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    ⚠️体調不良描写あり

    入院時代の楓と可不可のもしもの話です。
    https://www.uta-net.com/song/59689/
    曲ありきなのでよろしくお願いします!

    楓可不『飴玉食べた、君が笑う』「楓ちゃんはさ、僕が死んでも僕のことを覚えていてくれる?」
     可不可がそんなことを言い出したのは、両親の仕事について行った楓が、長期の海外旅行から帰国し、数ヶ月ぶりに可不可の病室を訪れた日だった。各地のお土産を渡しながらそこでの思い出が止まらない楓の話を可不可は相槌を打ち、時に質問も交えながら聞いてくれていた。
    「食べて大丈夫か聞いてみなきゃ」
     最後に立ち寄った国で見つけた瓶詰めの飴を渡すと、コロリと鳴らしながらそう言った。角度によって色が変わって見えるそれが可不可の瞳のようで、迷わず購入したものだった。
    「それなら、さっき可不可の先生に会ったから聞いてみたよ。食べ過ぎなければ大丈夫だって」
    「本当? 今食べてもいい?」
    「もちろん!」
     蓋を開けようと苦戦する可不可に代わって蓋に手をかける。思い切り力を込めたそれは拍子抜けするほどあっさりと回り、開いた瓶から飴玉をひとつ可不可の掌に乗せる。そっと指先で摘んだ可不可が病室の蛍光灯に透かして覗き込む。思った通り、可不可の瞳とそれによく似た色の飴玉が並んで、光を反射して色を変える。飴玉を口に運ぶ可不可の指先がスローモーションのように見えた。
    「うん! おいしい!」
     楓ちゃんも、と促されて楓も瓶から飴玉を一粒取る。口に含んだ飴玉はごく普通のべっこう飴で、それを嬉しそうに転がす可不可の歳よりも少し幼く見えるくらいの笑顔がやけにかわいく思えた。
     楓の土産話の続きを聴きながら、可不可はゆっくりと飴玉を溶かした。
    「食べ過ぎなければってどれくらいかな? もう一個食べても平気かな? ……うーん、でも勿体無いからまた明日にしようかな」
     問いかけの形をとりながらも楓の返事を待つわけでもなく結論を出した可不可は、瓶の蓋を閉めた。
     楓が来た時よりも随分と陽が傾いている。薄くオレンジに染まる空に視線を向けた可不可が「ねえ、楓ちゃん」と呟いた。
    「楓ちゃんはさ、僕が死んでも僕のことを覚えていてくれる?」
    「可不可?」
    「もしも、もしもの話だよ。最近体調いいし」
     眉間に皺を寄せた楓に、可不可は慌てずに言葉を付け足した。あまりに落ち着いた口調に、楓を見つめる金色に、思わず息を飲んだ。可不可の瞳を美しいと思っている。表情や光の当たり具合で何色にも見えるその瞳に触れてみたくてあの飴玉を選んだのかもしれない。
    「‥…覚えてるよ。きっと、ずっと」
    「…………そっか」
     可不可が先程閉じたばかりの飴玉の瓶を撫でる。
     もしも、でもそんなこと言わないでほしい。そんなこととても言えなくて。
    「もしも」
     眉を下げた可不可が言う。
    「もしも僕がいなくなったら僕のことは忘れてね。君はその後も色々な人と出会って、いつかきっと大切な人ができて……それで時々でいいから思い出してほしいな」
     可不可も、カフカの瞳に映る楓自身も泣き出しそうに見えて、誤魔化すように丸い頭を撫でた。
     うん、と頷いた声は可不可に届いただろうか。
     
     可不可が倒れたと連絡をもらったのはその数日後のことだった。緊急手術を受けて、ひとまず山は超えたというところで、本来は面会謝絶の病室に理非人の計らいで入れてもらった。
     たくさんの管に繋がれて、目を閉じたままの可不可の頬は青白く、いつか図工室で見た石膏像のようだった。薄いけれど柔らかいその頬を撫でようと手を伸ばしたけれど、そこに温度がなかったらと思うと怖くて触れられなかった。
     病室を尋ねれば笑顔で出迎えてくれて、病院の庭を散歩したり、釣りをしたり、可不可が作ったというゲームで遊んだりすることもあった。時折、熱がある、身体が痛いとベッドから起き上がれない日もあったけれど、それは楓や家族だってそうであるように一年中、三六五日体調が万全なんて人はなかなかいない。可不可もそれと変わらないと思い込んでいた。
     検温や採血をはじめとして、時に苦痛を伴うような数えきれない検査が日常的に行われていた。体調に合わせて日々変わる、何種類もの薬を慣れた手つきで身体に取り込んでいるのに、飴玉ひとつ食べるのでさえ許可がいるくらい、身体に入るものも、触れるものも厳しく制限されている。可不可がどんなに元気に見える時だって、可不可はきっと健康ではない。その小康状態は、二四時間体制で管理され護られている病院という不自由な場所で、生まれた頃から続く可不可の我慢があって薄氷の上に成り立っていたことを、楓は改めて思い出した。遊びに行ったら緊急手術を受けていたり、集中治療室に入っていて面会が制限されていたりしたことだってあったのに。
     二度と会えなくなる前に。言えずにいた「友達になろう」という言葉をようやく絞り出せたあの日の痛みを、どうして一瞬でも忘れることができたのだろう。
     治る間のない点滴の跡。病院着から覗く手足は細く、その身体は歳下とはいえ楓が楽々と抱き上げられるほど軽い。楓が顔を見せるたびに、宝箱を見つけたかのように喜ぶ可不可を大げさだと思っていたけれど、狭い病室が世界のほとんどの可不可にとって、ただ話をするためだけに病室に通う楓の存在は、楓が思っている以上に特別だったのかもしれない。
    「可不可……」
     しなないで。そう言いたかったのに喉の奥が引き攣って声にならなかった。
     コンコンと病室のドアが叩かれた。返事を待たずに入ってきたのは可不可の主治医だ。可不可の元に通ううちに顔見知りになった医師は一瞬目を丸くしたがすぐに微笑んで「来てたんだね」と穏やかに言った。採血や血圧の測定、ほかにも楓にはわからない処置や検査をしている間カーテンの外でその音を聴いていた。
    「終わったよ」
     そう言ってカーテンを開けた医師は楓に背を向けた。先生、と呼びかけると振り返り、楓に向き直る。
    「可不可は、大丈夫ですよね」
     柔和でどこか理非人に似た雰囲気の医師の隣で、看護師が目を泳がせた。
    「わからない。けれど僕も、他のスタッフも全力を尽くしているよ」
     大丈夫だよ。当たり前じゃないか。楓が縋りたかったその場しのぎの甘い言葉はもらえなかった。楓は無力な子どもだが、この医師は楓を子ども扱いしない。その誠実さが、今は少し楓には痛かった。
    「また来てあげて。声を聴かせてあげて。可不可くんは、がんばっているから」
     今度こそ医師は病室を後にして、また楓は可不可とふたりきりになった。
    「可不可」
     呼びかけても返事はない。息を吸って吐く。それすらも機械に補助されて薄い胸が上下する。
     ――楓ちゃんはさ、僕が死んでも僕のことを覚えていてくれる?
    「覚えてるよ。絶対に」
     ――もしも僕がいなくなったら僕のことは忘れてね
    「どうかな……きっと忘れられないよ」
     可不可よりもずっと大きな世界を楓は生きている。可不可にとっての楓は楓が思っている以上に大きいのかもしれないけれど、可不可だって楓にとってはもうとっくに欠けてはならない世界の一部だ。
     ――君はその後も色々な人と出会って、いつかきっと大切な人ができて……それで時々でいいから思い出してほしいな
    「……無理だよ」
     可不可を喪ってしまったとして、その穴はきっと小さくない。埋まることも、ましてや忘れてしまうなんて、できると思えない。忘れられないものは思い出せない。きっと、ずっと痛いままだ。
    「だから可不可」
     あの日からほとんど減っていない飴玉の瓶が、あの日と同じように夕陽を受けで輝く。可不可の瞳を隠す瞼を指先でそっと撫でる。わずかに伝わる温度を辿って、柔らかな頬に触れる。
    「早く目を覚まして」
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