◇◇◇
「おはよう…ございます」
僕はふみやさんを見ずに言った。
昨日のアレから正面にふみやさんの顔を見ていない。
ふみやさんは欠伸をした後、僕の方を見て止まっていた。
「なに、その距離感」
ふみやさんが疑問に思うのは僕が物凄く遠くで挨拶をしているから。
「何でも、ありません」
「大瀬なんかよそよそしくない?」
「…気のせいだと思います」
ふみやさんは朝食を食べる為に席に着く。
僕も後から席に着いた。
いつものふみやさんの隣ではなく猿川さんの隣の端の席。
僕達の不思議な距離感に皆さん揃って苦笑いしていた。
◇◇◇
ふみやさんと距離が開いてしまった。
気まずいと言うか…目を合わせられなくなった。
なんでそう言う風に見えるようになったのか分からなくて凄くもやもやする。
見ようとしていないのに、いつの間にか視界にいる。
僕は無意識のうちにふみやさんを見ているのだった。
「なーに?大瀬さんってば恋の病?」
いおくんがニヤニヤ楽しそうに笑いながら言ってきた。
まさか恋なんてそんな訳ない。
「…ちょっと、考え事です」
いおくんが信用出来ない訳じゃないけど黙っておいた。
そしたらいおくんはつまんなそうな顔をしてブーブー言ってきた。
「折角だから言っちゃいなよ」
意外と色恋話が大好きないおくんは突っ込んで聞いて来る。
別に言えない訳じゃないんだけど…
「…突然、気まずくなった時ってある?」
バレないよう慎重に言葉を選ぶ。
直球ではなく遠回しな聞き方でバレないようにした。
「向こうが一方的に嫌ったり、こっちが相手の嫌な点を見ちゃったりした時とか?」
答えは合ってるんだけど僕が欲しい答えではなかった。
ふみやさんを嫌ってる訳じゃないし。
「そうじゃなくて、別に嫌いになった訳じゃないというか…うー…」
少し語尾がもごもごしてしまった。
何だろう、急に恥かしくなってきた。
いおくんは僕を見て何故か分かったように笑う。
僕の欲しい答えを知っているのだろうか。
「それはその人を好きになったからじゃない?」
心臓が大きく揺れ動いた。
顔には出ないようにと必死で隠すけど、どうも顔には出やすい。
顔が熱くて仕方ない。
「大瀬さん顔真っ赤!じゃあ質問なんだけど…」
いおくんはそう言うと僕の耳に近寄ってとても小さな声で言った。
「大瀬さんがそう思っちゃう相手ってふみやさんでしょ?」
驚いた。
絶対にバレる事はないと思っていたんだけど。
頭の回路はショート寸前。
いつ気がついて何でそう思ったんだろう、いおくんの言葉に疑問が浮かんでくる。
いおくんの勘の良さには度肝を抜かれる。
「普通にバレバレだからね。理解くん以外はみんな気付いてるよ」
いおくんが何か言っていたけど僕の耳には届いていなかった。
もう意識しないではいられない。
余計によそよそしくなってしまった。
いおくんは楽しんでるようだけどこっちはハラハラとドキドキの心境。
僕は深呼吸した。
幸先はあまり良くないけど前向きに頑張るしかなかった。
◇◇◇
ふみやさんを避けて早三日が経った。
無視も含まれているのでかなり機嫌が悪いふみやさん。
オーラで語る人だから機嫌が悪い事は皆さんも気付いている。
そんな訳でいおくんには倦怠期?なんて聞かれる始末なんだけど。
昼食後、ふみやさんは僕の部屋に来た。
元々前から出かける約束をしていた。
リビングにいた理解さんに出かけの挨拶をして玄関を出ると手を引かれた。
掴まれた手首がやけに温かくて…否、熱かった。
それはふみやさんの手が熱いのか、僕の手が熱くて手首まで熱いのか、それとも二人の体温が合わさって熱いのか。
どちらにしろ頬まで熱くなった事にかわりはなかった。
僕の手首を掴んだまま歩くふみやさん。
歩くのが速くて僕は小走りに近くなっている。
目的の場所とは違う景色に気付き、足を止めようと試みるもふみやさんの力の方が強い。
一体どうしたのだろう。
機嫌が悪そうなままのふみやさんに声は掛け辛い。
徐々に息苦しく足も重くなってる事に気付いて、どうにかふみやさんの手を振り払おうと大きく自分の腕を振った。
勢い良く振り上げ、下げた腕から手は離れていった。
「っ、なんっ、なんですか…?」
息が上手く出来なくて苦しかった。
ふみやさんはやっと僕の事に気付き立ち止まる。
何時もと変わらない無表情だと他の人は思うけど少しだけ違った。
本当に微妙な所だけどふみやさんの表情は悲しそうにしていた。
それが分かるなんて僕はどれだけふみやさんの事を見ているのだろう。
「…ごめん」
何故、ふみやさんが謝ったのか分からない。
悪い事なんてしてない。
強いて言えば、ただ僕の手を引っ張って歩いていただけ。
何か言うかと思えばふみやさんの口はへの字を作って開かない。
だけど目は未だに悲しそうに僕を見る。
ふみやさんの気持ちがいまいち分からない。
お互いに外れない目線。
今更目を逸らす事なんて出来なくて、ずっと見ているまま。
「…なんで俺を避けんの?」
暫く見つめ合い沈黙の後ふみやさんからの疑問が僕に押し寄せて来た。
あまりにもストレートで答え辛い。
気まずくて、恥かしくて。
多分好きだと気がついたから前のように接する事が出来なくなった、なんて言えない。
「あの、嫌ってる訳じゃ…なくて、ですね…」
それが精一杯の返事。
僕があまりにも困ってる顔をしてるから、それ以上は突っ込んで聞かないのだろう。
ふみやさんは静かにこう言った。
「…そう。ならいいよ」
その声色には色んな感情が込められてる気がした。
悲しいは勿論、他に何かがあるけど僕には分からない。
人の気持ちは読めない。
ふみやさんは手を差し出した。
僕はその手に自分の手をゆっくりと乗せた。
ふみやさんの手は僕の手を包むように握られた。
力強くも優しく、壊れないようにと気をつけて。
人のぬくもりは温かいようで意外と冷たい事を知った。
二人の手が合わさってやっと温かくなるんだ。
◇◇◇
※話は少し飛んで大瀬が外出中に理解からふみやが倒れたと連絡が入る。
↓
帰り道の殆どを走って帰った。
家に着く頃には息絶え絶え所ではなく死んでしまいそうな程ヘトヘトだった。
「理解、さん…っ」
僕を玄関で出迎えてくれたのは理解さん。
電話ではあんなに焦っていた理解さんは今は何故か落ち着いてる。
「大瀬君、おかえりなさい。ふみやさんはただの疲労だそうです。スミマセン、私のとんだ早とちりで…」
「へ?」
一気に気が抜けた。
あれだけ急かされたのにただの疲労だったなんて。
「それで帰って来てもらったついでにお願いがあるのですが…ふみやさんの看病をしてもらえませんか?」
「自分が…ですか?」
「急用ができてしまいましてこれから行かなくてはならないんです。他の方も直ぐには帰って来れないそうで…」
「分かりました」
いいとは言いたくなかったのだけど用事ができてしまったのなら仕方ない。
この家で常に暇なのは自分くらいだし。
それにふみやさんは具合が悪い。
僕のちょっとした心情で苦しい思いをさせてしまったら恩を仇で返す事になってしまう。
「ふみやさんが食べれそうなら食事は依央利さんが作り置いたものが冷蔵庫に入ってますから」
どうも気が進まないけど理解さんを見送って一息。
僕はふみやさんの部屋へと向かう。
気まずいなんて言ってられない。
覚悟を決めて扉に手を掛けた。
前までは普通に入り浸ってたのに今は気まずさから抵抗がある。
「失礼、します…」
遠慮しながら入った。
ふみやさんは起き上がろうとしていた。
物凄く具合悪そうな顔をしているのに無理をしたら長く寝込む事になる。
「ダメです、寝ててください!」
慌てて寝かし付けた。
ふみやさんは僕の顔を見て驚いていたけど大人しく寝てくれたので一安心。
「…なんで来たの?」
ふみやさんは苦しそうな声で言った。
…来ない方が良かったのかなと少し落ち込んでしまう。
折角ハプニングがあったとはいえ気まずくなくふみやさんに近付けたのに。
しょんぼりしていた。
するとふみやさんの手が伸びてきた。
「ふみやさん…?」
「やっと、ちゃんと顔を見た気がする」
僕の頬に触れるふみやさんの手は物凄く熱を帯びていて熱かった。
表情は恍惚としていて、まるで欲求を満たされたかのように。
その瞳に囚われて目を逸らせない。
ふみやさんは眠いのか徐々に瞼を閉じる回数が多くなっていった。
「寝てください。ここにいますから」
手を布団に戻すと、ふみやさんはゆっくりと深い眠りについていった。
ふみやさんが静かに眠った事を確認すると足を崩して座った。
少し痺れ掛けた足が気持ち良く痛い。
何だか疲れて眠たくなってしまった。
僕はふみやさんの横で少しだけ寝させて貰う事にした。
断わった訳ではなく勝手にだけど。
気がつけば夕飯時。
僕は布団に入ってる事に気付いた。
確か布団の近くには寝ていた、なのに布団の中にいる。
隣りを見るとやけに温かい。
僕はふみやさんと一緒に布団で寝ていたのだ。
びっくり過ぎて叫びそうになった。
どうにか落ち着こうとして深呼吸する。
暫くして布団から出た。
ふみやさんは静かに眠ったままだった。
僕が勝手に潜り込んだ可能性が高い。
意識する前は一緒に寝る時もあったから…クセって本当に怖い。
「ふみやさん、何か食べますか…?」
「…いらない」
非健康的な事を寝言で言うふみやさん。
体調が良好な時ならそんな事言っても心配はいらないけど、今は栄養がかなり必要な時。
休むのも大事だけどしっかりと食べなくては治るものも治らない。
一応寝たからか先程より顔色は良くなってる気がする。
溜め息をつきながら布団を掛け直した。
「取り敢えず、何でもいいから食べましょう?」
「うーん…んー…」
さっきから起きてるのか寝てるのかはっきりしないふみやさん。
半分は寝ているのかもしれない。
目は閉じられたままで少し険しい表情をする。
寝かせろ、そんなオーラが伝わって来た。
そうっと部屋を出てキッチンに向かう。
キッチンにはいおくんが作り置いてくれたおかゆやスープとか消化に良さそうなものから体調に合わせて食べられるように色々なものが用意されていた。
流石いおくん、準備に抜かりはないようで。
甘い物ならふみやさんも食べれるかなと準備しているとテラさんが帰ってきた。
◇◇◇
※どうやらテラはふみやの不調の原因を知っているようで…
↓
でもまあいつかはこうなるんじゃないかって思ってたよって。
テラさんはふみやさんの不調の原因を知っているのだろうか。
「ふみや君って前は平気で何日もいない時とか結構あったでしょ?でも最近はどんなに遅くなっても帰ってくるじゃん?どこで何してるかは知らないけど、それって誰かさんが待ってる家に早く帰りたかったり、誰かさんと一緒に出掛けたかったからかなり無理してたんじゃない?」
テラさんの言っている事は分かった。
僕のせいで今ふみやさんは体調が悪くて苦しんでいるんだと凄く落ち込んだ。
「あ、意地悪で言った訳じゃないからね。どちらかと言うと愛されてるねって意味」
僕の表情が暗かったからそんな事を言ったのか、テラさんとは違うニュアンスで捉えていたらしい。
「愛され…て?」
「オバケ君もそろそろ自分の気持ち素直になった方がいいんじゃない?」
「素直に…?」
鈍感なフリをする僕。
自分の気持ちなんてとっくに分かっている。
これ以上気まずくなりたくないから壊したくないから進もうとしなかった。
ぎこちない今の関係でも壊れてしまうぐらいなら曖昧な所にいた方が楽だったりする。
「君達って見てるこっちがいじらしくなるほど進展しないんだから。意識する前はあんなにイチャついてたのにね。両想いだって事はバレバレなんだよ」
テラさんからの思わぬネタばらしに僕は少し驚いた。
僕が焦るのを楽しそうに笑いながらテラさんは自分の部屋に行ってしまった。
部屋に戻るとふみやさんの手を両手で握り目が覚めるのを待った。
何だかずっと望んでいた気がする。
やっぱり僕はいつでもふみやさんの側に居たい。
テラさんと話して隠していた感情が放たれたみたいだった。
ふみやさんの指に力が入ると目がゆっくりと開かれた。
「…大瀬?」
名前を呼ばれ思わず抱きついていた。
「ふみやさん、ごめんなさい…」
「…何が?」
なんて言われてしまった。
それもそうだよね、何に対してのごめんなさいなのか起きたばかりのふみやさんが知る訳ない。
「僕のせいで…忙しい事になってるんですよね?」
「そんな事はないよ」
ふみやさんはそう言ってくれるんだけど倒れた時点でそんなで済ませる事は出来ない。
甘え過ぎていた。
今更になって悔いるぐらいなら始めから頼らなきゃいいのにって僕自身に言った。
「だけど、疲労で倒れたし…」
「大瀬が気にする事じゃない」
「本当に…ごめんなさい」
ふみやさんから少し離れた。
顔を見るとふみやさんは全く怒ってなくて、どちらかと言うと優しく笑ってくれてる。
今度は手を引かれ抱き締められた。
縋るように恋しがってるように僕に抱き付いてくる。
顔が熱く鼓動が早くなる。
あまりにも大きく脈打つのでふみやさんに聞こえてしまいそう。
自分で抱きつくのは恥ずかしくないのに抱き締めてもらうと恥ずかしいのと嬉しいのが押し寄せてくる。
逃げたくなるけど…ちゃんと伝えたい。
「ふみやさん、あの…」
「何?」
意気込んでみたものの、あの…から声に出して言えなかった。
ふみやさんは僕を抱きしめたまま次の言葉を待っててくれてる。
ここは頑張って言わないと。
「僕…ふみやさんが好きですっ!」
一生懸命に言い過ぎて声が大きくなってしまった。
いきなりそんな事を言われたふみやさんはびっくりした後、ちゃんと頷いてくれた。
「ん、俺も大瀬が好きだよ」
ふみやさんの顔を見ると珍しく赤くなっていた。
こんなに照れくさそうにしてる所は見た事がない。
緊張してるんだと分かると少し安心してしまった。
僕だけ顔を真っ赤にしてたりドキドキしていたら不公平だもん。
ふみやさんと顔を合わせて笑い合った。
そしてキスを受け入れた。
凄く嬉しくて幸せで泣きそうになってしまった。
涙が出るのを堪え、離された時には笑顔を見せた。