私は何処にでもいる普通のOLだ。基本的に二次元を愛し、推しは基本的に画面の向こうにいる。そんな私に、初めて三次元の推しが出来たのは高校生のころだった。当時スポーツに関心のない私の耳にも届くくらい話題になったブルーロックプロジェクト。毎月ブルロTVにまで課金するようになったのは、U-20との試合で途中出場した御影玲王くんに見事なまでに沼ったからだ。
当時ハマっていたソシャゲの推しに似ていたというのもあるが、あのビジュアルに、日本人なら誰でも知っている御影コーポレーションの御曹司という、漫画から飛び出してきたのか?と聞きたくなるようなスペックを持ち合わせた彼に見事にハマったのだ。そこからずっと応援している。
そんな彼が突然、同じ日本代表の糸師凛と結婚した時は、世界中が阿鼻叫喚だった。交際0日婚ということにも驚いたが、何より世界中が驚いたのは玲王くんが結婚するなら相方の凪誠士郎だと思っていたからだ。ブルーロック時代から玲王くんと凪くんの距離感はびっくりするほど近かったし、玲王くんは凪くんのことを「宝物」だとことあるごとに言っていたし、何より玲王くんと凛くんがそんなに親密に見えなかったのだ。
それぞれがインスタで報告した時も、凛くんの方は『あの凜が結婚!?』『結婚詐欺か!?』と驚いていたが、玲王くんの方は『相手凪じゃないの!?』というものばかりだった。玲王くんは引退報道の直後だったから、これから凪くんを支えていくんだろうなと思っていたファンも多かった。(当然、私もそう思っていたひとりだ)
かくして、推しが結婚した。人生初めての二次元の推しの結婚に、私はショックどころか、何故か一人で盛り上がっていた。周りの玲王くんと凛くんのファン(あと一部凪くんのファン)は阿鼻叫喚だったが、私は凄く落ち着いていたと思う。何故なら、私の二番目の推しが凛くんだったからだ。凛くんは弟属性が強い。そして甘やかし上手の玲王くんとの組み合わせは私にとっては最高だった。
(推しと推しが結婚!?ご祝儀は何処に送ればいいの!?)
あの当時の私はまぁ、危ない奴だったなと今となっては思う。
そんな昔のことを思い出したのは、凛くんのインタビュー記事を読んでいたからだ。休み時間に近くのスタバでフラペチーノを飲みながら、今日発売の雑誌の電子版を買って読む。優雅な休憩時間だ。サッカーがオフシーズンに入り、選手たちは日本に戻ってきているらしい。皆がテレビや雑誌に出てくる中、私の最推し玲王くんの情報は本人のインスタ、もしくは旦那さんの凛くん、相方の凪くんから得るしかない。時折、玲王くんの義兄に当たる糸師冴も玲王くんの話題を出してくれる。有難い。しかも冴くんは玲王くんの話題になると凛くんの話題の時と同じくらい饒舌だ。珍しく件の三人が同じテレビ番組に出た時に冴くんが、
『玲王の作る飯は母さんの味に似ているから好きだ。アスリートの為の食事を理解しているからこそだろうな。そこらの飯屋で食うより美味い』
と言ったのだ。普段の冴くんを知っている潔くんたちは驚いていた。だが、それに対して凛くんと凪くんが何故か自分の方が玲王くんの料理を食べていると謎の言い争いをしていたのは一生忘れない。あの時はゲラゲラ笑ったものだ。今回も玲王くんは凛くんと帰国するとインスタで数日前に報告していた。きっと久しぶりの母国を堪能していることだろう。
ピロン。机に置いていたスマホがインスタの通知を鳴らした。
通知欄には『糸師玲王』の名前。玲王くんが何か投稿したのだろう。わくわくしながらスマホを開いて硬直した。
『♯糸師家の日常 ♯スーパー糸師ブラザーズ ♯アトラクション無双する糸師ブラザーズ ♯楽しかった!』
のハッシュタグと共に投稿された写真。大阪にある某有名テーマパークにある某ゲーム会社の赤と緑の兄弟の格好をした糸師兄弟と、緑の恐竜の格好をした玲王くんの写真だった。投稿したばかりなのに既にいいねは一万を超えている。コメント欄はやっぱり阿鼻叫喚だった。
『冴くんも一緒だったの!?』
『冴くんがピースしてる!』
「凛くんもノリノリで楽しそう!」
「玲王くんピース可愛い!」
などなど、三人のファンから様々なコメントが寄せられている。それはそうだ。あの糸師冴がテーマパークに行き、あの赤い兄の格好をしているなんて、正直想像したことさえない。今度はブルーロックスからコメントがどんどん寄せられてくる。
『千切豹馬:糸師冴どうやって呼んだんだよwww』
『烏旅人:楽しめたみたいで良かったわ』
『潔世一:これがコミュ強……!!』
『雪宮剣優:楽しそうだね。次は夢の国かな?』
千切くんのコメントがファンの気持ちを一番代弁している。烏くんは地元民として三人が楽しんでくれたのが嬉しかったんだろうな。潔くんは何かと凛くんから殺意(敵意ともいう)を向けられているから、玲王くんを純粋に尊敬しているんだろう(たぶん)。雪宮くんは二人と一応?仲良しらしいし、玲王くんとはビジネスを通じて今も交流があるから、兄みたいな気持ちで見ているんだろう。(実際二人より年上だし)
もう一度三人の写真を眺める。可愛い。すべてが愛おしい。っていうか、いつの間に行ったんだろう。目撃情報、何も上がって無かったよね?ファンの民度高いな……。そりゃ玲王くんのファンだもん。当たり前だ。私もその場にいたら楽しんで欲しいという気持ちが勝つだろう。
そしてもう一度、ピロンと通知音、今度は凛くんの通知だ。
『楽しかった』
玲王くんと冴くんが、二人でパーク内のご飯の食べている写真を上げている。もう、もうさぁ、糸師凛。嫁さんとお兄ちゃん大好きすぎでしょ!?
叫びたい気持ちを我慢して私はフラペチーノの残りを呑んで落ち着こうとした。だが、爆弾は最後の最後にやってくるのだ。
ピロン。通知音に恐る恐るスマホのロックを解除する。滅多に動かない(年に一度動けばいい方)と言われている糸師冴のインスタが更新されたのだ。
『同じ顔して寝てやがる』
寄り添い合って寝ている玲王くんと凛くんの写真だ。完全にオフ。おそらく玲王くんの家のリムジンの車内で寝ている二人の写真。しかもちゃんと手を繋いでいる。最推しが、推しの傍で安心して眠っている。なにこれ?現実?私の見ている幻覚じゃないよね?なんて、思っているとコメント欄も同じような物で溢れていた。そりゃそうだ。滅多に動かない糸師冴のインスタの更新内容が、弟夫婦可愛いって自慢されているようなものだ。もうわからない。情報が完結しない。少し前に流行ったアニメの敵役みたいなことを頭の中で言いながら、私は残っているフラペチーノを飲み干した。
休憩時間が全く休憩にならなかった。頭の中で凜くんをおんぶした玲王くんが走っている。それを後ろから冴くんが眺めている。そんな妄想をしながら私はスタバを後にした。
残りの時間も頑張って、録り溜めしている凛くんの出演しているテレビ番組を見よう。