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    餅の投げどころ

    @moti_Cthulhu
    餅の投げどころ

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    餅の投げどころ

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    https://twitter.com/4_mjhy/status/1517317634681110528?s=20&t=xg4XNVaCIQ609I2EDfcg2Q
    のうのうさんとのお題交換企画のやつです。
    なぜか特撮概念があるけど趣味です

    夕焼け小焼け 友人が死んだ。
     それはあまりにも唐突で、けれど都市だったらきっとよくある話の一つとして数えられるんだろうなと思えるくらいにありふれたものとして目に映ったであろう。
     友人が死んだ。
     友人と僕は住んでいる場所が少しばかり離れていた。
     けれどお互いの住まいを挟んでちょうど真ん中のあたりに公園があったから、遊ぶのはいつもそこだった。
     友人が死んだ。
     公園のちょうど真ん中から先。友人が笑って手を振っていたその瞬間も、自分を呼ぶ声も、それらがじゅっと消失する音もまとめて蒸発してしまったあの日。
     友人が死んだ。
     それから先のことは詳しく覚えていない。けれど居住区の一部が友人ごとごっそりと蒸発してしまったということだけは聞いた。どこそこの何某がやらかしただとか、事を鎮めるのに何人の便利屋が犠牲になっただとか、そういうことを大人たちはばたばたと話していて、両親は僕が無事だったことを泣いて喜んでいた。
     友人は、死んだ。
     学校から帰って荷物をベッドに放り投げて、日が暮れるまで遊んだその終わりの時に、
    「また明日ね!」
     そう言って笑ったあの笑顔は、もうどこにもないのだ。
     なかったはず、だった。


    「だからそこの展開はどうしても脚本家の悪い癖が出ちゃうんだよね」
    「わかる。けどそれが味わいっつーか。ああ、やっぱこの脚本家の作品観てるなぁって噛み締めちゃうんだわなあ」
     ベンチに腰掛けながら友人がけらりと笑う。日曜日の朝にやっている番組について討論するこの時間は勉強だ就活だとあちこち奔走する日々の中で、一つ大きな癒しの役割を担ってくれている。
     昔はあれやこれやと走り回って遊具に飛び乗って遊んでいただろうが、今はそんな気力も失せてしまった。あの頃は、大きくなればその分体力も気力もつくものだとばかり思っていたが、いやはやどうして、そうもならないらしい。
     きいこきいこと風に揺られた無人のブランコの鳴き声を聞きながら、先週の番組の内容を話す友人をじっと見る。
    あの時消えてしまわずに順当に時を刻んでいたらこうなるだろうな、という予想そのものの顔をした友人の姿。それと同時に脳裏にあるのは、あの時蒸発して消えてしまった友人の、幼い頃のままの笑顔。
     なんとも不可思議な話じゃないか。死んだはずの友人と、こうして趣味を語り合うだなんて。
     けれど実際こうして目の前にいる人物が、あの日死んだ友人であることは間違いないのだ。
    「おい、聞いてる?」
    「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
     友人のその少しばかり怒ったような口調にはっと意識をそちらに戻す。
     それでさぁ、と楽しげに話すその内容と記憶をすり合わせ、話を合わせて相槌を打っていく。正直話の内容よりも、彼が楽しげに笑っているのを見る方がよっぽど楽しくて仕方ない。
     時々そのすり合わせがうまくいかず、脳が混乱することもあるのだけれど。
    けれどその時は曖昧に笑って相槌を打つだけでいい。それだけで彼はだろうと、にっと人懐こい笑顔を浮かべて満足するのだ。
     ……彼が話す番組の内容は、僕の知っている内容と多少の差異がある。
    例えば先週、主人公のライバルが改心して仲間になる話を見たとする。けれど友人が話す内容ではライバルは改心せず最後まで悪として散っていく話だったという。
    その展開があまりにも良くてずっと泣きっぱなしだった、と話す友人の目はすでに思い出して涙ぐんでいる。だから僕は、君はそういうの弱いもんねえと笑ってみせるのだ。
     じっ、と視線をあわせ、視界の中に友人を収める。
     いつからだろう、死んだはずの友人とこうして夕暮れに語り合うようになったのは。人から人への蔓のような伝いで、並行世界というものがあると聞いたことがある。今自分がいる世界と同じようで、少し違う世界が並んで存在しているという噂。その世界を転々と歩いて渡る色持ち便利屋もいるというが、本当だろうか。
    少しずれた話を戻しながら、思う。もしかするとこの公園はほんの少し、この夕暮れ時に限り友人が生きている世界と重なっているんじゃ無いだろうかと。
    だから、夕暮れ時にここにくれば友人はあの夕方の延長戦のようにベンチに座り、僕と語り合おうと待ち構えているのだ。
     なんとも不可思議で不気味な話じゃないか。
     けれどそういったものはもはやどうだっていい。あの夕暮れの公園の続きに、今自分はいるという幸せを噛み締めながらまた相槌を打つ。
    本来ならば、もういないはずの人物の未来の輪郭に胸が締め付けられて仕方が無い。
    「というかさっきからお前、俺の顔ばっか見てんじゃん」
    「人と話す時は目を見て話せって教わったんですぅ」
     少しわざとらしくからかう口調に、それもそうかと友人も笑って僕を見た。
    お互いの目の中に、お互いが存在しているのが見える。目が離せない。
     この夕暮れどきは、何もかもが非常に曖昧だ。以前、楽しげに語る彼から目を離したことがある。たったの数十秒、家族からのメッセージを確認するため携帯端末に目を通したその数十秒のうちに、彼は消えてしまった。
    ああそうか、この曖昧な時間は観測者がいてこそ成り立つのだ。と、察したのはそのきっかり三十秒たった後の事。
     目を離せば、消えてしまう
    まるでロマンチックな小説の一行じゃないか。苦笑して、じっと見る友人の笑顔は脳裏に描いたままの大人の彼。本来だったらそうなってたであろう彼の姿に、あの時蒸発した笑顔が被って消えてくれない。消えてくれるな、と希望を込めて送る視線はどれだけ彼をこの場に止めてくれるだろうか。
    ずっと消えないでいてほしい。叶うはずの無い願いを口にしてしまいたけれど、嚙み殺すようにそっと頬の内側を噛んだ。
    「それでさ、来週向こうの広場で撮影やるんだって」
    「え、マジで?」
    「遠くからでいいからさぁ、一度撮影見てみたかったんだよ」
     ああ、来週が楽しみだ。と心底楽しそうに笑い、夢見る瞳をくうと細める彼を僕はなんとも言えない気持ちで見る。
     来週の日曜日、僕はもうここにはいない。
     就職が決まった僕は、その会社の社員寮に入るのだ。外にでられるのは二ヶ月に一度の休暇だけ。そうなったらもう、この夕暮れに足を運ぶこともできないだろう。
     誰からも観測されないこの夕暮れは一体どこへ収束するのだろうか。
    「来週、一緒に見に行こうぜ」
     嬉しい誘いが鼓膜の上を滑る。そもそもの話、この夕暮れはこの公園の中だけで完結している事象であり、二人揃って公園から出たとしても次の瞬間隣に彼の姿はない。
    なのにまた翌日の夕暮れで彼と出会えば、その公園の先のことを当たり前のように僕へと話すのだ。
     胡乱な現実に目眩がした。けれどそれは、ある種幸福な胡乱なのかもしれない。
    本来交わるはずがない並行世界の彼はあの日蒸発することもなく、そちら側の僕と未だに友情を結び続けてくれているのだと。そう思えばこの公園の先に、今ここいる僕がいけなくてもいいかと笑って諦めがつく。
    それと同時に、公園の外にいるであろう並行世界の僕へほんの少し嫉妬に近い羨ましさを投げつけてしまう。でも、まあそれでもいいか。この夕暮れの、曖昧な時間の友人を観測できるのはいまここにいる僕だけなのだから。
     ……それも今日でおしまい、なのだけれど。
     起こるはずの無い奇跡と変えられない運命。
    曖昧模糊とした夕暮れ時にだけ引っ繰り返せたその一瞬を、どれだけ覚えていられるだろうか。
    「この後飯、食いに行く?」
    「いいや、今日はこの後家族と食事なんだ。ごめん」
    「そっかあ。じゃあ仕方ないわ。明日行こうぜ、明日」
     友人がからからと笑う。
    僕にとっての明日と君にとっての明日は同じなのだろうか?
    その疑問に赤いペンをいれるのならば、いいえと書き込むのが筋だろう。今この瞬間を共にしたって、一歩公園から出れば僕たちは違う世界を生きて行くのだ。
     君は僕といる明日を。僕は君を失った明日を。
     きっともう、僕という観測者を失った夕暮れはこの公園に重なることは無いだろう。そしてまた、ここにいる僕を彼という観測者が定めることもない。僕は観測者であり、また同時に箱の中の猫なのだ。
     二人揃ってベンチを立つ。
     踏んだ砂利の音が耳にうるさくて泣きわめきたくなってしまうけれど、それをぐっと抑えるのは奇跡的な夕暮れに対する僕なりの敬意だ。最後の瞬間が涙でわちゃくちゃになるなんて失礼だろう? と誰に向けるでもない問いかけにふっと笑う。
     帰り道、友人とは反対方向。それぞれが真向かいの出口に立つ。
    「それじゃあ」
     本当に、本当に最後のさようならをするために振り返る。
     振り返って、言葉を失った。
    「また明日ね!」
     そう言って笑う彼の、手を振るその姿はあの日蒸発した時と変わらぬ子供のままの——
    「来週の日曜日は一緒にいくんだからね!」
     約束だからな!忘れんなよ! なんて、あの日のさよならと変わらぬ笑みを浮かべて。
     瞬きをする。その笑顔から逃げるように早く、忘れないように脳で噛み締めるようにゆっくりと。
     ——さようなら、僕の愛しい人
     もうこないその来週と、果たされないだろう約束と、そして僕のこの幼い思慕も、夕暮れを飲み込む夜に全部置いていこう。

     目を開ける。
     そこに残っていたのは夕暮れの死骸が散見する夜と、自分一人佇む公園の残骸だけだった。
    胡乱な現実に、また目眩がした。けれどこの現実こそが僕の世界であって、その目眩の中で生きていかねばならない。
     さようなら、並行世界の友人。
     さようなら、愛しい人。
    もう無いだろうまたいつかと、来週の約束は腹の奥へ飲み込んだ。

    これがいつか、ゆるやかに消化されることを祈りながら僕は公園に背を向けた。

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