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    *12/1〜24までの期間、奇数日は🍁くん、偶数日は☔️がプレゼントを用意しておく
    *合計での予算を決めてそれぞれ用意するので極端に高価なものはなし
    *予定が合わない場合は無理しないがなるべく一緒に開ける

    という前提による楓可不アドベントカレンダーのlogです。

    Anywhere as long as you're with me.Ⅰ.この時を守ろう
    *Day.1 シュトーレン
    「シュトーレンはドイツ語で『坑道』を意味していているんだけど、トンネルのような形からそう呼ばれるようになったと言われているね。起源は14世紀のドイツで、司教へのクリスマスの贈答品とされているよ」
    「楓ちゃん」
    「ドライフルーツやナッツがたっぷり入っていて、アドベントの期間に少しずつスライスして食べるのが一般的なんだけど、フルーツの風味が生地に移ったり、熟成されたりで味わいが変わっていくのも特徴だね。そうそう、シュトーレン発祥の地とされているドレスデンでは巨大なシュトーレンがパレードするお祭りが開かれていて――」
    「ストップ! 楓ちゃん、ストップストップ!」
     可不可が楓の口を塞ぐと、絵に描いたような「しまった」の顔をした楓が静かになった。
    「うっ……ごめんね、つい」
    「ううん。楓ちゃんの解説を聞くのもすきだよ。でも、せっかくのシュトーレン、早くいただきたいな」
     仕事スイッチが入った楓の止まらない解説にも、この数年で慣れたが、止めないとどこまでも話し続けるのだから話を遮ることになるのは仕方ない。できれば、楓の最初の贈り物がシュトーレンだとわかって淹れた紅茶が冷める前に味わいたいから。
     楓が持ち込んだブレッドナイフでシュトーレンの真ん中に切れ目を入れる。薄く2枚分切り出して、切り口を合わせて元々包んであった紙でくるみ直した。
    「うん、美味しい!」
    「よかった」
     あっという間に食べ切ってしまい少し物足りない気もするが、12月はまだ始まったばかりでクリスマスはずいぶん先だ。
    「明日からもちょっとずつ一緒に食べようね」
     可不可がそう言うと、楓は目を細めて「もちろん」と返してくれる。味が変わると楓は言っていた。明日は、その先は、どんな味になるのか。楓と味わえると思うとそれだけで胸が躍るのを感じた。
     

    *Day.2 オルゴール
     掌に収まる小さな木の箱。その裏のネジを指先で摘んで回すとキコキコと音がする。少しずつ抵抗が強くなるネジから手を離し、そっと蓋を開けるとコロコロと音が溢れ出した。オルゴールが奏でるのは、この時期、街中でもよく耳にするクリスマスキャロルだ。
    「牧人ひつじを、かな?」
    「さすが楓ちゃん。僕も聴き覚えはあるけど、題名までは知らなかったよ」
    「あはは。たまたまだよ」
     星が瞬くような音と隣に座った可不可がもたれかかる重みが心地よくて目を閉じた。8小節分の短いフレーズをオルゴールが繰り返し、そのうちに奏でられる音がゆっくりになる。止まりそうなオルゴールのネジを巻くためか、離れた体温が名残惜しくて――
    「か、楓ちゃん?」
     思わず引き留めて抱き寄せた可不可が固まるのと、ほとんど同時にオルゴールが完全に止まる。
    「俺、この曲、クリスマスキャロルの中では結構すきなんだ」
    「うん、僕も」
     僕もすき。可不可がそう呟いたきり沈黙した部屋で、腕の中の小さな身体の鼓動が速さを増していくのを感じた。
     

    *Day.3 ミックスナッツ
    「あ、ミックスナッツ」
     あんまり捻ったプレゼントがたくさんは思いつかなくて、と楓がアドベントカレンダーから取り出したのは袋に詰められた食べきりサイズのミックスナッツだった。ピーナッツ、アーモンド、カシューナッツ、マカダミアナッツ、クルミといったところだろうか。小皿に開け、今日どんなことをしていたのか、最近あった面白かったこと、そんな他愛もない話をしながら摘んでいく。毎日のように顔を合わせているのに、話題は尽きない。薄く塩がまぶされたナッツと共に冷めかけたコーヒーを飲み干す頃には、自然と小皿の上にはそれぞれのナッツが1つずつ残っていた。
    「ねえ、ジャンケンして買った方からすきなの食べていこうか」
     可不可が提案すると楓がニヤリと笑う。最初はグー、と可不可言うよりも早く楓がジャンケンポンと号令をかける。咄嗟に出した可不可の拳を一回り大きな楓の掌が包んだ。
    「もう! また!」
     不意に挑まれるとついグーを出してしまう癖を把握されているのが悔しいのに、悪戯が成功した子どものように笑い声を上げる楓の顔を見ると全部許してしまいたくなる。
     楓が迷わず摘んだのは可不可が一番すきなアーモンドだった。楓も「結局これが美味しいよね」と言っていたことがある。
    「はい」
     摘み上げたアーモンドが可不可の唇に触れる。
    「あげる。可不可、すきでしょ?」
     押し込まれたアーモンドはしょっぱくて甘い。さっきまでの子どものような表情はすっかり消え、柔らかく見つめる瞳に呆けた自分の顔が映って見えた。
     

    *Day.4 カヌレ
     円柱に溝を掘ったような特徴的な形。初めて見た時は焦げているのかと思った濃い茶色はツヤツヤと光っている。あまり日持ちはしないカヌレをアドベントカレンダーの引き出しに入れたのは、つい今朝のことだったらしい。
    「フランスに行った時に食べたよね。覚えてる?」
    「もちろん!」
     胸を張って答える可不可に「本当に?」という言葉を思わず飲み込んだ。フランスで食べたカヌレはラム酒がかなり効いており、アルコール分は飛んでいるはずだったが、可不可の首筋がほんのり朱に染まっていたのをよく覚えている。何を聞いても、話しても、頬を溶け出しそうなほどに緩めた可不可は「んふふ~」と笑うばかりだった。
     カリッとした表面に歯を立てるとラム酒の香りが広がる。
    「うん、美味しい!」
     近所のブーランジェリーで見かけたというカヌレはあっという間に可不可の胃袋に収まった。
    「美味しい、けど……可不可、大丈夫?」
     金の双眸が「何が?」と問いかけている。けれど、その瞳は普段よりもわずかに蕩け始めていて、うっすらと潤んで見える、気がする。楓が答えずにいると、首筋を柔らかな髪が撫でた。擦り寄せられた髪が甘く香るのは何故だろう。
    「んふふ~おいしかったねえ」
    「そう、だね」
     機嫌良く楓に預けられた身体を抱きしめたくてたまらなくなったが、明日は早朝出発で日帰り出張だと言うことを思い出してしまい、行き場を失った手で宙を掴んだ。
     

    *Day.5 シーグラス
     冬の朝は夜明けが遠い。薄暗いどころか日の出の気配すらなく、目を覚ますために開けた窓の向こうには未だ星空が広がっていた。吐く息は白く、冷えた空気に意識が急速に覚醒する。今日の出張は日帰りなので荷物はそれほど多くなく、着替えを済ませてしまえば寮を出る時間までまだ余裕がある。
     キッチンでコーヒーでも飲もうかと思っていたところで、コンコンと控えめにドアが鳴る音が響いた。
    「はーい」
     答えながらドアを開けた先で丸い頭がゆらゆらと揺れていた。細く柔らかい髪は乱れ、ところどころ絡んでいる。
    「おはよ~かえでちゃん、アドベントカレンダーあけにきたよ」
     くあぁとあくび混じりでそう言った可不可が目を擦る。濡れた前髪が額に張り付いている。パジャマの上に可不可がいつのまにか部屋着にしてしまった楓のパーカーを羽織っただけの姿から見るに、起きて顔だけ洗って楓の部屋のドアを叩いたのだろう。
    「無理はしない約束でしょ」
    「むりはしてないよ……かおみたかったし」
     部屋に招き入れた可不可が「さむっ!」と声をあげる。開けっ放しだった窓を思い出し、慌てて閉めた。いつのまにか空の端が白み始めている。
    「ん……ちょっと目がさめたかもしれない」
     窓を閉めた楓が戻るのを待って、可不可がアドベントカレンダーの引き出しを開く。楓が中に入れておいたのはシーグラスだ。
    「この前の研修旅行で海に行った時に拾ったんだ」
    「すごい……前に拾ったのより透明? な気がする」
    「磨くとこうなるんだ」
     可不可はシーグラスを取り出すと手のひらに載せて握りしめた。
    「きれいだね。ありがとう、楓ちゃん」
    「どういたしまして……あ」
     窓から光が差し込む。上り始めた朝陽にシーグラスを透かした可不可の瞳も輝いて見えた。視界の端に捉えた時計が、出発予定時刻が近づいていることを静かに知らせている。可不可の横顔をもう少し見ていたい気持ちを振り払って立ち上がる。
    「もう時間?」
    「うん、そろそろ行かなきゃ」
     揃って部屋を出て、寅部屋の前で足を止める。ほんのわずかな距離だが繋いでしまった手を離すのが名残惜しい。
    「行ってらっしゃい、気をつけてね」
     部屋に来た時よりはしっかりした顔をしているが、やはりまだ眠そうだ。乱れた前髪を整えるように指ですくと、可不可は気持ちよさそうに目を細める。丸い額に軽く口づけて手を離した。
    「行ってきます、可不可」


    *Day.6 本
     昨日、早朝に出かけた楓だったが、帰りは渋滞に巻き込まれたようで寮に戻ってきたのは深夜だったらしい。楓から出張先を出発する連絡を受けたのが23時過ぎ。帰りを待っている間にリビングのソファで寝入ってしまった可不可を雪風が部屋まで運んでくれたらしいのが日付が変わった頃だという。楓を見送った後にもう一度ベッドに戻ったとはいえ熟睡できたわけではなく、昨日一日中なんとなく頭に靄がかかったような状態だったので、ソファで熟睡してしまった可不可は全く記憶はないのだが。
     楓がHAMAハウスに帰ってきたのはそこからさらに長針が2周ほどした頃だったようだ。PeChatに帰寮報告のメッセージと一緒に「起きたら連絡するからその時に手が空いてたらアドベントカレンダーあけようね」と送られてきていた。
     そして楓から「さっき起きたんだけど、今大丈夫?」と送られてきたのが5分ほど前。「すぐ行くね」と返して洗面所で少しだけ身だしなみを整えて、今日の分のプレゼントを持って楓の部屋に向かった。引き出しに入らないサイズのものは各々持っておく、と決めておいた通り保管していた今日の分のプレゼントは少し大きめだ。
     昨日の朝と同じように扉をノックする。昨日と同じように楓が可不可を出迎える。昨日とはぎゃくに、ぐっすり寝た分、今はスッキリと目が覚めている可不可に対して楓はまだ眠たげだった。それでも可不可の姿を捉えて弧を描くその目が嬉しそうに見えたのは可不可の自惚れではないはずだ。
    「可不可、ただいま」
    「おかえり、楓ちゃん。あんなに遅くなるなら泊まりで計画立てればよかったね。ごめんね」
    「可不可のせいじゃないよ」
     楓に促され、定位置になっているベッドに腰を下ろし、早速、今日の分のプレゼントの封を開けた。
    「うわぁ、懐かしい」
     可不可が選んだのは古い絵本。表紙には淡い色合いの海のを背景に黒い魚がぽつんと描かれている。
     ――何? 絵本?
     ――そう! 可不可、魚すきでしょ?
     絵本なんて子どもっぽい。魚釣りがすきなのであって魚が特別すきというわけではない。そもそも今時、紙の本なんてどこで手に入れたんだ。言い返したい言葉はいくらでもあったのにお日様みたいな笑顔に何も返せなかった時のことを思い出す。楓に押し負ける形で読んだ絵本はそのまま可不可の病室に置いておかれ、可不可はその後何度も繰り返しそのページを捲ることになる。
    「可不可が帰らないでって引き留めた時にも読んだっけ。帰らないのが無理なら寝るまで側にいてって」
    「……そうだっけ」
     忘れちゃった。嘘。忘れるわけがない。楓と過ごした時間は全部、可不可にとって宝物だ。人より出来のいい脳はその宝物を留めておくには充分だ。
    「今日は可不可が読んでくれる?」
     可不可が文章を辿り、楓がページを捲る。触れ合った肩に少しずつ重みが加わり、絵本を捲っていた楓の手が止まったと思うと楓がガクンと船を漕いだ。
    「いいよ。そのまま眠っても」
    「うぅん……」
     肩に乗った頭を支え、ゆっくりと枕に下ろす。続きを読みながら、きっと最後まで辿り着かずに楓は眠ってしまうだろう。駄々を捏ねた幼い自分がそうであったように。

    The people walking in darkness have seen a great light.



    Ⅱ.互いに助けよう
    *Day.7 ワイン
     HAMAハウスに来て最初の年以来、夜鷹の誕生日には皆が酒を持ち寄るのが定番になっていた。残った酒の行方は夢十夜だったり、HAMAハウスのバーに置かれたり、一応持ち主となった夜鷹に許可を取って持ち帰っていたりと様々だ。
     昨日も散々呑んだのだ。楓をはじめ、昼班の皆にまで止められるので醜態を晒すような飲み方はしないが、そんな日の翌日にまた新品のワインボトルを見ることになるとは思っていなかった。
    「HAMAの古いワイナリーのものなんだ」
    「ああ……僕も前に見学させてもらったことがあるよ」
     楓が手際よく栓を開け、グラスに注ぐ。受け取ったグラスの中で夜明けの光を集めたような金色が音を立てずに揺れた。
    「飲んでいいの?」
    「もちろん」
     グラスに顔を寄せるとふわりと香りが広がる。華やかで強い香りにうっすらとほろ苦さが混じる。ほんの少し口をつけると想像していたよりもずっとアルコールを感じず、思わず楓の方を見た。
    「気づいた? アルコール度数をギリギリまで下げて作ったものなんだって。ジュースでもいいのかもしれないけど、お酒に強くない人にも美味しいワインを楽しんでほしいってことみたい」
     ほんのり身体が温かくなる感覚が気持ちよくて、楓のそばにぴたりと身を寄せて体重を預ける。
    「んふふ~おいしいね」
    「…………可不可、俺がいない時にそれやめてね」
     酔って抱っこをせがんだことはあるけど、あれだって可不可はしっかりと覚えている。酔うといつもより楽しくなると同時に甘えたい気持ちになるのは自覚があるが、それは楓にだけだ。それを言わないのはこんなふうに心配されるのが、少し嬉しいからだと、楓はいつになったら気づくのだろう。
     気づかないだろうなあ。そう思いながら、曙光を閉じ込めたグラスをもう一口呷った。
     

    *Day.8 ドライフルーツ
     みかん、和梨、すもも……ドライフルーツにしては珍しいラインナップが並ぶ。今日、可不可が用意したプレゼントはJPN産のドライフルーツの詰め合わせだった。
    「椛たちもよくあちこちのドライフルーツを送ってくるけど、この辺りは食べたことないかも」
    「この前はドリアンだっけ? ドライフルーツにするとほとんど匂わなかったけど美味しかったね」
     食べ始めた頃に比べてひとまわり小さくなったシュトーレンと一緒に皿に出すと、控えめな色合いだが少し華やかに見えた。凝縮された甘みが口に広がり、素直に「美味しい」と言えば可不可も頷いてまた新しいものを手に取る。
    「ドライフルーツといえば、ヨーグルトに入れてしばらく置くのも美味しいらしいよ」
    「そうなの?」
    「俺もやったことないけど……ところで、ここにヨーグルトがあってね」
     楓が部屋に置いている小型の冷蔵庫の扉を開いて見せると、意図を察したらしい可不可がにやりと笑う。ヨーグルトを保存容器に移し、ドライフルーツを混ぜ込んで蓋を閉める。
    「これってどれくらい置けばいいのかな」
    「どうだろう……夜には食べごろになってたりしないかな?」
    「……それは今日の夜も部屋に来ていいってこと?」
     可不可の瞳の奥で、昨夜の残火がゆらりと揺れる。答える代わりに頬にひとつ口づけて飾りのない耳をそっと撫でる。首筋をなぞろうとした手は可不可に止められ、なおも触れようとする楓の手を躱すように可不可が立ち上がった。
    「僕、一回部屋に戻って着替えてから出社するから」
     言うなり背を向けて扉に向かう可不可を見送った楓はヨーグルトを冷蔵庫に戻し、荷物と共に可不可が忘れていったアクセサリーを持って部屋を出た。
     

    *Day.9 飴玉
     今日のアドベントカレンダーは一緒に開けられないかも。楓からそう言われたのは昼休みのことだった。結局昨日の夜は一緒にヨーグルトを食べるだけでは終わらなかった。昨夜に関しては、可不可は本当にヨーグルトを食べるだけのつもりだったのに仕掛けてきたのは楓の方だ。今朝は二人揃って寝坊をしてしまい、バタバタと楓の部屋を出てきた。
     朝、HAMAツアーズへ向かう車の中で、今日の分は開けられなかったから仕事の後かな、と話していたが、楓は夢十夜の手伝いを頼まれたらしい。アドベントカレンダーを作りたいと話した時に「なるべく一緒に開けるが無理はしない」と約束していたが、いざひとりで開けるとなるとやはり少し寂しい。楓が夢十夜に行く前に預けられた鍵を使って部屋に入り、壁際に置かれたアドベントカレンダーの9の箱を開く。
    『今日のプレゼントは輸入食品店で見つけたんだ。覚えてるかな』
     部屋に行きアドベントカレンダーを開けることを伝えた時楓からこう返ってきていた。
     中に入っていたのは手のひらに収まるほどの小さな瓶。中には黄金色の飴玉がぎっしりと入っていた。いつか、楓が長期の海外旅行のお土産のひとつとして買ってきてくれたものによく似ている。
    「楓ちゃんも覚えててくれたんだ」
     蓋が硬く、開けられなくて楓に開けてもらった記憶があるから、力を込めて蓋を捻ったが簡素な金属の蓋はあっけなく開いた。想い出の中よりも小さくなった気がする飴玉をふたつ同時に口に含む。コロコロと転がす度に口の中でぶつかる音がする。
    『覚えてるよ。あの頃と変わらず美味しいね。ふたつもいっぺんに食べちゃった』
     送ったメッセージを楓が見るのはいつだろう。
     

    *Day.10 マスコット
    「可不可? 可不可、起きて」
     呼びかけても反応がないので、手をそっと肩に添えて揺する。鼻にかかったような声と共に、瞼がゆるゆると持ち上がる。微睡んだ金色が少しずつ覚醒して楓の姿を捉える。
    「ん……楓ちゃん? どうしたの?」
    「ははっ。寝ぼけてる? 俺の部屋だよ」
    「ん? …………あぁ、ごめんね」
     夢十夜の手伝いを終えて帰った部屋のベッドの傍。見慣れた姿に気づいた時、思わず頬が緩んだ。このままベッドに引き上げて寝かせてあげたい気持ちはあったけれど、可不可の服装は昼間見たままで、寝るつもりはなかったはずだ。
    「可不可、部屋に戻る? まだ出社まで寝られると思うけど」
    「んんー……かえる、けどその前にアドベントカレンダー」
     何も今じゃなくても、と思って止めようとしたが、可不可がふらふらとアドベントカレンダーへ向かう。
    「ひとりで開けたけど寂しかったから」
     まだ眠たそうではあるけれど、少しずつ顔つきがしっかりしてきた。寂しかった、その言葉通り心細げに眉を下げて楓を待つ可不可に促されて今日の分の引き出しを開けた。
    「ギョウザだ!」
     現れたのはすっかり見慣れた犬のマスコットだった。親指ほどの大きさのそれはストラップになっていた。
    「ギョウザもだいぶ認知度が上がったからね。ありがたいことにグッズの要望も届いているから、これはその試作品」
    「あはは、かわいい。これ、社用端末につけていい?」
    「もちろん!」
     上着のポケットから取り出した端末にストラップを通そうとした。が、紐の長さが足りず、マスコット部分が引っかかってしまった。
    「あー……実際に通してなかったから気づかなかったな」
    「試作の段階で気づいてよかったね」
    「早速今日、フィードバックして改善するよ」
     くわぁと可不可が大きくあくびをした。
     

    *Day.11 映画
     この日は外で夕食を食べよう、と楓と約束をしていた。クリスマスと年末年始の施策で忙しい時期ではあるが、珍しく楓がどうしてもと日付を指定してきたのだ。
     絶対に残業をしないと決めて業務を調整して、定時の30分ほど前から急激に進みが悪くなった長針を何度も睨みつけ、見ていないうちに時計がサボっているに違いない、と腕時計やスマホの待受を確認するたびに同じ時刻を示していることに意味もなく焦燥感を抱いていた。いつもの何倍も長い30分を経て、いよいよ長針が12を指すとともにオフィスを出た可不可は小走りで地下鉄の駅へ向かう。
    『今、電車に乗ったよ』
    『俺ももう着くから待ってるね』
     外回りから直帰の楓とは向こうの駅で待ち合わせている。たった2駅がもどかしくて、扉が開いた瞬間、行儀悪く飛び出して改札を目指す。HAMAの観光の中心であり、この時期は特にデートスポットでもある駅は平日の夕方にもかかわらずかなりの混雑だった。少し前のHAMAでは考えられなかった。改札に向かう通路も混雑でなかなか進まず、やっと改札を出た先でも待ち合わせらしき人がひしめいていた。
     くらっとするくらいの人だかりに合流できるか少し不安になったのも一瞬のこと。キョロキョロと辺りを見回す楓が目に入り、ほとんど同時に可不可を見つけたらしい楓がパッと笑う。
    「お待たせ!」
    「お疲れ様、可不可。すごい人だね」
     可不可より高いとはいえ人混みで抜きん出るほど背が高いわけではない。人混みで極端に目立つような服装をしているわけでもない。けれど、どんな人混みでも楓のことはすぐに見つけられる自信があった。
    「少し前のHAMAを思うとこんなに人が集まるようになったんだなあって感慨深くなっちゃった」
     先ほどの可不可と同じ気持ちを楓も抱いていたことが嬉しい。楓の些細な一言がいつも可不可を動かす力になっていることを楓は知っているだろうか。
    「この時期にここってことは目的はクリスマスマーケット?」
    「半分くらいは正解。でもその前に行きたいところがあるんだけど……」
     トトトっと楓が液晶に指を滑らせる。これなんだけど、と可不可に画面が差し出された。
    「今日のアドベントカレンダーのプレゼント。映画を観に行こうと思って」
     画面に表示されたタイトルは10数年前に世界的にヒットしたアニメーション映画。今日のチケットはそのリバイバル上映らしい。当時すでに入院生活を送っていた可不可はタイトルだけは知っているが映画を観たことはない。
    「昔、病院で上映会があったの覚えてる? 可不可も楽しみにしていて、一緒に観ようねって――」
     一緒に観ようね、と言っていたけれどそれは叶わなかった。上映会の日、可不可は高熱を出して数日意識が朦朧としていたから。
    「楓ちゃんは観たことあったんだっけ?」
    「う~ん……あるにはあるんだけど、公開当時いたのが確かドイツで、現地の映画館で吹き替え版で観たんだよね。ドイツ語の。さすがに何言ってるか全然わからなくて内容もほとんど覚えてない。だからリバイバル上映があるって知って、絶対可不可と行きたいと思って」
     楓らしい、というか浜咲家らしい。苦笑する楓と目が合い、可不可までふふっと笑いが漏れる。
    「行こうか。今から行けば売店に並ぶ時間もあると思うよ」
    「売店! 僕、あれ食べたい。あく太たちが映画の必需品って言ってる――」
     ポップコーンとコーラ。重なった声にまた笑いが溢れた。当然のように差し出された手を躊躇いなく取れるようになった。繋いだ手の温度が重なるまでの時間がどれくらいなのか、可不可はもうよく知っている。
    「キャラメルと塩味があるんだよね! 半分こしてくれる?」
    「もちろん!」


    *Day.12 グミ
     HAMA発祥の食べ物は色々ある。アイスクリーム、牛鍋、サンマーメン……。ナポリタンやシーフードドリアもHAMAの老舗ホテルで作られたものだという。
    「プリンアラモードも同じホテルが発祥だよね」
    「そう。だからそれを推し出そう、という趣旨らしいよ」
     ふたりの目の前には今日の分のプレゼント。仕切りのあるパッケージに色とりどりのグミが並んでいる。よく見るとそれぞれフルーツの形をしていて、中央には黄色い台形で上底はうっすらと茶色いグミが鎮座している。プリンアラモードグミ、それが今日の可不可からのプレゼントのようだ。
    「見た目のかわいさはもちろん、容器に盛り付けるような体験ができるのもなかなか面白いと思うんだ」
    「たしかに……お土産としてもらったら話題になりそうだね」
     ミニチュアの容器にグミを取り、プリンアラモードを思い浮かべながら並べていく。可不可も同じようにグミを盛り付けていくが、小さく安定しないグミはすぐにころんと落ちてしまい苦戦しているようだ。
    「も~! 笑わないで!」
    「あははっ、ごめん。ねえ、可不可の方もらってもいい?」
     ぷんぷんと音がしそうだった可不可がパッと顔を輝かせる。いいよ、と可不可が盛り付けたプリンアラモード風グミを楓に差し出す。受け取って、代わりに楓が盛り付けたものを渡すと機嫌はすっかり直ったようだ。同時に口の中に流し込む。
     おそらく、それぞれのグミに形に合わせた味がついているはずだが、一緒に食べると正直よくわからない。咀嚼しながら可不可の顔を見ると、難しい顔をしており、多分似たような感想を抱いている。
    「一緒に食べるとなんの味だかよくわからないかも……」
    「うん。でも楽しかったよ」
     そうだね、と可不可が笑う。きっとグミの味はそれほど重要ではない。盛り付けを楽しんだ時間が、今度プリンアラモードを食べに行こうね、と新しい約束をするこの瞬間が生まれたことに意味があるのだ。


    *Day.13 砂糖・紅茶
    「まだかかりそう?」
     楓の声にハッとして時計を見ると23時過ぎを示していた。最後に時計を見たのが19時ごろ。集中しているうちに経過した時間を自覚すると、フル稼働していた頭が急激に重くなった。
    「ごめんね、集中してるみたいだったからしばらく様子見てたんだけど、流石にこの時間だし……」
    「ううん。声かけてくれてありがとう。ちょうど少し区切りがついたところだったから」
     腕を上げ、ぐうっと背中を伸ばすと凝り固まっていた身体が解れて気持ちがいい。深く息を吐き、また吸い込むとほのかな香りが鼻をくすぐった。「ん?」
    「あはっ、気づいた? もう少し続けるにしても、終わりにしても、一息入れられたらと思って」
     香りの出どころは楓のそばのティーセット。見覚えのないティーポットとふたり分のティーカップが並んでいた。
    「これ、今日の分のプレゼントにと思って」
    「ティーセット?」
    「うん。ティーセットと、たまには俺が可不可に紅茶を淹れてみようかなっていうのと――」
     楓がもうひとつ、包みを取り出し、可不可に差し出す。開けていいの? と目で訊ねれば楓が頷く。包装紙を丁寧に開くと中から出てきたのはどうやら砂糖のようだ。淡く色づいた砂糖は十字になった4枚の花弁が特徴的な花の形を模していた。
    「へぇ……紫陽花だ」
    「綺麗だよね。季節外れかなあとも思ったんだけど、可不可のすきな花だしいいかなって……あっ、そろそろ時間かも」
     楓が慌ててティーポットに手をかけ、ティーカップにそっと注ぐ。濃い琥珀色が湯気をたててカップを満たし、ふたりきりのオフィスにふわりと香りが広がった。
    「朔次郎さんに、可不可のすきな茶葉と淹れ方を教えてもらったんだ。上手く淹れられてるといいんだけど……」
     楓が淹れてくれた紅茶にもらったばかりの紫陽花をぽとりと落とす。ほどけるように溶け出した砂糖をティースプーンでかき混ぜると、一瞬さりさりと小さく音を立てて広がった。カフェイン控えめでリラックス効果があるというハーブティーがじんわりと身体の芯に染み入る心地がした。
    「うん、美味しい」
    「はぁ……よかったあ」
     ホッと息を吐いた楓もティーカップに口をつける。
    「残業してると可不可がよく秘密だよって差し入れをくれるでしょ、チョコレートとか。あれがいつも嬉しいからたまには俺からもって思ってたんだ」
    「ありがとう、楓ちゃん」
     すごく嬉しい。そう言うと楓まで嬉しそうに目を細める。思わず抱きつきたくなったが、せっかくの紅茶は冷めないうちにいただきたい。可不可はまたひとくち、ほんのり甘いハーブティーに口をつけた。

    The light shines in the darkness.But the darkness has not understood it.



    Ⅲ.暗闇を照らす
    *Day.14 アロマキャンドル
     今日のアドベントカレンダーは夜に開けたい、と可不可に言われていた。アドベントカレンダーも折り返しを過ぎ、クリスマスイブまであと10日。師も走る12月は気づけばあっという間に過ぎ去っていく。
     今日の分の引き出しから出てきたのはキャンドルだった。薄い円柱状のアルミカップをクリーム色の蝋が満たしている簡素なものだ。
    「キャンドルホルダー、借りてもいい?」
     可不可の問いかけにピンときた楓はウォールシェルフからキャンドルホルダーを取り、そっとテーブルに置いた。可不可が火を点けようとマッチを擦るが、シュッと音がするだけで火が点かない。何度か挑戦したが結果は変わらず、深々とため息をついた可不可は諦めてマッチを楓に差し出した。
    「お願いしていい?」
    「もちろん」
     受け取ったマッチを擦ってキャンドルに火を点ける。こういう時、可不可がわいつまでも意地を張らなくなったのはいつからだろう。すきな子の前でカッコつけたい気持ちもわかるが、自分を頼るようになってくれたことが少し嬉しいし、楓自身もそれを待てるようになったと感じる。
     キャンドルに被せたキャンドルシェードはふたりで旅行に行った時にステンドグラス工房で作ったものだ。楓が作ったものを可不可が持ち帰り、可不可が作ったものを楓が持ち帰る。そうやって作ってきたお揃いが随分と増えた。キャンドルの火を透かしてほのかに光る可不可のステンドグラスは、相変わらず飛び抜けて優秀な頭に身体が追いつかないのか少し不恰好だ。
     マッチの処理をするついでに部屋の照明を落とせば、柔らかな灯りとともに甘い香りが室内に滲んで満たす。
    「アロマキャンドルなんだね」
    「うん。何の香りかわかる?」
     悪戯っぽく可不可が笑う。キャンドルに淡く照らされて、いつもより顔の陰影がはっきりと見える。待ち侘びていた手術を終え、こけがちだった頬は少しふっくらした。それでも標準体重には程遠い身体を抱き寄せると一瞬固まった可不可がゆるゆると楓に体重を預ける。顔を寄せた柔らかな髪からふわりとシャンプーとボディソープが混ざって香る。
    「ぼ、僕じゃなくて」
    「んー……」
     名残惜しく思いながらも可不可を胸の中に収めてキャンドルの方へ身を乗り出す。考えるまでもなく香りの正体に思い至り、可不可の意図も理解した楓はニヤリと笑った。
    「メープルだね」
    「ふふっ、正解。お店とかでもやっぱり目に入るんだよね」
     楓が紫陽花を見ると可不可を思い出すように、可不可が楓の名を冠したものを見て自分を思い出してくれることがくすぐったくて、楓は温もりを抱きしめる腕に少し力を込めた。
     

    *Day.15 フィナンシェ
    「あれ?」
     15番目の引き出しを開けるも中は空だった。ということは今日のプレゼントはアドベントカレンダーには収まらないサイズのものらしい。キッチンでコーヒーを淹れて戻ってきた楓を振り返るとちょうど視線が重なった。可不可が目を細めるのに応えるように口角が上がるがどこかぎこちなく、笑っていない瞳が泳いでいる。
    「あのね、可不可」
    「うん」
    「今日の分のプレゼント用意してるはしてるんだけどね」
     楓にしては歯切れ悪く話す間、ずっと目が合わない。可不可がじっと楓を見つめていると観念したように紙袋を差し出した。受け取った紙袋の口は開いており、覗き込むとほのかに香ばしくいい匂いがした。
    「フィナンシェ? かな?」
    「…………うん」
     特徴的な形は金塊にも喩えられると教えてくれたのは楓だった。形だけでなく色からも金を連想することから名前がついたと言うが――
    「焦げ、てる……?」
    「うっ……」
     楓が持ってきたフィナンシェはどれも一般的なものよりも黒っぽい。ココアやチョコレートかとも思ったが、それにしては色が均一でなく、香ばしいと思った香りは改めて嗅ぐと苦みを纏っていた。
    「潮くんに」
     ローテーブルの側に腰を下ろした可不可は、肩を落とす楓に隣に座るよう促した。躊躇いがちに隣に座った楓は目に見えてしゅんとしている。落ち込んでいる時の練牙のように、頭に垂れ下がった耳が見えるような気がした。
    「潮くんにレシピを教えてもらったんだ。練習で一緒に作った時は上手くいって……雪にぃたちも美味しいって言ってくれたんだけど、今日はこんな感じで」
     楓の弁明の途中で可不可が眉を顰めたのをどう解釈したのか、ますます肩を落とした楓は可不可の手から紙袋もフィナンシェも取り上げて立ち上がった。
    「代わりのプレゼント、今日は準備が間に合わなかったからまた次の時に2日分ってことで――」
    「待って!」
     離れようとする楓の手を掴もうとしたがギリギリのところで届かず、呼び止めた声は思っていたよりも大きく、楓が肩を震わせた。
    「それ、食べたい」
    「え……でも焦げてる……」
    「見ればわかるよ。でもそれがいい。ちょうだい」
     他に誰が食べたのかはわからないが、少なくとも雪風は楓が作ったフィナンシェの味を知っている。躊躇う楓の手からフィナンシェを取り返して半分ほど一度にかじりついた。
     バターとアーモンドをかき消すほどの炭化した苦み。焦げるほどに焼きすぎたせいか生地はパサついていて口の中に苦味と一緒に残る。正直、美味しくはない。美味しくはないが――
    「次からは僕がいちばんに食べたい」
     可不可が飲み込むまで心配そうに見守っていた楓が差し出したカップは少し甘いカフェラテで満たされていた。それをありがたく受け取りごくりと飲めば、後味は甘みに流されて消える。
    「練習でもいい、焦げててもいいから。僕に最初にちょうだい」
     子どもっぽい嫉妬だと自分でも思う。楓と恋人関係になってそれなりに年月が経ち、楓の気持ちが疑いようのないものだと信じられるようになって落ち着いていたはずなのに。
     我ながら情けなくなって俯いた可不可の頭を楓がそっと撫でる。ふふっ、と楓が甘く笑う気配がした。
     

    *Day.16 キャラメル
    「社長います?」
     夕食後に部屋を訪れたのは添だった。添がこの時間に寮にいることが珍しいし、楓の部屋を訪ねてくるのも珍しい。
    「……いないけど、俺の部屋に来るって言ってた?」
    「ん~いや。でも最近部屋にいないこと多いんで……ここでしょ? そういう時にいるのって」
     楓が否定も肯定もしないでいると添は「まあいいや、急ぎじゃないし」と口角を上げた。相変わらず濃い隈の上の眼は全く笑っていなくて、探るような視線は居心地が悪い。
    「社長に頼まれてた資料、社内チャットで送ったんで確認してくださいって伝えておいてもらえます?」
    「それもメッセージ送っておけばいいんじゃないかな」
    「あー……そうでしたね、そうしまーす」
     今度こそ背を向けた添はこちらを振り返らずに「お邪魔しましたー」と去って行った。添の姿が見えなくなったことを確認してから楓も部屋に戻る。
    「どう思う?」
    「うーん……多分バレてたんじゃないかな」
    「だよねぇ…………」
     予想通り、というか自分と同じ意見の返事に楓はその場に蹲った。ベッドにもたれた可不可は込み上げる笑いを堪えてクツクツと笑った。ずりあがったセーターの下、シャツのボタンは第3ボタンを残して外れており、シャツの隙間から覗く薄い腹が笑うたびに微かに震える。
    「もうみんな知ってることなんだし気にしなくていいのに」
    「そういう問題じゃなくて」
    「じゃあ楓ちゃんの部屋来るのやめた方がいい?」
     しおらしく眉を下げた表情に言葉が詰まる。ワザとだと、狙ってやっていると長年の付き合いで嫌というほどにわかっているのに、可不可にこの瞳で見られるとなんだって叶えたくなる。
    「それは、嫌だ」
     可不可の希望を叶えたい、というだけではなく、楓だって可不可と過ごすこの時間がなくなるのは困る。楓の返事を聞いた可不可が満足そうに笑う。身体を少し起こし、今日の分のプレゼントとして可不可が用意したキャラメルの包みを剥がして半分ほど口に咥える。
    「もう一ついかが?」
     ごくりと呑んだ息が甘い。その甘さをもう一度求めて、唇の狭間で揺れるキャラメルに顔を寄せた。
     

    *Day.17 クッキー缶
     次のツアーについて相談したいことがある、と部屋に仕事を持ち込んでしまったのが良くなかった。初めは些細な確認事項だったのがあれもこれもと話し込んでいるうちに気づけば日付が変わっていた。
    「あ、アドベントカレンダー」
    「あ……でもまあ、寝るまでは今日って感じしない?」
    「あはは。わかるかも」
     笑いながら立ち上がった楓が座ったままの可不可に手を差し伸べた。迷いなく手を伸ばして重ねた手に力を込めて立ち上がる。
    「ちょうどいいから2日分開けちゃう?」
    「あ、じゃあ僕、部屋から取ってこなきゃ」
     今日は練牙も添も部屋を空けているはずだ。すぐ戻るね、としんと冷えた廊下を小走りで部屋に向かう。鍵を回すのももどかしく駆け込んだ部屋から紙袋を取って楓の待つ部屋へ戻った。プレゼントを後ろ手に隠して帰ってきた可不可を見て楓がくすくすと笑う。
    「おかえり、本当にすぐだったね」
     ぽんぽん、と楓が既に腰掛けていたベッドの隣に座るよう促される。楓が取り出した包みは、ちょうど可不可が部屋から持ってきたプレゼントと同じくらいの大きさだった。受け取った時の重みも、触った硬さもよく似ている、気がする。そっと包みを剥がしてプレゼントを開いた。
    「あっ」
    「旅をイメージしたクッキー缶なんだ。色んな国の柄があって、中のクッキーもそれぞれの国らしいモチーフが採用されていてね」
     手のひらほどの大きさの缶には桜の花を主役にした華やかなイラストが描かれている。風に舞う桜吹雪を初めて見た時も、隣に楓がいたなと思い出させる絵柄で、可不可も一目見て気に入った。
     

    *Day.18 クッキー缶+ハグ券
    「あっ」
     包みを開いた可不可が小さく声を上げた。
    「旅をイメージしたクッキー缶なんだ。色んな国の柄があって、中のクッキーもそれぞれの国らしいモチーフが採用されていてね」
     剥がした包み紙を綺麗に畳んだ可不可が缶の表面をそっと撫でる。
    「どの国がいいかなあと思ったんだけど最初はやっぱりらJPNかなって。海外に行った後また他の国の缶を買ってもいいしね」
    「楓ちゃん……」
     可不可が気まずそうに背後から紙袋を差し出した。楓もその紙袋には見覚えがあり、可不可の態度の理由の予想がついた。
    「開けていい?」
     楓が訊ねると可不可は少し間をおいてこくりと頷く。可不可がそうしたように丁寧に包装紙を開くと中から出てきたのは全く同じクッキー缶だった。
    「僕も、お店で見かけた時にこれだ! と思って……JPNを選んだ理由も楓ちゃんと大体一緒」
     結果的に後から出すことになった可不可の気まずさはわからないでもない。よりによって2日分まとめて開けるなんてイレギュラーをした日に重ならなくても……と楓が同じ立場だったら思うだろう。しかし――
    「そんな顔しないでよ」
     可不可の頭を撫でると「うう……」と小さくうめく声が聞こえた。
    「可不可もおんなじこと考えてたんだなあって思ったら嬉しいよ。しかもこんなタイミングで……今まで通り1日ずつ開けてたら、可不可絶対別のプレゼント用意してたでしょう?」
    「あはは、そうかも」
     髪をすくように頭を撫でているうちに可不可の気持ちが和らいだ気配を感じる。そうだ、と可不可が身を起こした。
    「楓ちゃん、紙と何か書くもの貸してくれない?」
    「ん? いいけど」
     手近にあったメモ帳とペンを渡すと可不可が何かを書き始めた。覗き込もうとすると「まだダメ」と隠されて。鼻歌まじりにペンを滑らせる可不可を楓は黙って見守った。
    「じゃーん!」
     書き上げたメモ帳を剥がした可不可は楓の手からクッキー缶を抜き取るとそこに添えて眼前に掲げた。『ハグ券』と大きく書かれた横にはシュウマイのイラストが添えられている。
    「有効期限なし……繰り返し利用可……」
    「ただし、使用者は浜咲楓限定! 僕の身体が空いていればいつでもハグするよ!」
    「…………券が無い時は?」
    「うーん……なくてもするよ!」
     じゃあ券の意味ないんじゃない? と突っ込む代わりに早速可不可を抱き寄せた。
     

    *Day.19 入浴剤
     シュトーレンが随分小さくなった。生地が馴染んでしっとりしてきた。今日の夜中にHAMAは初雪を観測したそうだ。
     楓からのプレゼントはフラワーボックス……かと思ったがよく見たら違うようだ。
    「花びらが入浴剤になっていてね。泡風呂になるんだって」
    「へえ……綺麗なだけじゃなくて楽しそう!」
     青いバラを中心に全体は寒色で統一されたボックスは蓋を開けると花と石鹸がふわりと香る。青いバラの花言葉は「夢叶う・奇跡・神の祝福」だ。かつて青いバラが存在しなかった頃は「不可能」存在しない」だったのが品種改良の成功で変わったのだと凪が言っていた。
    「そういえば凪くんが手作りのバスボムをみんなに配ってたことがあったよね」
    「あったね~寅部屋に凪が来た時、練牙がちょうど変な寝言を言ってさ……笑い堪えるのに必死だったんだよ。きっ……金色のシュウマイって……あははっ! 今思い出しても笑えてくるよ」
    「それは……ふっ……よく笑わなかったね」
     ふたりで顔を見合わせて、他に誰もいないのに隠れるようにくすくすと笑って。あの朝、寝言を報告した練牙がそんなこと言っていない! と言い張っていたことを思い出してまた笑って。
    「はあ……笑った笑った。さて、僕は部屋に戻ろうかな」
    「えっ!」
    「えっ?」
     楓の驚く声に、思わず聞き返してしまった。咄嗟に掴まれた腕が宙に浮いてぶらんと揺れる。えっと、とか、その、とか。言葉を探していた楓が目線を落として、可不可の腕を握っていた手に少しだけ力がこもる。
    「一緒に入るかなと思ってたから……お湯張っちゃった」
     いつもの可不可だったら自分から「楓ちゃんも一緒に入る?」と仕掛けていただろう。「何言ってんの!」と嗜められるか「いいよ」と乗っかった楓に主導権を奪われるかは五分五分だが。
     恋人になりたての頃だったら考えられなかった楓からのお誘いに、頬が緩みそうになるのを耐えて、努めて冷静にため息をついた。
    「僕、明日から出張だよ」
    「あ……いや、じゃあお風呂だけ」
    「出張がなかったらお風呂だけじゃなかったの?」
     パッと上がった顔がみるみる赤くなる。揺れる瞳が熱を帯びていることに気づいて、部屋に戻って出張の荷造りをしなければという理性がぐらりと傾きそうになる。
     いつだって可不可の気持ちを優先してくれるのに、可不可以上に可不可の身体を慮る楓の優しさがだいすきで少しだけ嫌いだった。その楓が可不可を求めてくれることが、いつだって嬉しい。
     嬉しいからこそ、これ以上ここにいたら可不可の天秤だって正しくいられない。
    「明々後日の夕方には帰ってくるから、待ってて」
     可不可を引き留めていた手の力が緩んだのを返事と解釈して楓の部屋を出た。もらったばかりの入浴剤を忘れてきたことに気づいたが、まあいいか、とそのまま出張の準備を始めた。あの祝福を箱から広げるのはどうせ楓の部屋なのだから。
     

    *Day.20 ブーケ
     昨日逃げるように楓の部屋を出た可不可は、今朝は随分早くにHAMAハウスを出たようだった。可不可がそうしてくれたように見送ろうと、楓が部屋を出てリビングに向かったのは可不可から聞いていた出発予定時刻の30分ほど前だった。にもかかわらず、玄関の靴箱に可不可の靴は既になかった。
    『可不可、おはよう』
    『もう出ちゃった?』
     送ったメッセージにはすぐに既読がついた。
    『おはよう、早いね』
    『早く準備ができたから。もう空港に着くよ』
     メッセージに続いてスタンプが送られてきた。しがみつくように飛行機に乗っているしゅうまいがこちらをじっと見ている。
    『そっか。出発前に顔が見たかったんだけど』
    『行ってらっしゃい、気をつけてね』
     楓のメッセージにはまたスタンプが返ってきた。今度は笑顔で指を立てているしゅうまい。画面を開いたまま30秒、1分、2分と待ってみたがそれ以上のメッセージはないようだ。薄暗いリビングはひんやりと静かで、誰かが起きてくる気配はない。もう一眠りしようと部屋に戻ると、入口のそばに紙袋が置かれていた。部屋を出た時は扉に隠れて気づかなかったようだ。
     紙袋の中身は小さなブーケだった。メインは赤いミニバラ。周りをカスミソウが埋めている。送り主の名前はないが、紙袋には「20」と書かれたタグがかけられていた。赤いバラの花言葉もカスミソウの花言葉もこの数年で何度も触れる機会があった。
     可不可にしてはベタだな、と思うと同時に、ストレートなメッセージが可不可らしいな、と思う。音を立てないようにそっと部屋に入った楓はブーケを一旦ローテーブルに置き、5本のバラの意味を調べるためにスマートフォンをタップした。
     
    Rejoice with those who rejoice. Weep with those who weep.



    Ⅳ.心こめ、歌おう
    *Day.21 歌
     飛行機の窓から見えた雲の海が綺麗だったこと。空港に降りた瞬間に感じる空気がHAMAとは全然違ったこと。昼食のメニューに迷ってなかなか決められなかったこと。選んだメニューは美味しかったけど、隣の人が食べていた迷っていた方も美味しそうだったこと。夜空を飾る星がHAMAよりも多く見えたこと。閉め忘れたカーテンから差し込む朝陽が綺麗だったこと。定番の観光スポットを巡る中でHAMAにも活かせそうなところを見つけたこと。夕方立ち寄った海岸が綺麗だったこと。それを君がここにいたら伝えたいのにということ。
     いつもなら可不可ひとりでの出張中は、ちょっとしたことを楓に実況のように伝えているが、昨日の朝、楓からのメッセージをスタンプで不自然に終わらせてしまった自覚がある手前、それも憚られた。
     ポコン。スマートフォンが音を立てた。今日何度も期待を込めて画面をタップしてはその度に肩を落としたのに懲りもせず、小さく深呼吸をして通知のポップアップをタップした。
    『もうホテルに着いた?』
     今朝、可不可が送ったしゅうまいのスタンプの後に待ち人からのメッセージが表示された。
    『今、タクシーで向かってるところ』
    『そっか。出張は? 問題なかった?』
    『うん』
    『いつもなら可不可から写真とかメッセージが送られてくるのになかったから』
     ドキリとした。楓からのメッセージで吹き飛んだはずの後ろめたさがまた顔を出して可不可は画面の上で指を彷徨わせた。
    『ちょっと寂しかった』
     ぼくも、と口からこぼれ落ちた言葉は誰にも聞かれることなく走行音に紛れて消えた。タクシーが自動運転でよかった。
    『ホテルに着いたら電話してくれる?』
    『ホテルに着いたら電話してもいい?』
     ほとんど同時に表示されたメッセージに笑いが込み上げてきた。
    『あと20分くらいで着くはずだから、着いたらかけるね』
     
     ホテルに着いてすぐ荷物を置いてコートをハンガーにかける。しっかり30秒かけて手を洗い、少し迷ったけれどサッとシャワーを浴びて髪を乾かした。
     ヘッドボードにもたれて通話ボタンをタップした。すぐに呼び出し音が途切れ、画面が切り替わる。
    「可不可! 待ってたよ」
    「ごめんね、お待たせ。遅くなっちゃった」
    「ううん。可不可は大丈夫? 疲れてない?」
    「うん!」
     君の声が聴けたから。以前なら意識して伝えていた言葉は今は口にしない。
     楓はビデオ通話を選択したようで、楓の顔が映し出された。可不可も慌ててビデオ通話に切り替えた。
    「可不可、素敵なブーケありがとう。早速飾ったよ」
    「本当? 嬉しい」
     楓の視線が画面の外に逸れる。優しげに細められた瞳には、自惚れでなければ可不可が昨日贈った花が飾られているのだろう。
    「俺からも今日のプレゼントを贈りたくて」
     可不可が首を傾げると楓が今度は画面越しに可不可を見つめて微笑む。えへん、とわざとらしく咳払いをした楓が瞳を閉じて小さく息を吸った。
     “The first Noel the angels did say
     Was to certain poor shepherds in fields as they lay”
     アドベントカレンダーを始めた頃に可不可が贈ったオルゴールと同じ旋律がスピーカー越しに響く。掠れたような柔らかな声。少し癖のある歌い方。実は楓はかなり歌が上手なのではないかと可不可が気づいたのはHAMAツアーズを立ち上げてからだった。
     画面の向こうの楓をじっと見つめて聴き入っていると、ぱちりと目を開けた楓が照れたように肩をすくめ、歌声が揺らぐ。すぐに立て直し、最後のフレーズを歌い上げた。
     歌声の余韻まで消えてから、可不可は小さく拍手をした。へへっと楓が頬をかいた。
    「可不可に会えないのが決まってたから、今日のプレゼントは歌にしようと思って」
    「嬉しい! 久しぶりにちゃんと聴いたけど、僕やっぱり楓ちゃんの歌すき」
    「喜んでもらえて良かった」
     直接聴きたかったなあ、と思う気持ちはあるけれど、離れていても渡せるプレゼントをと考えてくれたのが楓らしくて嬉しかった。
    「ね、もう少し聴きたいなあ」
    「え~」
    「お願い」
     恥ずかしそうに眉を寄せるが、可不可が「お願い」と言えば楓は大抵のことは叶えてくれる。甘いなあと思うし、大切にされてると信じることができる。
     いつも通り「仕方ないなあ」と折れた楓は、聴き覚えのあるクリスマスソングを歌い始めた。
     やっぱりすきだなあ、と心から思う。楓が来ているのに勿体無いと眠気に抗う可不可の枕元で、子守唄代わりに歌ってくれた頃と変わらない優しい声に目を閉じて。
     もう何曲かアンコールしたら、可不可の話も聴いてもらおう。
     飛行機の窓から見えた雲の海が綺麗だったこと。空港に降りた瞬間に感じる空気がHAMAとは全然違ったこと。昼食のメニューに迷ってなかなか決められなかったこと。選んだメニューは美味しかったけど、隣の人が食べていた迷っていた方も美味しそうだったこと。夜空を飾る星がHAMAよりも多く見えたこと。閉め忘れたカーテンから差し込む朝陽が綺麗だったこと。定番の観光スポットを巡る中でHAMAにも活かせそうなところを見つけたこと。夕方立ち寄った海岸が綺麗だったこと。それを君がここにいたら伝えたいのにということ。
     次は君に隣にいてほしいということ。
     

    *Day.22 チョコレートと貝殻
    『今、空港に着いたよ』
    『HAMAハウスに着くのは16時過ぎになると思う』
     可不可からのメッセージが届いたのが1時間ほど前。わかった、と楓が返すと帰ったらすぐに楓の部屋に行っていいかというお伺いが返ってきた。
    『待ってるね』
     それだけ返して、楓は部屋を少し整頓したり、風呂を掃除したり、可不可からもらったブーケの萎れた花を取り除いたり、家族から送られてきたお菓子の包装を解いたりと落ち着きなく動き回っていた。
     可不可が出張で寮を空けるのはもはや珍しいことではない。もっと長期の出張にだって、旅行にだって出掛けている。それでも、楓は可不可を待つことにいつまでも慣れなかった。
     時計は可不可が言った16時にまだ少し届かない。可不可が着いた時に、疲れた身体が少しでも休まるよう、冷えた身体を温められるよう、風呂場で湯はりのスイッチを押した時、ちょうどドアが鳴った。
     コンコン、と短く2回。楓が扉を開けるのを待ちきれなかったのか間隔を空けて、先ほどよりも鋭く2回。逸る気持ちが扉の向こうから伝播して、いつもと変わらないサムターンがうまく回せない。やっと鍵を開けた楓は、ドアの隙間を滑り込ませるように目の前に立っていた可不可の腕を引いた。
    「かえでちゃ――」
     きっとただいまと言おうとしたであろう可不可を腕の中に閉じ込め、背中に回した腕に力を込めた。首筋に触れる髪も、抱きしめたコートも、冷え切っていた。もぞもぞと拘束を抜け出した可不可の手が楓の頬に触れ、顔を覗き込まれる。きっと、ひどくみっともない顔をしているのに。
    「どうしたの?」
    「わかんない……わかんないけど、なんだかすごく可不可に会いたかった」
    「……そっか」
     楓の頬を撫でる指も、触れ合った額も冷たい。楓が手を添えた耳も重ねた唇も冷たいのに、寒さで潤んだ瞳と漏れる吐息だけが酷く熱かった。
     ――ピロリロリン
     湿り気を帯び空気に似つかわしくない電子音が鳴り響いた。その音がなんの音なのか認識してか、可不可がくしゅりと小さくくしゃみをした。顔を見合わせて瞬きをし合うと、先ほどまでの熱が急速に霧散していく。
    「お風呂、先に入ろうか」
    「うん……あっ、そうだ!」
     可不可が肩にかけたままだったボストンバッグをゴソゴソと漁る。
    「これ、お土産に」
     差し出されたのは貝殻だった。赤みがかった殻は薄く、触れた指がうっすらと透けて見える。
    「しあわせを呼ぶ貝って言われてるんだって。今日の分のカレンダーのプレゼントは普通のチョコレートにしてたから、出張のお土産も一緒に渡そうと思って。なるべく綺麗なものを探したんだけど」
     握り込んだら割れてしまいそうな小さな貝殻。可不可が選んでくれるものならどんなものだって嬉しいけれど、可不可はよくこうしてお土産屋さんではないところで手に入れたお土産をくれる。それがいつも、すごく嬉しい。
    「ありがとう。チョコレートも、お風呂から出たら一緒に食べようね」
    「うん! あ、この前もらった入浴剤使ってもいい?」
    「もちろん。持ってくるから、可不可は先に入ってて」
     はあい、とおとなしく脱衣所に消えた可不可を見送って、楓はもらったばかりの貝殻を小さな缶にしまう。可不可が置きっぱなしにしていた入浴剤のフラワーボックスを持って可不可を追いかけた。
     しあわせを呼ぶ貝、と可不可は言ったけれど、それはもうここにあって、きっと君の形をしている。
     

    *Day.23 腕時計
     アドベントカレンダーを作ろう、と相談した時に、いくつかルールを決めた。プレゼントは1日ずつ交代で用意すること。引き出しの形を取っているアドベントカレンダーだが、箱に入らないサイズはそれぞれ持っておくようにすること。なるべく一緒に開けるようにするけれど、仕事や他の予定があったら無理はしないこと。
     合計での予算を決めてその範囲でプレゼントを決めること、という提案をしてきたのは楓だった。曰く、決めておかないと可不可はいくらでも高価なものを用意しそうだから、だそうだ。お互いの最終日だけは、その予算とはまた別で考えることに決まり、楓からのプレゼントは今日がその最終日だ。
    「楽しみだなあ~」
    「あんまりハードル上げないでほしいんだけど……」
     すっかり小さくなったシュトーレンを切り分け、朝焼け色のワインをグラスに注ぎ切る。もともとずっしりとしていたシュトーレンはバターやドライフルーツの香りが馴染み、より味わいが深まっていた。クリスマスはずいぶん先だと思っていたのに。
     シュトーレンを食べ終え、可不可がベッドに腰掛けると、いつもなら隣に座る楓が可不可の目の前に跪くようにしゃがんだ。
    「今日の、俺からの最後のプレゼントなんだけどね」
     楓が取り出した正方形の箱を見て少しドキリとしたが、可不可よりもずっと大きい楓の掌に収まらない箱の中身は腕時計だった。
     スマートフォンと連携させることもできなければ、簡易なバイタル測定機能も、位置情報機能もアラーム機能すらもない。ただ、今この瞬間の時刻を知ることができるだけの、ズレてしまったら側面の小さなネジを回して調節するしかないアンティーク時計。同じデザインのそれが、ふたつ並んでいる。
     手、かしてくれる? と差し出された手に可不可は自分の手を重ねる。手首に巻かれた金属がヒヤリと冷たい。可不可の中では父親のような年齢の人が身につけている印象だったが、つけてみると案外しっくりきた。まるで、昔からずっとそこにあったみたいに。
     少し重たくなった右手を楓の両手が包み込む。触れ合った掌が少し汗ばんでいて、可不可を見上げた瞳から緊張が伝わってきて、可不可の心臓も跳ねる。
    「指輪とかもね、考えたんだ。けど、それは可不可とちゃんと相談して選びたいなと思って」
    「うん」
     楓の手に少しだけ力が加わる。柔く握り込まれた手の側で、秒針がぐるりと一周する。
    「君と同じ時を刻んでいきたい。一緒に、生きてほしい」
     僕でいいの? とは訊かない。一生一緒に遊ぼうという言葉を疑っていたわけではないが、社交的で、自由で、お人好しで優しくて、そして何より人がすきでたくさんの人から愛される楓が、いつか可不可以外に大切なたったひとりを選ぶ時がくると思っていた。それが可不可なんだと、楓は繰り返し、根気強く伝えてくれた。
     可不可にとって楓がそうであるように、楓にとっても可不可が唯一なんだと、時間をかけて楓が教えてくれた。
    「プロポーズみたいだ」
    「えぇ……そのつもりだったんだけど」
    「あはは! ごめんごめん、わかってるよ」
     僕もつけていい? と、楓の手から抜け出して箱に残っていた腕時計を手に取った。差し出された手に腕時計を通す。先ほど楓がそうしてくれたように、楓の手を包むと、楓も上から空いていた右手を重ねてくれた。沈黙の中で秒針の音が重なる。
    「観光区長としての仕事も、社長業もあるし、公表するかとかも相談しなきゃいけないし」
    「うん」
    「うちの家族も、理非人さんも家族みたいなものだって言ってくれるけど、俺は可不可と本当に家族になりたい」
    「うん」
    「今までと何が変わるってわけじゃないかもしれないけど、約束は俺たちが知ってればいいのかもしれないけど」
    「うん」
     わかる、わかるよ。信じていないわけじゃない。不安なわけじゃない。何があっても揺らがないと思っていても、証がほしい。ふたりを繋ぐものに名前がほしい。
    「すきだよ、可不可。出会った頃より、君と恋人になった時より、ずっとずっと」
    「うん、僕もだいすき」


    *Day.24 ピアス
     HAMAハウスでのクリスマスパーティーは例年通り少し早めに済ませている。クリスマスイブをHAMAハウスで過ごす人も随分と減り、今はどうやら楓と可不可以外はそれぞれ出かけているらしい。
     アドベントカレンダーも今日が最後だ。
     24番目の引き出しにはちょうど同じくらいのサイズの箱が入っていた。その見た目に一瞬ドキリとしたが、気づいた可不可が「指輪じゃないよ」と笑う。
     柔らかな生地に覆われた箱の中には小さな石のピアスがふたつ、行儀良く収まっていた。薄い黄緑色の石が間接照明の光を取り込んで様々な色に煌めく。
    「スフェーンって言うんだって」
    「すふぇーん?」
    「そう、スフェーン。7月の誕生石なんだ」
    「ルビーじゃなくて?」
    「前に楓ちゃんの誕生石のピアスは贈ったことあるでしょう? 今度は僕の石もつけてほしいな、と思って」
     今つけてほしい、と可不可の瞳も虹色に煌めいて楓を見つめる。見つめ返した楓の瞳も、きっと今つけてみたいと可不可に訴えているだろう。いつものピアスに触れた指先を、可不可がじっと見ている。見られている、と思うと手元が狂いそうになるが、平静を装ってピアスを外す。片方だけ外した耳を可不可の方へ差し出し、よく見えるように被さった髪を耳にかける。
    「つけてよ、可不可」
    「う、うん」
     可不可が真剣な手つきでピアスキャッチを外す。沈黙の中に可不可の浅い呼吸の音が溶けていく。指先から鼓動が伝わってきそうなくらい、全身で緊張した可不可が楓の耳に触れる。可不可だって、楓のピアスをつけたことも外したことも一度や二度ではなく、最近はかなり慣れた手つきだったのに。横目で見た可不可の瞳におそらく楓は映っておらず、息を止めた可不可がピアスを差し込んだ。耳の裏側を覗き込みながら固定する可不可の呼吸が首筋を撫でてくすぐったい。
    「でき、た……」
    「ん。ありがとう、可不可」
     どう? と見せれば可不可が頬をほんのり赤く染めてはにかむ。
    「似合ってるよ」
     石のみのシンプルなピアス。箱に残ったもう片方が間接照明を取り込んで色とりどりに煌めく。
    「いいね。可不可のものって感じがする」
     少し目を泳がせた可不可の耳に触れる。いつものイヤリングは既に外した裸の耳。塞がってしまったピアスホールの痕に沿わせるように爪を立てる。
    「なあに? 開けてくれるの」
    「開けないよ。懲りたでしょう」
    「まあ……」
     可不可が苦笑して首をすくめる。ピアスを開ける開けないで一悶着あり、楓に開けてほしいと言い張る可不可をどうにか説得して病院で開けてもらったことがある。結局ホールがなかなか安定しないまま炎症を起こして塞がってしまったのだが。
     楓はピアスの残っていた箱の蓋をそっと閉めた。可不可の手を取り、そこに箱を乗せる。
    「もう片方は可不可が持っててくれる?」
    「つけられないのに?」
    「つけられなくても」
     可不可に持っていてほしい。箱を握らせた可不可の手に口づけて。飛び込んできた愛しい温度を抱きしめて。
    「アドベントカレンダー、楽しかったね」
    「うん! プレゼント選びも楽しかった……大変だったけど」
    「来年もやる?」
    「う~ん……お菓子限定なら」
    「あははっ」
     楓の弱気な返事を可不可が笑い飛ばす。可不可が笑っている。今、楓の腕の中で。
     ああそうだ、ここ最近ずっとプレゼントを贈りあって、クリスマス気分を満喫していたからすっかり忘れていた。
    「メリークリスマス! 可不可」

    Love never fail.



    Day.X 指輪
     朝が嫌いだった。そう言ったら楓はなんと言うだろう。病院で迎える朝は、朝を迎えられたことにほっとする気持ち以上に生かされた心地が強かった。生きたい気持ちに嘘はないのに、無理やり遠ざけた夜が可不可を嘲笑っているような気がした。お前なんていつでも連れて行けるのだ、と。
     閉じた瞼の向こうが明るい。柔らかな光が身じろぎし、ベッドが微かに軋んで音を立てる。
    「んっ……」
    「起きた?」
     可不可を目覚めさせた光がよく知った輪郭を象る。寝起きの気配が残る眼で笑った楓の手が、可不可の後頭部を撫でる。所々絡んだ髪を優しく解きながら何度も。
    「おはよう可不可」
    「おはよう…………えっ、あっ!?」
     楓と同じように楓の髪を撫でようと伸ばした手がカーテンの隙間から差し込んだ朝陽を反射してきらりと光る。正確には、手の一部、第四指のつけ根、そこにある金属が、だ。
    「いつの間に?」
    「一昨日、かな? 予定より早く仕上がったって連絡もらって」
     ふたりで選んだ指輪がそこにあった。ぴたりとはまったプラチナリングは、ずっと前からそこにあったかのように馴染んで見えた。予定ではまだ2週間ほど先の受け取りだったはずなのに。
    「もう……もう! 楓ちゃんの分は?」
    「こっちに」
     ベッドサイドに置かれていたベルベットのリングケースを、楓より先に手に取り中から片割れを失った指輪を抜き取った。
     左手! と可不可が言うとクスクスと笑いながらも楓がおとなしく左手を出す。
    「あっ。そういえばなんて書いたの?」
     今まさに楓の指に通そうとしていた指輪を楓が覗き込む。細い環の内側には刻印がされている。
     meus es tu thesaurum.
    「ん~? 何語だろう?」
    「ラテン語」
    「どう言う意味?」
    「知らない!」
     まじまじと内側を見る楓の手から指輪を取り返し、今度こそ楓の指を捉える。繋いだ手の間で金属が触れ合ってカチリと音を立てた。ぶつかったお揃いのプラチナはシンプルなものだ。代わりにお互いがお互いに向けたメッセージを刻印した。それは実物を受け取るまでは内緒と決めていた。可不可から楓には「あなたは私の宝物」と。楓からのメッセージを確認すべく、繋いでいた手を解いた。
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