刹那の邂逅side Murasaki Hibana
とある日の休日。出先での用事を済ませ、どこかで昼食でも買おうかと通りを歩いてると、人通りの先にあるベンチで本を読む人影が目に入った。違和感があるとか目立っているわけでもないのだが、つい数時間前にこの道を通った時にも、あの男性は同じ場所で本を読んでいたのだ。
こんな煩く、人通りがある中でよく読書に集中できるなぁと眺めていると、男性はビルの時計を見てハッと驚きその場から立ち去った。待ち合わせ時間まで暇を潰していただけかと納得し、自分も立ち去ろうとした時どこからか電話の着信音が響いた。
「……?」
一向に電話に出る気配はなく、着信音が長々と続いていく。不審に思い音の発信源へと向かうと、そこは先ほどの男性が座っていたベンチだった。取り残されたスマートフォンが未だに着信音を響かせ、画面には相手の名前が表示されている。
「──出、た方が良いよな……?」
そう思いつつもぐずぐずと判断できずにいたら、スマートフォンはピタリと静かになってしまった。ロック画面には不在着信の通知が残る。
「ま、まだ間に合うはず……!」
あの男性が立ち去ってすぐに掛かってきたから、まだそう遠くへは行ってないはずだ。急いでスマホを手に取り彼が向かった方向へ駆けた。顔は覚えてないけど、服装や背丈はぼんやりと覚えている。昼食のことなどすっかり忘れ、雑踏の中へと向かった。
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side hacchi
親友と数ヶ月ぶりに会う約束をした。楽しみにしてた分緊張していたこともあり、前日はまるで「遠足前の小学生」かの様に眠れず、待ち合わせの数時間も前に外出してしまった。
時間を潰そうにもソワソワして浮き足立っていたので、落ち着くためにも読書に没頭してみた。だが、危うく遅刻しかけたので何か別の方法をと思い、目に入った喫煙室へと入って行った。
最近はめっきり吸っていなかったが、久しぶりに一服でもしよう。室内には数人先客がいたので、邪魔にならないよう空いてる場所へ立ち、ポケットの奥でくしゃくしゃになったタバコと、終わりかけのライターを取り出した。
「──ン? あれ?」
隣で男性が声を漏らす。胸ポケットや、サイドポケット・尻ポケットを探っている。口には紙タバコを咥えているのでライターを探しているのだろうか。周囲を見ると、他の人は電子タバコを手に持っており、ライターを持っているのは自分だけらしい。
「あの、使います?」
声をかけられこちらを振り向いた男性は、きょとんと驚いた顔をしていた。だが、すぐに笑顔を見せ、感謝の意を述べた。彼はライターを受け取り、タバコに火を付ける。煙が揺らぐタバコを深く吸い込み、それと同じ時間長く煙を吐き出した。
青味がかった髪を一つにまとめ、わずかに生えた髭によれたYシャツは、どこか既存のキャラクターを彷彿とさせる容姿だった。
「いやぁ助かりました」
「いえ、お気になさらず」
少ない会話で済まし、各々喫煙タイムを味わった。徐々に喫煙室からは人が減って行き、いつしか彼と自分だけとなった。二人きりで無言も気まずいだろうと考えたのか、彼は他愛ない話題で会話を試みてきた。
「最近電子タバコの人が増えてきましたね」
「──そう、なんですかね。久々に吸うのでその辺はよく……」
「ア、そうなんだ。なんでまた吸おうと?」
「……親友と数ヶ月ぶりに会うんです。楽しみにしてた分、緊張もしてしまって……落ち着こうとさっき読書をしてたら危うく遅刻しかけたので、一服して向かおうかと」
「ヘェ、親友……それは──あの人のことだったりする?」
「え?」
彼は喫煙室の外へ指を差す。まさかと思い驚いた様子で振り向くと、そこには親友……ではなく、見知らぬ少年がこちらを見て立っていた。まだ十代後半の少年のように見えるが、何か用でもあるのだろうか。少年はスマートフォンを片手に持ちそれを指差す。
「──あ、僕のスマホ……⁉︎」
懐を探ってみるとどこにもスマホが無かった。慌ててタバコの火を消して喫煙所から出て行き、少年の元へと向かう。
「あの、そのスマホ……! 僕のです」
「よ、よかった……き、き気付かれなかったらどうしようかと」
彼はホッと安堵した様子でスマホを手渡してくれた。本体に外傷は無く、中身も自身の物で間違いない。一体どこに置いてきてしまったのだろか。
「これ、どこにありました?」
「ささっき座っていたベンチに。貴方が行ってすぐに電話がかかってたから」
「電話……あ」
不在着信の通知を見ると、それは親友からの電話だった。それ以前にもLINEで何度か連絡が来ていたようで、読書に夢中になっていたために気づいていなかったらしい。
「──あ、あの! ありがとうございました!」
「き、気にしないでください」
喫煙室へ振り向くと彼と目が合った。すぐに行かなければならなくなったので、会釈をして待ち合わせ場所へと走っていった。
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待ち合わせ場所にはすでに親友が立っており、キョロキョロと周囲を見回していた。そのうちこちらに気が付き、「おーい」と手を振ってみせた。
「──ごめん、連絡気づかなかった」
息を切らして謝罪を入れると、彼は「大丈夫だ」と、全く気にしていない様子で笑った。
◆
side Michino Shuji
彼が喫煙室から出て行って暫く経った。どうやら忘れ物を届けて貰ったらしく、その後彼は会釈した後に慌てた様子でどこかへ行ってしまった。
「緊急の連絡でも入ってたかな」
突然の別れとなってしまったが、どうということもない。ぷかぷかと煙を浮かべて、物思いに耽る。やはり喫煙室は考え事をするのに打ってつけだ。そうして思案に暮れていると、一本の電話がかかってきた。
『シュウジさん今どこですか⁉︎』
「オワッ」
上擦った大声が耳を劈く。相手は仕事場の同僚からの連絡だった。用件を聞くに緊急を要する事態のようだが、駆けつけるほどではない為電話口での指示で済ませた。電話が切れ、現在時刻を確認する。昼休憩もそろそろ終わりなので職場に戻ったほうが良いだろう。
短くなった紙タバコを灰皿に押し付け、火を消した吸い殻を捨てる。あぁそうだ、帰りにライター買っとかないと。喫煙室の扉を開け、戻りがてらコンビニを探した。
……
先程の喫煙室近くにコンビニがあったので、百円ライターと軽食を買うため立ち寄った。目当ての商品を見つけ、レジに持ち込み会計を済ませる。さぁ職場へ戻ろうとコンビニから出る際に、見たことのある少年が先にいた。
その少年は紫髪に、白いパーカーの上から黒の革ジャンを羽織っており、耳にはイヤーカフを二つ着けていた。
「あ、さっきの」
「え、だっ……だ、だれ……?」
先程の男性とやり取りをしていた少年だったので、つい声をかけてしまった。当然彼は警戒してこちらを睨みつける
「さっき忘れ物? 届けてたよね」
「あ、あぁ……そそそうだけど、あの人のし、知り合い?」
「ン~まぁそんなとこ。……何も買ってないの?」
適当に返答をすると、彼が手ぶらであることに気づき疑問を投げかけた。それを指摘され、彼はモゴモゴと理由を答える。
「……べべ別に。お金無いなって、気付いただけ」
話を聞くに、スマホ決済の残金が少なく財布も持ってきてないためチャージも出来ない状態とのことだった。
「大丈夫なの?」
「この、このぐらい、別に。家まで我慢すれば良いし」
強がっていたが腹の虫は正直だったので、綺麗な空腹音が聞こえてきた。恥ずかしがる彼は僕から目を逸らす。そんな様子を見て、手にしていた軽食のおにぎりを彼に手渡した。
「これ、あげるよ」
「えっ?! いやいやいや……!」
彼は遠慮して受け取ろうとしないが、少し強引におにぎりを手に持たせる。困惑していたが、適当な方便で説得しなんとか受け取ってもらった。
「……それじゃあ、言葉に甘えて」
「じゃ、気を付けて帰ってネ」
「あ、ああありがとうございました……!」
去り際、彼は一礼をして見送ってくれた。節々に感じる礼儀の良さは、彼の今までの行動を納得させた。吃りはあったものの、アレは恵まれた環境で育ったのだろう。そんなことを考えながら歩いていくと、職場のビルに到着した。出入り口のドアに手をかけた時にふと、小さな後悔を思い出した。
「あ、コーヒー買っておけばよかったなぁ」
家に帰ったら、ぐぅの散歩へ行く前に一杯飲もう。帰宅後の予定を立てながら、僕はお昼休憩を終えて仕事に戻った。