール帳みたいな項目に首を傾げる。
    「今答えてしまえばいいですか」
    「あぁ、可能な範囲でいい」
     ポチポチと入力していく。
     サタケ所長は缶コーヒーを飲みながら俺を見つめていた。リュウジさんとの生活でちょっとは慣れたかと思ったけどやっぱり照れる。
    「あっ、そうだ」
     持ち込んでテーブルに乗せたままにしていたアルミホイルの包みを開いた。
    「パウンドケーキ? アオの手作りか?」
    「いえ、例の……です。俺が昨夜風呂に入ってる間に作ってくれてたみたいで」
    「……一切れいいか?」
    「はい、お待たせしてる間によかったら」
     サタケ所長は定食を食べるのに使った箸で器用に一切れつかんで口に運んだ。
    「基本のレシピに忠実な配合だな。混ぜ方も焼き加減も教本通りといったところか」
    「手作りというより市販のパウンドケーキみたいですよね」
     リュウジさんの料理は失敗しない。
    「俺なら少しブランデーを入れる」
    「えっ」
     サタケ所長をモデルに設定したのがバレてる……!?
    「これも例のが自主的に作ったんだよな。これまでアレンジを加えたことや失敗したことはあったか?」
    「いえ、失敗したことはないですしアレンジもしないです」
    「オリジナリティは高くない。だが意思疎通は問題なく出来てるんだよな」
    「はい。本物と話してるのかと錯覚するぐらい……」
     パウンドケーキをふたくちで食べ終えたサタケ所長は眉を寄せた。
    「何が違うんだ……初期設定の詳細さか……」
    「サタケ所長?」
    「アオ。本物と錯覚、といったな」
     しまった、口を滑らせた。
    「性格や行動を再現できるほど詳しく知った相手をモデルにしたのか?」
    「詳しく知ってるというのは語弊がありますけど……実在の人物をモデルにしたので設定はしやすかったです」
     好きな場所や動物なんかを直感で入力しながらサタケ所長の質問にも答える。
    「アオは例のを何と呼んでいるんだ?」
    「えっ、それ、答えなきゃダメですか……」
     さすがに本人を前に「リュウジさんです!」とは言えない。
    「アオは何と呼ばれている?」
    「イサミ、です……」
    「イサミ」
     ぶわっと顔が熱くなった。
     なんだよ、全然違う。リュウジさんに呼ばれた時とは全然違う。名前を呼ばれただけで、こんなにドキドキできるもんなのか。
    「リュウジさん……」
     思わず口走ってしまった。
    「あっ、すみません!」
     サタケ所長を名前で呼んだみたいになってしまった。慌てて顔を上げると、サタケ所長は見たことないぐらい赤い顔で俺を凝視していた。
     怒らせた……!?
    「謝らなくていい。職場の外ではそう呼んでもらって構わない」
    「それなら俺のことも」
     会話の途中でサタケ所長が弾かれたように立ち上がった。
    「なぜここに……」
     ガタッとテーブルに足をぶつけてもお構いなしで、白衣を脱ぎながら走り出した。
     食堂の入り口付近をフラフラしていた誰かに駆け寄ると頭から白衣をかぶせた。
     サタケ所長は白衣ですっぽりと覆い隠した人物を連れて戻ってきた。
    「すまんアオ、俺の分の食器も下げてもらっていいか。タブレットは預かっておいてくれ」
    「はい」
     サタケ所長、普段は「私」なのに「俺」になってる。よっぽど慌ててるんだ。
    「ほら、帰るぞ……。どうやってここまで来たんだ……本当に言うことを聞かないな」
     サタケ所長は白衣をかぶせた人物に小声で話しかけている。
    「サタ……ケさ……?」
     喋った。どこか機械じみた感じがする。
     白衣からチラリとのぞいた左手の甲に「05」の刻印が見えた。




    (後編へ続く)

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