月夜恋歌《ツクヨミレンカ》 少女は、夢を見た。幼少の頃、幼なじみの青年と将来を約束した光景だった。
『⋯⋯ゆいのう? お兄さんとわたしはふうふになるの?』
『ああ、君と一緒になることだ。でも、その前に俺はこれから国のために外国に行くよ。戻ってきたら、また会おう』
『いっしょに遊べなくなるのは、さみしいな。でも、まっているわね』
少女と青年は指切りを交わした。夢は朝焼けの光と共に終わった⋯⋯
◆◇
少女の名前は朔夜(サクヤ)。朔夜の国は侵略され、領主の父重護は敵国に囚われ投獄の末、獄中で亡くなった。朔夜は命からがら逃れ、幼少の頃に亡くなった母方の臣下の元へ亡命し、生活を送っている。臣下の家系で友人の奈多理阿(ナタリア)の経営している喫茶『狐』(シュマリ)で従業員の木苺(ラズベリー)として、名前と身分を偽り日々仕事に励んでいた。同じく喫茶『狐』で一緒に働いているのは、親友の愛(メイ)だ。マスターと三人で店を切り盛りしている。
ある日の昼食の混雑時間が終わる頃。外から町の人たちのざわついた声が聞こえてきた。
「店の前が騒がしいわね? 何かあったのかしら?」
「私、みてきまーす!!」
「あっ、愛! 一人だと物騒だし危ないわよ」
愛が様子を見に走っていった。朔夜は愛の後を追いかけ、人だかりへ入っていき、目の前に人が倒れていた。背が高い男性のようで着物は、ところどころボロボロだった。髪は伸ばしっぱなし。異国の人のような綺麗な黄金色をしていた。町の人たちは男性の着物の裂けた切れ目を見て騒いでいた。
「うん? 数字が見える。あの数字の刺青は罪人じゃないかい?」
「んだべ。あの刺青は間違えねぇべ」
朔夜も着物の裂け目から数字が見えた。罪人は投獄の際に、刑務所独特の刺青を入れられる風習があった。肩の裂け目から『十三』の文様のような刺青が見えた。
(━━刺青! このままでは、この人は兵に突き出されて、また牢屋に入れられてしまう。なんとかしないと!)
朔夜は愛に小声で耳打ちする。愛は耳を傾けた。
『この人、生き倒れて困っているようだし、私達で助けましょう。愛、あの手でいくわよ』
『ラジャーです!』
人だかりを入っていく二人。朔夜と愛はお互い顔を合わせ、合図して行動する。愛が声を張って話し始める。
「さぁさぁ、お立会い。こちら、南京玉すだれ! 芸をご覧に致しますです。 まずは、しだれ柳!!」
愛がすだれを柳のように広げ一芸を開始する。町の人が芸に見とれている隙に、朔夜は男性に近づき、男性を必死に担ぎ、喫茶『狐』の中に保護した。
「ふぅ⋯⋯なんとかなったわ」
「朔夜様! 私のしだれ柳は、いかがでしたか?」
町の人たちの拍手の音とともに愛が店に戻ってきた。
「とても素敵だったわよ⋯⋯ひょぇ!!」
朔夜は突然足を掴まれて、思わず悲鳴が出た。何かに掴まれていると恐る恐る見ると保護した男性が意識を取り戻したようだった。
「⋯⋯み、水⋯⋯っ」
「良かった意識が戻ったのね。水ですね」
朔夜は慌てて店のテーブルに男性を案内し、水を運んだ。男性は水を一気に飲み干した。朔夜は、もしやと思いある物もテーブルへ再び運ぶ。
「⋯⋯?」
「ライスカリーです。まかないの残りですが、どうぞ」
生き倒れていた男性はきっと、お腹をすかせていると思い、まかないの残りがあったことを思い出し持っていった。ライスカリーには、人参やジャガイモ、コーンなど入っており、香辛料の匂いで食欲がすすられた。男性は、良い食べっぷりだった。朔夜は食べるのに夢中な男性の髪がライスカリーで汚れると思い、ふと無意識に男性へ手を伸ばす。前髪を一房かき上げると男性の綺麗なアイスブルーの瞳と目が合った。男性も朔夜の紫の瞳の虹彩に緑が入っている不思議な瞳に見とれていた。そして、互いに我に返る。
「⋯⋯ッ! な、何を?」
「はっ! すみません。 髪が汚れると思って、無意識に⋯⋯」
朔夜は手を引っ込めると思い出したかのようにカウンターへ行き、カップに飲み物を注いだ。とても香ばしい匂いが近づいてくる。
「こちら食後にどうぞ」
「これは?」
男性は初めてなのか、飲み物について聞いてきた。
「これは、珈琲といって、お好みで砂糖や牛乳を入れても良いですよ」
朔夜は、青年に珈琲をすすめた。そして、一口飲む。
「⋯⋯美味しい!」
「マスター特製のブレンドなんですよ」
珈琲を飲んだ青年は朔夜(木苺)の笑顔に目を輝かせ見とれていると、いつの間にか近づき、朔夜の両手を取っていた。
「⋯⋯女神だ! 素敵なあなたお名前は?」
「ひっ! 朔っ⋯⋯木苺と申します!」
朔夜は、亡国の姫が生きていたと知られてはいけないため、慌てて店の偽名を名乗った。
「木苺さん⋯⋯素敵なお名前だ」
青年は瞳を閉じ胸に手をあて、木苺の名前を感慨深く心に刻んだ。その様子を朔夜は若干引き気味で見守った。
「俺の名前は亜朱(アッシュ)助けてくれて、ありがとう。数日飲み食いしておらず⋯⋯倒れてしまったらしいな」
「元気になられて良かったです。ところで何故こんなところに?」
朔夜は、青年の着物の裂け目から見えた刺青も含め気になり、質問した。
「あるお方との約束のため⋯⋯島流しからボロ舟に乗って、この地に戻ってきたんです」
「あるお方?」
「この地を治めていた先代当主の皇重護様です。俺は、国外に親善特使として行っていました。その間に、この地は新貌利太泥亜(ネオブリタニア)に侵略されてしまった⋯⋯知らせを受けて急いで戻ったところ、死闘の末、捕まりました」
「⋯⋯その刺青は捕まった時のものなんですね」
男性はうなずく。朔夜は父の関係者が被害を受けている現実に胸が痛んだ。
「見られてしまいましたね⋯⋯俺は重護様との約束を必ず果たしたい。しかし、舟が荒波にのまれて気を失っていたら、ある人の記憶を失ってしまった」
「ある人⋯⋯?」
「この地の姫様です。何か思い出せると良いのですが。━━にしてもあなたという女神に出会えて俺は幸運です!」
「ひょえ!」
朔夜は亜朱が再び近づいてきて、反射的に後に下がり避けた。朔夜は記憶を思い返したが、この亜朱と名乗る青年に身に覚えがなかった。
(⋯⋯思い出せない。こんな破天荒な人、知り合いにいた⋯⋯かしら?)
朔夜が思い出しているところ、愛が近寄ってきて、耳打ちで話しかけてきた。
『姫様って⋯⋯朔っ』
『しっ! 素性がいまいち分からないから、今は様子をみるわよ』
愛を慌てて制止する朔夜。しばらく亜朱の様子をみることにした。朔夜はしばらく考え亜朱にある提案をする。
「⋯⋯事情は分かりました。この地は新貌利太泥亜(ネオブリタニア)の影響で住むところもままならないですし。このままという訳にはいきませんから、この店で働いてみませんか?」
「━━いいんですか!? やはり女神だ」
目を輝かせた亜朱をかわしつつ。喫茶『狐』での生活が始まった。
◆◇
「まずは、身なりよね⋯⋯接客業としては身なりと髪をなんとかしないと」
朔夜は亜朱の髪を整えることにした。
(亜朱が外の理容室で髪を整えに行ったら、周りの人より長身もあって目立つし、噂が広まり捕まるといけないから私がやるしかないわね⋯⋯)
「亜朱さん。接客の心得! 身だしなみですので、私が髪を整えます!」
「⋯⋯ッ!━━いいんですか!?」
朔夜は亜朱に伝えたところ、この前の両手を取る勢いとは違い、今日は何だか、目元を赤らめ口元に手を当てていて、何やら恥ずかしがっていた。朔夜はその様子を見て同じく恥ずかしくなってきてしまった。髪を整える準備をして、髪も洗髪するので濡れてもいいように湯帷子に着替えてもらった。亜朱を椅子に座らせた。
「木苺さん━━よろしくお願いします!」
「━━いざ、参ります!」
亜朱は目を閉じ。朔夜は洋鋏を持ち整え始める。綺麗な黄金色の髪を梳いて整えていく。結えるぐらいの長さの半上げくらいまで髪を整えた。髪を整えている間、目を閉じている亜朱の睫毛が長く綺麗だと朔夜は見とれてしまう。
(⋯⋯睫毛が長くて綺麗ね⋯⋯はっ! 続けなければ)
朔夜は我に返り髪を整え仕上げ、亜朱へ声をかける。
「髪の整えは終わりました。今度は洗髪していきますね」
「⋯⋯よろしくお願いします」
亜朱は、肩を揺らし反応し緊張しながら返事をした。
(女性に髪を洗ってもらうとは⋯⋯しかも木苺さんに緊張する⋯⋯チラッ。でも、可愛い⋯⋯)
朔夜(木苺)が髪を整えている間、亜朱は気が付かれないように目を薄目で開けて、懸命に髪を整えている様子を気付かれないようにじっと、純粋な眼で盗み見ていた。
朔夜は亜朱の髪を流し石鹸を溶かし泡立て、洗髪していく。しかし、泡がどんどん増えて膨らんでいった。
(あら? ⋯⋯石鹸の量を間違えた? 泡立ているような?)
亜朱の洗髪を続ける朔夜。泡立っていき、もこもこで、まるで白い大型犬のようになっていた。一方、亜朱は頭に伝わる朔夜(木苺)の指先の感覚に目を強くつむり耐えているようだった。
(俺の頭に木苺さんの指先⋯⋯感覚が伝わって⋯⋯いかん! 木苺さんが俺のためにやってくださっているのに! 煩悩を消さなければっ!)
(ふふっ。泡がもこもこで白いワンコみたいだわ⋯⋯)
互いに思いを秘めたまま、髪を洗い流し終え、亜朱の髪を朔夜は手ぬぐいで乾かしていった。百八つの煩悩を消し耐え続け、疲れ果てた亜朱は瞼が重くなり始めると突然ある情景を思い出した。
『あしゅお兄さん! 私がかみをかわかしてあげる!』
『━━姫、ありがとうございます』
朔夜は亜朱の正面に周り、髪の前側を手ぬぐいで乾かす。亜朱は懐かしい思い出と共に不思議な安心する感覚にまどろんでいき、眠りに入った。なんと、そのまま倒れていき目の前の朔夜(木苺)の豊かな胸元にもたれた。
━━そう、俗にいうラッキースケベだ。
「⋯⋯ふぁん。⋯⋯ぐぅ⋯⋯」
「えっ⋯⋯。ひょわっー!」
「木苺ちゃん、どうしたんです?」
朔夜の悲鳴を聞きつけて愛が駆けつけた。亜朱は朔夜(木苺)の胸元で埋もれながら、幸せそうな顔をして眠り。朔夜は理解できない状況に顔を真っ赤にして固まっていた。
「亜朱さん、寝てしまったんですね。分かります。私も朔夜様にぎゅっとされると、何だかふわふわで気持ち良くて、安心します!」
「愛! 感想を述べていないで、助けて!!」
愛は両手を組み、思いにふけ朔夜のふわふわな胸の感想を述べる。そんな愛に朔夜は助けを求め叫んだ。
「⋯⋯髪は整いましたので、こちらの着物をどうぞ」
「⋯⋯ありがとうございます」
お互い赤面し気まずそうにし、朔夜は亜朱に着物を渡した。受け取った亜朱は着替えに別室に行き、数分後戻ってきた。青色の六芒星の柄の着物に濃紺色の袴姿だった。愛は拍手をし、朔夜は見とれてしまった。
「木苺さん、ありがとうございます! いかがですか?」
「⋯⋯とてもよくお似合いですね⋯⋯」
笑顔で話しかけてきた亜朱に朔夜は気恥ずかしいそうに、ぎこちなく答えた。
(━━似合うじゃない)
こうして、亜朱を従業員に加え喫茶『狐』での生活が始まった。亜朱は持ち前の料理の腕前から調理担当と用心棒として才を振るった。
◆◇
(⋯⋯ふふっ。まかないの亜朱のオムレツ。相変わらず、美味しかったわ。バターの風味もして、なかなかだわ〜)
亜朱が喫茶『狐』での生活に慣れたある日。亜朱特製のハートマークケチャップ付きオムレツのまかないを食べ満足している朔夜の耳に聞こえてきた。外で騒ぎが起きているようだ。朔夜達は店の外へ出ると新貌利太泥亜(ネオブリタニア)の官僚による急な税金の圧制が行われていた。取り立て人はこの地域を担当している官僚だ。
「税金が昨年より上がっている。うちではこれ以上は⋯⋯」
「では、財産を取り上げるまでだ。やってしまえ」
取り巻きの屈強な男達が住民を押し倒し、財産を奪っていった。一軒だけではなく、所々の住民に取り立て、意に沿わない住民に暴力振るっていた。次から次へと取り立てている。朔夜はそんな住民の状況をみて葛藤していた。亜朱も険しい表情で状況を冷静にみていた。
(お父様の民が!━━私に力さえあれば)
次に狙われたのは幼い子がいる呉服店の亭主だった。亭主も税金が払えないと抗議したところ、男達に突き飛ばされ殴られそうになったところ、亭主の子どもが親を守りに間に入った。
「お父さん!」
(いけない! 助けないと!)
朔夜が親子を助ける決心をして動いた瞬間、亜朱の着物から光が放たれた。
「━━これは! 重護様から島流しの脱獄の際に託された神器が反応している!」
亜朱は着物の懐から輪っかのような物を取り出した。輪は光を放ち、朔夜の元へ向かい、両手で受け止めた。
「これは⋯⋯?」
「それは、我が国に代々伝わる神器! その名は⋯⋯にゃんにゃんリング! 木苺さん、それを付けるんだ!」
「付けろって⋯⋯うーん! 何だか分からないけど、この状況を何とかしないと!」
朔夜は意を決して、にゃんにゃんリングを装着する。するとリングの中央の猫マークが輝き、不思議な空間にのまれた。朔夜の漆黒の髪がラベンダーパープル色の髪形はハーフアップにレースのリボンが付き。メイド服装は光りに包まれ、紫の肩出しの腕には三日月と桜の柄の振り袖。短い丈の袴にブーツの着物姿へ変化した。目元は猫の形の面を付け、首にはにゃんにゃんリングが装着された。朔夜は鏡を取り出し自分の姿を見た。髪形のリボンは気に入るも、慣れない丈の短い袴と肩出しの着物に、震えて恥ずかしがり叫ぶ。
「なに! この格好は!? リボンは可愛いけど⋯⋯肩出しで胸が目立つし、袴の丈が短すぎるわよ!」
「めたもるふぉーぜだ」
「め、めた?⋯⋯なんと?」
「めたもるふぉーぜだ。皇一族に代々伝わる神器。守り猫神のぶっちゃー様のお力が宿ると伝承でいわれている」
朔夜は、理解に追いつけず頭を抱えた。
(聞きたいことはそうじゃない! うちの一族にそんな力あったの!? ぶっちゃー様って、お父様の部屋に飾ってあった、あの招き猫ってこと? とにかく、助けないと!)
朔夜は、不思議な力に導かれるように手を構える。すると赤い翼の紋様が現れ、新貌利太泥亜(ネオブリタニア)の官僚と男達に向け言葉を放つ。
「━━皇朔夜が命じる! 税金袋を置いて城に帰りなさい!」
官僚と男達は放った言葉から行動停止し、持っていた税金袋を置き、城に向って帰っていった。朔夜は不思議な力を使った疲労から、バランスを崩し倒れそうになる。すかさず、亜朱がささえる。しかし、支えた際にむにっとお尻を支えてしまった。
「⋯⋯あっ。すま⋯⋯」
「ひぇ!━━いや!!」
朔夜は恥ずかしさのあまり、亜朱にビンタをしヒットしてしまう。亜朱はその場に座り込む。
「ごめんなさい! 私、なんてことを」
「いや、俺のほうこそ」
互いに謝り朔夜は亜朱へ手を差し伸べる。朔夜の手を亜朱が手に取った瞬間、ある記憶が蘇る。
『あっしゅお兄さん。いっしょに星をみに行こう』
『━━朔夜姫。外は危ないので俺と手を繋いでいきましょう』
亜朱は記憶を取り戻し、目の前の大切な人へ再会の喜びを伝える。
「━━朔夜姫! 俺です。昔あなたと結納を交わさした亜朱です」
「━━亜朱っ!」
亜朱は大切な人を思い出し、互いに再会を喜ぶと確信していた。だが、しかし。
「あわわ。将来を交わした方に破廉恥なことやこの姿まで見られてしまって⋯⋯やはり記憶のお兄さんじゃないわ!」
朔夜の発言に亜朱は、髪を整えてもらった時や支えた時のラッキースケベを回想する。
「破廉恥なことは、すまない! だが、将来の君の婿なんだ! 信じてくれ!!」
「知りませーーん!」
朔夜と亜朱。二人は新貌利太泥亜(ネオブリタニア)から果たして、この国を救い結婚できるのか?
続く⋯⋯???