楓可不『ベツバラ→ヨリミチ・マワリミチ』「はあ~美味しかった!」
「でしょ? 來人さんが教えてくれたんだけど、可不可もすきな味だと思ったんだ」
楓と來人はこっそり出かけてはラーメン屋を開拓しているらしい。ふたりで秘密を共有している様子に何も思わないわけではないが、気に入ったラーメン屋があるとこうして可不可を連れてきてくれるので、まあいいか、と自分に言い聞かせている。
「うん! 美味しかった……つい替え玉までしちゃったからお腹が苦しいくらいかも」
「あはは。じゃあ寮まで歩いて帰ろうか」
俺も結構食べたからなあ。その言葉通り楓は今日もよく食べていた。可不可がラーメン一人前に替え玉半玉を食べている隣で、楓は可不可と同じラーメンの大盛りに味玉をトッピングし、小ライス、そして迷いに迷って焼餃子を食べ、しっかり一玉替え玉をしていた。味玉も餃子も半分可不可に、と言ってくれたので、黄身がトロトロになった味玉はありがたくいただいたが、餃子は結局ひとつで限界だった。可不可よりかなり多い量を可不可より早く完食して、満足げな横顔を覗くと、弧を描いた唇が油のせいかいつもより艶やかに見えた。
「來人さんと来た時は唐揚げも食べて、そっちも美味しかったんだ」
「そうなの? じゃあ次は唐揚げも食べたいなあ」
「うん。また行こうね」
夜の風が人差し指だけを絡めて歩くふたりの間を抜けていく。風があっても、連日の猛暑で陽が落ちても気温が下がりきらない空気は身体にまとわりつくようで、無風よりはマシ程度だろう。湿り気を帯びた空気は重たく、吸い込んで肺を満たしてもどことなく息苦しい。歩いているとじわりと汗が滲む。触れ合った指先も熱い。
「あ、そうだ。コンビニ寄っていい?」
「いいけど……何か買うの?」
首を傾げた可不可に、楓がにやりと応える。
「アイス、食べたいなって」
まだ食べるの? と心の隅で思ったが、ひんやりとしたアイスの魅力にお腹が少し動くのを感じた。別腹って、多分こういうこと。
「半分こしてくれる?」
「もちろん!」
コンビニから寮まではほんの数分だ。溶かさずに持ち帰るには少し遠いが、半分とはいえアイスを食べきるには少し近すぎる。生ぬるい夜風をふたりきりの時間をほんの少しでも延長する口実にして。今夜もきっと熱帯夜だ。
2025.07.26.