修羅の男それを聞いた時、オレの中で大事な、大切な何かが音を立てて壊れていくのが分かった。
そんな言葉一つで簡単に手放せる程、お前の中でオレは軽いのか。
────そうか。
腸が煮えくり返るのを綺麗に隠して水木は了承した。それに男はホッとした様に、けれど訝し気な顔をしていたが、水木は心の内を見せなかった。
あの日、お前が手放した。オレに干渉する権利をオレの未来に、決定に、口出す権利をお前が永久に手放したんだ。
オレの心をお前が要らないと拒否したんだ。ならばせめてオレだけでも大事にしてやらなきゃ、可哀想だろう。けれど独りで生きるには、不要な感情だった。だから閉じ込めた。奥底にしまい込んで蓋をした。
⋯⋯簡単だったぞ。お前によって、お前を愛するオレの心は絶望に叩き込まれたからそのまま沈めた。
その後は友としての友愛しか無かっただろう?お前もそれに安心していただろう?だから決めた。友愛はやろう。その他の友と同じように。
だが、オレの心の一欠片とて、お前にはやらん。
────未来永劫、やらん。
あの男が望んだ様に人並に結婚し、子が産まれその子が結婚し孫が出来た頃に己は死んだ。自分を隠れて見ていたのは知っていたから死に目にも合わさないようにした。見ているだけで会いに来ず、連絡一つないのだから構わないだろう。それに家族ではないのだから知らせる必要もないだろう。言葉も交わさず時々見ているだけで満足しているようだから。そのまま、知らないまま満足しておけ。
死して地獄の裁きにて閻魔大王に願う。
罪を償っても、輪廻の輪には還らない。転生はしない。自分は魂の消滅を望む。
渋い顔をされたが、償った後にもう一度確認し、決意が変わらなければと言質をとった。地獄で償いをしている間は誰にも会う事はない。
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あの男が死んだ。
忙しくなり、少しの間見ない内にあの男が死んでいた。前に見た時は元気そうだったのに、死に目にも合えなかった。ねずみに聞いて初めて知った。慌てて地獄に行けば罪を償っている魂とは会えないと言われ探したが見付からない。人の魂は巡る。ならばまた生まれ変わったあの男に会えるだろうと思っていた矢先、獄卒から探している魂は消滅を望んでいると聞き、耳を疑った。
幽霊族の皆さんは消滅だけは止めてくれと閻魔大王に直談判しているが肝心の魂がそれを望んでいるからどうしたものか頭が痛い。
────なんだそれは。
また会えると、何度でも巡り会えると思ったから幸せを願って手放したのに。なのに消滅などしたらもう二度と会えないではないか。そんな事許せるわけが無い。
冗談ではない。
閻魔大王にあの男の魂を寄越せと言えば償いが終わったら、場を設けてやると言われ怒りを燻らせながらずっと待った。
─────消滅などさせるものか。あの男がいらないなら自分が貰う。
罪を償い終わりもう一度閻魔大王の前に立つ。気が変わったかと問われまさかと返した。消滅を望む。生まれ変わる気はない。
─────許さぬ。
ずいぶん聞いてないが聞き覚えのある声に水木は眉を寄せる。
お前の許可など必要ない。
視線も合わさず素っ気なく返す男に幽霊族の男は驚く。
お前はオレの何だ。ただの友だろう。オレの決断に口を挟む間柄ではない。これはずっと前から決めていた事。
お主は儂の家族で友で相棒じゃ。口を挟む権利はある。
確かに友だがそれだけだ。お前はオレの家族ではない。オレの決断に口を挟む権利を持つのはオレの妻だけだ。そして彼女には了承を得た。
さて。閻魔大王。よろしく頼む。
ならん!儂はお主が人として幸せになれるよう離れたのじゃ!転生もせず消滅など許さぬ!
─────ほう。オレの幸せ?何故お前がオレの幸せを勝手に決める。オレの幸せはオレが決める。
⋯⋯みずき。儂の願いは、お主には要らぬものだったのか。
お前の願いとオレの願いは違う。お前は勝手に決めて勝手に実行した。オレの意見など何一つ聞かずオレを心を軽んじた。それはお前の自己満足だ。それにオレの心は必要ないのだろう。
違う!儂は真実お主の為を思って!
オレはそれをお前に望んだか?願っていないだろう。
ゲゲ郎。お前がオレを手放したんだ。ならばもうお前の手には戻らん。オレはオレの好きにさせてもらう。
とんだ邪魔が入ったが、オレの望みは変わらない。消滅を望む。
─────ならぬ!お主が要らんのなら儂が貰う!
お前にはオレの一欠片とてやらん。お前が先にオレを手放したんだ。
────ざまあみろ。これで最後だ。もう二度お前には会わん。