瞬く星と留紺色の空の下で 俺はサクヤさんの正体を知り、またラズベリーさんである事をカミングアウトされて。直後は自分のラズベリーさんへのアプローチの日々が映画のネガフィルムのように流れ込んできて、己の行動の恥ずかしさと終わったと深く反省した。カミングアウト後は接し方が分からず、ぎこちなく生活を共にしていたが、最近は彼女の持ち前の明るさもあり、毎日の生活がブッチャー達家族とかけがえのない日々となっていた。そんなある日の夜、就寝前にある提案をされた。
「⋯⋯アッシュ、お願いがあります。私と一緒にお泊まり会をしませんか?」
「ん??」
夜が更けたトレーラーのリビングにて、サクヤさんは、何故か正座になり改まって話しかけてきた。俺は、突然の提案に疑問で思考が固まった。話しかけられた内容をもう一度、確認する。
「泊まりとは? 毎日、ここで泊まっていると思うが⋯⋯」
「おっ、お泊まり会⋯⋯つまり、パジャマパーティーといいまして。これからも行動を共にするのに親睦を深めたいと思い。━━私と一緒にパジャマパーティーしてくれませんか!?」
サクヤさんの様子を見るに、余程の決意で話しかけてくれたのだろう。声を震わせ緊張しながらも俺に声をかけてくれた。
(サクヤさん。俺への気遣いなのか一生懸命、声をかけてくれている。断る理由もないしな⋯⋯)
「⋯⋯分かった。ちなみに何をするんだ?」
「ありがとうございます! リビングだと窓が多いので私の部屋へ行きましょう」
(窓が多いと都合が悪い? しかし、サクヤさんの部屋か⋯⋯)
俺は一瞬、邪な想像をしてしまったが、我に返りサクヤさんの一生懸命さに快諾した。サクヤさんは提案を受け入れてくれたことに安心して嬉しそうな表情で部屋に案内してくれた。シザーマン領から再契約後、サクヤさんは自室で眠ることが多くなった。俺は、気恥ずかしさと緊張しながら、案内された部屋で待つ。
アポロの格納庫から、ガサガサした音と足音が近づいてくる。手に何か持っているようだ。手に持っていた物を確認する。
「これで、一緒に観てもらいたい映像があるんです」
「プロジェクタか! 窓が多いと明るくて映しにくい。だから、都合が悪かったんだな」
サクヤさんは正解と頷き、動作が可愛くて反則だと思った。部屋にプロジェクタを持ち込み、俺とサクヤさんは並んで座り、映像を流した。映像は、かつての場所の風景が映し出された。とても綺羅びやかな風景だった。
「この風景は?」
「昔のハコダテエリアの夜景です⋯⋯」
映し出された映像は、ネオブリタニア軍に侵略される前のかつてのハコダテエリアの夜景とサクヤさんは説明してくれた。映像から街が活気に溢れていた事を物語っていた。
「⋯⋯素敵な場所だったんだな」
「父と昔、展望台から夜景をみたんです。父はホッカイドウブロック自慢の夜景だ。夜景の中にハートの文字が隠されていて、一緒にいる人と見つけられたら幸せになる⋯⋯恋人になれるって話していたな」
父の重護さんとの思い出を語ってくれた。あの人らしい話だ。俺は重護さんの笑顔を思い出し、微笑んだ。サクヤさんの思い出話が続く。
「ハートを一緒に見つけるのは、お父さんだけにしなさい! サクヤにはまだ早いって話していたな」
「重護さんらしいな」
「ええ」
思い出を語って場が和んだのも束の間。サクヤさんは下を俯いて、昔の思い出と共に現実を話し始める。
「⋯⋯でも私が捕まってしまい、あの街も人々も⋯⋯失ってしまいました」
「サクヤさん⋯⋯」
サクヤさんは、苦しい気持ちを堪えるように、何もできなかったという現実を語った。静寂を破るように俺は、心に思い浮かんだことを伝える。
「⋯⋯過去をやり直すことはできない。それは俺も同じだ。だけど、これから何ができるかが大切なんじゃないか?」
「⋯⋯アッシュ。ありがとうございます」
サクヤさんは声を震わせ胸を詰まらせていた。俺は部屋に映し出された星の輝きのような夜景を見上げながら静かに寄り添った。サクヤさんは気持ちが落ち着いたのか、ある質問を投げかけてきた。
「アッシュの好きな風景は何ですか?」
「⋯⋯俺の好きは風景か。やはり、ラベンダーホームにあった、ひまわりの花畑が好きだ」
「素敵ですね。私の好きな風景が夜で、アッシュの好きな風景が昼。なんだかアポロとアルテミスみたいですね」
「⋯⋯ッ。そっ⋯⋯そうだな」
サクヤさんは笑顔で嬉しそうに話しかけてきた。俺は照れてぎこちない反応をしてしまった。二人で映し出された夜景を観ていたところ、自然とお互いの腕が当たった。俺とは違う柔らかい感覚が伝わってきた。
「すっ、すみません」
「いや、俺の方こそ⋯⋯」
何やら、こそばゆい雰囲気になる。サクヤさんが話を切り出す。
「⋯⋯アッシュ。このまま、今晩はここで休んでいきませんか? いつも運転席で寝ていてきちんと身体が休めているのか、以前から気になっていたんです」
「えっ⋯⋯いやな⋯⋯」
互いの素性が知れて以降、サクヤさんは俺を気遣ってくれていた。何かできないか模索しているような様子だった。夜景の映像を一緒に見たのも、休めるように提案してくれたのも。心から伝わってきた。少し不安そうな表情をしている。
「⋯⋯無理には」
「━━ここで休むよ」
「えっ? いいえ・・・良かった」
サクヤさんは、上のベッドスペース。俺は、下のスペースに寝袋を広げた。緊張していて自分の心臓の音がうるさい。
「おやすみなさい」
「⋯⋯ああ、おやすみ」
サクヤさんは俺がしっかり睡眠を取れるのに安心したのか、ベット上から笑顔で手を振り、おやすみなさいの挨拶をしてきた。暗転し部屋が静かになる。
「⋯⋯ふっ」
俺は先程のサクヤさんの笑顔と動作を思い出し暗闇の中、両手で顔を覆い悶えた。
(こんな至近距離で手を振るって⋯⋯可愛すぎだ)
俺は、下のフロアで一人悶えながら、眠ることができず羊を数え眠りにつくようにした。そのせいか普段はあまり見ない夢をみた。
(待て待て、お前たち。いま用意するからな。うん? ブッチャー、お前も食べるか?)
(⋯⋯にゃん)
(ブッチャーが俺の手からエサを食べた!! やっと認められた!)
(ふにゃ〜)
(ブッチャーがすりすりしている! 初めて懐かれた⋯⋯感動だ! ━━うん? ブッチャーが俺に懐いている。懐いて⋯⋯いる??)
俺は深い眠りで目が冴えなかったが、ある違和感に気がついた。水に潜り水底から水面に一気浮かび上がるよう意識を覚醒させた。自分の隣に何かいる。腕をすりすりされている。
黒い猫だったと思った瞬間、声が聞こえてきた。
「⋯⋯ふゃん」
(ブッチャー?? ━━いや、サクヤさん!!)
俺の隣には上のベットで寝ていたはずのサクヤさんが眠っていた。状況が理解できず混乱と心臓の音がうるさくなってきた。そう、サクヤさんは寝ぼけて潜り込んできたようだ。
(なっ、何で? 腕に柔らかい感触が⋯⋯女性の胸はこんなに柔らかいのか。目のやり場に困る)
一方、サクヤさんも夢をみているのか寝言が聞こえてきた。
「ふふ⋯⋯リック待って! ほらこっちに来て、もふもふ幸せだわ」
サクヤさんは、隣に寝ていて寝言と身動きできない俺の頭を撫ではじめた。
(サクヤさん、俺に何を! 寝ぼけているとはいえ⋯⋯可愛い。いいや待て、待て。サクヤさんは恩人の娘さんだぞ!)
俺は、可愛いという本能と恩人の娘さんという理性に天使と悪魔が両方から囁かれるように葛藤する。僅かな理性の警告音が鳴った。サクヤさんは、更に俺の腕にすりすりしてきて、思考が焼き切れるほどだ。
(⋯⋯サクヤさん━━さっ、サクヤ!)
━━俺は、考えるのをやめた。
俺は、スンとした表情で腕をすりすりしていた彼女の隙をみて腕を抜いた。冷静な理性が恥ずかしさから再び、沸騰し始め俺は深呼吸した。隣のサクヤさんの方を再び見た。
「⋯⋯うっ、寒い⋯⋯」
(しまった! 動揺していたとはいえ、風邪をひいては大変だ)
俺は、慌ててサクヤさんへ自分がかけていた毛布を分け与えた。安心した寝顔になった。
(これで安心だ。⋯⋯なんだ?)
サクヤさんは、まだ夢の中。より暖を求め近寄ってきて子猫のように、俺の胸筋をふみふみして愛ではじめた。
「⋯⋯ふふ。⋯⋯ふにゃん」
「━━ッッ!」
(サクヤさん! 本当に寝ているのか!?)
再び理性の警戒音が鳴る。ふと、七煌星団アジトでの新城さん、佐野さんの会話を思い出した。
『逞しく鍛えると筋肉て温かいんだって。逞しい人に抱きしめられたいわん』
『陽子さんてば⋯⋯』
俺は、回想から現実に戻る。
(そういうことか! 俺が筋トレして鍛えているからだ。筋肉で温かい。納得だ! しかし、このまま撫で続けられるのもな⋯⋯)
俺はやられるまでではと、仕返しにサクヤさんの頬に手を添えた。
「⋯⋯ふしゅ。温かい⋯⋯」
(しまった! 俺の手をすりすりしている! 仕返しのつもりが⋯⋯可愛い)
俺は仕返しのつもりが、サクヤさんのすりすりが止まらず悶えてしまった。
(観念して、このまま寝よう⋯⋯)
寝顔が幸せそうなサクヤさん。そんな表情に俺は心温かく幸せを感じた。静寂の中、ある思考をする。手を伸ばしサクヤさんの黒い艶のある髪を一房手に取る。そして、願いを込めて髪へ口づけをした。
(━━もし、君と■■になれたら)
朝が明け俺は隣にサクヤさんの姿があり、夢ではないことに安堵する。起こさないように抜け出し、ブッチャー達家族のご飯を用意し、二人分の朝食を作り始めた。シュマリで購入したオーナーおすすめのブレンドコーヒーをドリップする。隣の部屋から音がした。サクヤさんが起きたようだ。キッチンに現れた姿を見た瞬間、着衣が乱れていて俺は昨晩の一連を思い出し、とっさに流し台の方へ向いた。
「⋯⋯うん。 私、何で床で寝ていたのかしら? アッシュ、おはようございます。昨日はよく寝れましたか?」
サクヤさんは昨日の事は覚えていない様子。着衣の乱れに気がついたのか慌てて直していた。整うのを待ち、俺が休息できたか不安気にしていた。
「おはよう、サクヤさん。⋯⋯ああ、寝れたよ。でも、可愛いお客さんが隣にいたような?」
俺は意味深な返事を目をそらしながら答えた。サクヤさんは返答の意図が読めない様子で休めたという言葉に安心したのか、返事に微笑んだ。
「朝食できているよ。エサ切らしているから、買いに行ってくるよ」
「ありがとうございます。いってらっしゃい」
「いってきます」
俺はサクヤさんへ声をかけ、出掛けた。
キッチンで一人になるサクヤ。焼きたてのパンにジャムをたっぷり塗り、コーヒーの薫りを楽しみながら、朝起きたら床で寝ていたことを考えた。アッシュの『可愛いお客さんが隣にいた』という言葉を思い返し、寝ぼけて隣で寝てしまったと答えにたどり着いた。急に熱くなる両頬を押さえながら恥ずかしがる。
(昨日の夜、何してしまったの━━!?)