【ゲ謎/父水】振り返れば、それは幼い頃の夏の幻のようで。.
嵐の夜に、無い筈の暦に、幼子と失った筈だった記憶の欠片を抱いて失った夏を想う。
あの夏はもう来ない。
忘れないで、愛しい人。
失わないで、捧げてくれた愛を。
【振り返れば、それは幼い頃の夏の幻のようで】
愛なんか知らなかった。
穏やかな時などもう来ないと思っていた。
無邪気に裏表無く信頼する相手など現れる訳がないと信じていた。
全て失い全て奪われ其処から更に毟り取るような地獄の中で己の足で歩いて行かねばならなかったから、誰かを利用し踏みつけのし上がる事に躊躇など無かった。
……無かった筈だった。
夏空、涼しい木陰、幼い頃の記憶、警戒しても自分を信じる間抜け面。
振り返れば子供のそれだ。おやつを分けて、家から抜け出して誰も来ない場所で秘密の話をして、危ない事をして、なんてことない話で笑って、泣いて、……何も疑わず信じて、約束をして。
いつかあったかもしれない夏の幻。
血と炎と泥にまみれ失った青春すら色褪せる、人とそうでないモノが肩を並べ駆けたたった数日。
その記憶の全てが穢を纏い血を啜り生を踏み躙り弱きを貶めていても、力に抗いその向こうの大切なものを知りそれを守りたいと願い命を賭けて駆けた己の柵の果ての何も纏わぬ魂の記憶。
純粋だった子供の頃のように、その幸いを願った。その真実すら捧げ守ったたった一人の相棒の子供だったから、その記憶は返されたのだろうか。
幼子と失った筈だった記憶の欠片を抱いて、失った夏を想う。
あの夏はもう来ない。
それが、――――――――。
あの時駆けたのは、彼と母だけでは無かった。
母の内側から母を想い守ろうと声を上げた赤子が居た。
出会い、別れ、恐怖、そして得たものを差し出してでも命をかけて友の大切なものを守ろうとしていた誰かを、母と子は見ていた。
あの、人間に憎しみさえ抱いていたひとの心を開いてくれた弱くて小さくて、けれど暖かくて強い人間の事を。
だからもう一度出会えたらこの子を。
貴方の守った希望を。その命の選択を含め、この欠片の記憶を託す。
忘れないで、愛しい人。
失わないで、捧げてくれた愛を。
――あのひとは少し素直じゃないけれど寂しがりで泣き虫だから、よろしくお願いしますね。
嵐の夜に、無い筈の暦に。
記憶の花は舞ったのだ。
Apr,18 2024 11:24 BlueSky
2024/09/11 21:23 修正