つつむ、つつまれる(朝さに)いつも通りの、なんでもない日の昼下がり。
すこしぬるくなってきた風が纏わりついてくる。
定期報告の画面は真っ白のまま、一向に進まない。
なんだか疲れたな。
決定的な何かがあったわけじゃない。
ここのところ催し物続きで気の抜けない日が続いていたので、疲れが溜まっているのかもしれない。そういえば先週末の楽しみにしていた予定が無くなってしまったり、小さなミスを繰り返したり、考えてみれば最近なんとなくうまくいっていない気がしてきた。どうにもとげとげもやもやした気持ちが拭えない。
「主、少し休憩しようか」
隣から声をかけてきたのは本日の近侍、南海太郎朝尊だ。任せていた戦績データをまとめる作業は早々に終えてしまった。あとは私がいくつかコメントを入れて送信するだけだし、早く終わらせて解放してあげたい。
「うーん……でもあとこれだけだし……」
「そうは言ってもね、先ほどからため息をついてあまり捗っていないようだよ」
「うっ」
持参した本に夢中で気づかれていないと思っていたのに、よく見ている。
なんとなく気まずくて画面から目を逸らしているうちに、横から手が伸びてきた。近い。そのまま端末をスリープモードにされてしまった。
「あっ!先生!」
「適度に休憩を取るのは大事だよ、主」
眼鏡の奥の切れ長の目が、じっとこちらを見つめている。この目にどうにも弱い。後ろ向きな心の内まで見透かされそうで、視線を外す。
「……でもさっき昼休憩は取ったから、」
分が悪いのは分かっているけれど、覗き込む先生から逃れたくてそう返した。
「君のそういう勤勉なところは美点だと思うがね」
微笑みながら投げられた突然の褒め言葉に、取り繕おうとした気持ちがすっかり崩されてしまった。誰よりも研究熱心な先生にそんなことを言われて嬉しくないはずがない。
やめだやめだ、ここは先生の言うとおり休憩してしまおう。
姿勢を崩した私に気づくと、先生は本を閉じてこちらに向き直った。
「主は少々疲れているのではないかね。最近は催し物が続いていたし、気が休まらなかっただろう?」
「そう、かもしれないですね」
本丸を率いる主としては、体調もメンタルも安定させていたい。気を引き締めねば……と考えていると、ふいに南海先生が時に主、と口を開いた。
「最近読んだ文献にストレス緩和に良い方法という項目があってね。休憩がてら試してみるのはどうだろう」
「いいですね、気になります」
先生が試すというだけでなんだか効果がありそうな気がしてくるから不思議だ。
「君に触れても構わないかね?」
「構いませんよ」
「では」
先生が両手を広げて近づいてくる。
ツボでも学んだのかな?と思ったけれど、どうも様子が違う。
パッとできるストレス発散法は私もいくつか知っている。例えば湯船に浸かるとか適度な運動。あとは身体接触。ハグするとストレスが減るとか……
目の前が濃藍に染まる。まさか。
「待って、せんせ、」
「おやすまない。これが邪魔だったかね?」
片腕を背中に回したまま、先生は片手で器用にコートの留め具を外して抱きしめなおした。いや、そうじゃなくて!
「違います!なんでハグ!?こういうのは親しい相手とするものですよ!」
「しかし、挨拶でする国もあるだろう?」
「ここは日本なんです先生!」
こうも密着されては飛び跳ねて大騒ぎする心臓の音に気づかれそうだ。必死に押し返そうとしてもびくともしない。流石は刀剣男士。
落ち着かなくてもぞもぞと動けば、30秒が目安だそうだからもうすこし、なんて楽しそうな声色が降ってくる。
いい香りがするし、じんわりとあたたかいし、このまま流されてもいいだろうか……。
「ふふ、大人しくなった」
「随分楽しそうですね」
「君のためにと思ってやってみたけれど、存外良いものだねえこれは。誉の褒美はこれにしようかな」
「勘弁してくださいせんせえ……」
「先生、最近妙に調子いいよな」
「そうかね?」
「気力が高いとこで安定してんだよな……なんか変なもん飲んだりしてないよな?」
「飲んではいないが、先日試したことがうまくいってね。危なくないから安心したまえ」