回帰 僅かに朝焼けの光が差している薄暗い部屋のベッドの上、ふと喉の渇きを覚えたリオセスリの意識が浮上する。
体を起こし、水差しの置いてあるナイトテーブルの方へ移動しようとすると、その体にもぞりと動く白い塊が纏わりついた。
「ヌヴィレットさん?」
共寝をしていた相手の名前を呼ぶと、白い塊―――もといヌヴィレットは返事のようなそうでないような声を漏らしながら頭を揺らした。いつもは整えられている髪が寝癖であちこちぴょこぴょこと跳ねている。
ベッドか抜け出そうとしていると思ったのか腰に腕を回してこの場に引き留めようとする恋人の様子をかわいらしいく思いつつ、水差しを取ろうとしただけだと伝えてみるが、ヌヴィレットは手を放そうとせず、徐に顔を上げてリオセスリの頭を引き寄せた。
唇が同士が触れ、ちゅ、と小さく音を立てた。暫く口づけ合っていると口内に舌と共に少量の液体が流れ込んでくる。舌を潤した無味のそれは水のようだった。
少し驚いたものの、リオセスリはゆっくりと流し込まれる水を飲み干した。その様子を見たヌヴィレットは口を離して満足げに薄く笑うと、そのまま体を滑らせてリオセスリの腹にぐりぐりと頭を押し付ける。
ぴたりと体を寄せるヌヴィレットの姿は、子どもの頃の思い出として残っている幼い兄弟達を思い起こさせた。リオセスリが頭を撫でようと手を伸ばすのと同時に、ヌヴィレットが小さく身じろいだ。
「…かえりたい」
くぐもった声がリオセスリの鼓膜を震わせる。
かえりたい。ヌヴィレットはそう言ったが、二人が現在居る場所はヌヴィレットの自室であった為、言葉の真意を測ろうとしたリオセスリは手を下ろし、数秒思案した。
ヌヴィレットには、フォンテーヌ以外のどこかに帰りたい場所があるのだろうか。例えば、生まれ故郷だったり、ここに来る前に生活していた場所など―――と考えを巡らせていると、腹に顔を埋めたままのヌヴィレットが言葉を続けた。
「きみのなかに」
子どもが甘えるような声音に、リオセスリの胸に過った不安感が一瞬で消し飛ぶ。思わずふは、と笑いの混じった息を漏らした。
「あんたを産んだ覚えはないんだがなぁ」
そう言いながら絹糸のように柔らかな髪を撫でると、気持ちよさげに目を細めたヌヴィレットが、クュ、キュウ、と歌うように小さく喉を鳴らす。胎内回帰願望というやつだろうか。そう思ったのと同時に浮かんだ別の考えを口にしてみる。
「もしかして、誘ってるのか?」
昨晩何度もヌヴィレットを迎え入れていた腹へと押し付けられている頭が動いて、紫水晶のような、しかしそれより複雑な色が滲む瞳がリオセスリを見上げた。その視線を受け止め、悪戯っ子のような笑みを浮かべたリオセスリが「冗談だ」と続ける。
ヌヴィレットとしてはそういう意図で口にしたわけではなかったが、リオセスリの婀娜っぽくもあるその表情にじわりと腰が重たくなるような感覚を覚え、ゆっくりと息を吐いた。
「そうだ」
熱のこもった声で肯定し、するりと腹の上を撫で、いいだろうか。と訊ねたヌヴィレットに少し驚いた様子のリオセスリだったが、すぐに目元を緩め、自ら足を持ち上げて言った。
「ん…おいで。ヌヴィレットさん」