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    kirafuwalemmy

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    kirafuwalemmy

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    なんでもない日に死んだミツル〜side:ギーマ〜

    ミツルが病気になってしまった。治療法の確立されていない難病だ。
     医師のマーレインは暗い表情で、でも私を気遣うように言った。

    「余命はあと一日です。後悔のないように過ごさせてあげてください」

     ミツルは隣の部屋でマーマネと話していた。表情を見るに、病気のことは知らされていないようだ。

    「あっ、ギーマさん! 僕ももう終わるので帰りましょう」

     私は精一杯の笑顔を作った。それでもミツルを見ていると、やるせない気持ちがこみ上げてくる。なぜミツルが病気になってしまったのか。なぜ気づかなかったのか。なぜ私はこんなに無力なのか。

    「ギーマさん、元気ないですね。もしかしてどこか悪いんですか?」
    「えっ。いや、そんなことはないよ」
    「そうですか、良かった。マーレインさんとずいぶん長く話してるから心配だったんです」

     ミツルのほっとした表情に胸が痛む。明日には死んでしまうミツル。何も知らないミツル。涙があふれそうになり、私は噴水広場を指さした。

    「ミツル、あそこでコンサートをしよう」
    「僕がですか?」
    「エリカとフウロのクリスマスショーが延期になったんだ。がっかりしている客が多いだろう。きみの歌でパシオを活気づけてほしい」

     ミツルは首をかしげながらも、クリスマスの衣装に着替えてステージに立った。星のようなライトに照らされ、華やかに歌って踊るミツルを見て、私は客席の隅で密かに泣いた。

    「みなさんありがとう! 聴いてくれてありがとうございます!」

     ミツルは幸せそうだった。このまま時が止まればいいと思った。


     * * *


     次の朝、ミツルと一緒にバトルヴィラへ行った。一番好きなことは何かと聞くと、ネジキさんとのお茶会です、と笑って答えたのだ。きっとそうだと思った。最期の時を過ごすなら、あの場所しかない。

     ミツルの病気のことは、ダツラを通して全員に知らせていた。

    「ミツル、来てくれてありがとう。昨日のコンサート素敵だったよ」
    「ずっと見ていたかったな」

     コトネとトウコは涙をこらえている。ミツルは答えない。この病気は声が出なくなるとマーレインは言っていた。喉から全身に痛みが広がったら最後、瞬く間に死に至るのだと。

    「つらくないかい」

     私は小声で言った。ミツルは不思議そうな顔をするだけだった。

     フウとランはミツルに抱きつき、大好きだよ、と言った。ミツルは二人を撫でた。声が出ていないことに、自分で気づいていない。僕も大好きです、と口が動いている。

     ネジキの部屋へ行く直前、クリスに袖をつかまれた。咎めるような目で私を見ている。

    「どうして連れてきたの」
    「ミツルはここへ来ることを望んだんだ」
    「ここで死んだら期待しちゃうじゃない。バトルヴィラがリセットしてくれるのを……私たち期待しちゃうじゃない」

     バトルヴィラのリセットは、病死には適用されない。わかっている。わかっていながら、本当は私も期待していた。
     クリスの手をそっとほどき、ミツルを連れてネジキの部屋へ向かった。


     * * *


     ネジキはお茶の用意をして待っていた。ミツルのお気に入りのバネブーパンとエネコマフィン、それにウリムーのスコーンも並べ、全部食べてね、と言った。

     部屋は可愛らしいピンクの花で飾られ、テーブルクロスは色違いラルトスの模様だ。カップにはフワンテ紅茶が注がれ、良い香りが漂っている。

    「色違いのバネブーパンも作ったんだよ。バネブーはひかえめで壁貼り型が便利だよね。でもミツルはアタッカー型が好きなんだっけ。きあいだまっていまいち信用できないけどなー」

     色違いのバネブーパンはダークチェリーのトッピング付きで、中身はフルーツ入りのチョコレートだった。

     ミツルは嬉しそうに手を伸ばす。いつもの動きではない。食べたつもりになっているパンのかけらは、手から滑り落ちていく。

     ネジキは話し続ける。ミツルと過ごせる時間は残りわずかだ。何を話せばいいのだろう。思いつくこと全てが虚しく感じられる。

    「きあいだまは良い技だよ。きみのポケモンにもぴったりだ」

     そう言いながら、自分の声が震えていることに気づく。手も足も、目線さえも震えていた。ミツルが死んでしまう。もうすぐ死んでしまう。逃げ出したいほど恐ろしくて、私は震えた。

    「ミツル、欲しいものがあったら言ってね。何でもあげるよ」

     ネジキは言った。私もうなずき、カップを持つミツルの手に自分の手を添えた。

    「そうだね。きみには幸せでいてほしい」

     最後まで、という言葉を飲み込んだ。
     ミツルは笑ってくれた。笑ったつもりだったのだろう。目はどんどん虚ろになっていく。カップから紅茶が流れ落ちる。

     ネジキはマフィンを取り落とした。そのまま拾わず、うつむいて涙をこぼした。
     ミツルは驚いている。どうしたんですか。口の動きも曖昧になる。

     ネジキは流れる涙を拭おうともせず、唐突に草刈り鎌を差し出した。

    「ミツル、これをあげるから」

     はっとして立ち上がる。
     だめだ、と言おうとした。すぐさま奪おうとした。でもミツルは受け取ってしまった。
     ネジキは微笑んだ。

    「昨日みたいにかっこよく決めて。ぼくたち、それが見たいんだ」


     * * *


     ミツルは椅子の上に立ち、ポーズをとった。昨日のコンサートと同じ、のけぞりながら天を指さすポーズだ。今日は草刈り鎌を掲げている。体中が痛いはずなのに、笑顔でポーズを決めていた。

    「ミツル、素敵だよ」

     私は言った。ネジキも拍手をする。

    「ワーオ! ミツルってすごい。こんなに近くで見られて幸せだなー」

     私たちはしばらく見入っていた。こんなことをしても意味がない。苦しいだけだ。
     わかっているのに動けなかった。

    「ドータクン、テレキネシス」

     ネジキの命令で、ドータクンがふわりとミツルを椅子から浮かせる。草刈り鎌も宙に踊り、テーブルの上のパンやマフィンも雲のように浮かんだ。
     美しい光景だった。ポーズを決めたまま浮かび上がるミツルは、今にも翼を広げて飛んでいきそうだった。

     そして全てが急降下した。

     ミツルは床に叩きつけられ、胸の下でざくりと草刈り鎌が音を立てた。ジャムのように赤い血が飛び散る。バネブーパンが一つ、床に落ちて赤く染まった。

    「ミツルは戦闘不能。病死なんかじゃない。これで日付が変われば復活するよね……だってここはバトルヴィラだから……そうだよね」

     ネジキは膝をつき、ミツルの遺体に体を寄せた。手や頬にべっとりと血が付着し、涙と混ざって流れ落ちる。

     私は震えながら、急速に白くなっていくミツルの顔を見ていた。
     バトルヴィラは人やポケモンの状態を正確に見抜く。誰よりもネジキが知っているはずだ。

    「大丈夫だよ。ぼくたちが絶対に助けるからね」

     秒針の音が響く。震えが止まらない。
     できることなら救いたい。代われるものなら代わりたい。

     私たちは両側からミツルの手を握りしめた。

     秒針の音が響く。

     窓の外が闇に閉ざされ、月と星が通り過ぎ、やがて時を告げる鐘の音が響いた。

     私とネジキは祈るように、ミツルの顔を覗き込んだ。

     その瞬間、ミツルは目を開け……


     ~①~

     立ち上がろうとして、一瞬で土砂のように崩れ落ちた。

    「あ……あ……ミツル……!」

     悲鳴を上げかけた私を、ネジキが手で制した。

    「おはようミツル。まだ体がつらそうだね。ぼくが治してあげる。マーレインやマーマネなんかより、ぼくのほうがミツルのこといっぱい知ってるんだから」

     ネジキはミツルだったものをかき集め、懐に抱いた。幸せそうな笑顔に、心底ぞっとした。

    「ミツルは……ミツルはこんなことを望むだろうか」
    「どんな姿になっても構わないよ。これはミツル。誰が何と言おうとミツル」

     ネジキはミツルを抱いたまま、地下へ駆け下りていった。ほどなくして、何かのマシンを起動させる音が暗く響いた。

     こんなことをしてはいけなかった。私たちはバトルヴィラへ来てはいけなかった。病院で看取ってあげれば良かったのだ。

     もう、取り返しがつかない。

     やがてネジキは連れてくるだろう。無惨に繕われた遺体を、誇らしげに。


     -Finー



     ~②~

     不思議そうに私たちを見た。

    「おはようございます。まだ夜ですけど……」

     元通りの声だ。胸の傷も綺麗になくなっている。顔色もすっかり良くなった。

     おはよう、と言おうとして、声が詰まった。嗚咽が込み上げ、涙がぼろぼろ溢れてくる。

    「ギーマさん? どうしたんですか……わっ」

     ネジキがミツルに抱きつき、声を上げて泣いた。
     ミツルは困惑しながらも、私たちをかわるがわる見て、気遣うように言った。

    「ごめんなさい。僕、ここで寝ちゃったみたいで……昨日のこと、よく覚えていないんです。何かあったんですか」

     答えようとしたが、泣くことしかできない。無様だとわかっていても止められなかった。

     ミツルはネジキを抱きしめてから、私の手を握った。ふんわりと、暖かさが全身に伝わる。

    「悲しいことがあったんですね。僕が力になりますから、もう泣かないでください」

     悲しいことはない。もう何もない。私は何度もうなずき、ありがとう、と言葉を絞り出した。


     ひとしきり泣いた後、お茶会の続きをしよう、とネジキが言った。

    「こんな夜中にお茶会ですか」
    「そうそう。たまには気分を変えないとねー」
    「ミツルも疲れただろう。ゆっくり休むといい」

     私は椅子を引き、ミツルを座らせた。ミツルはまだ心配そうな顔をしている。

    「ほら、ギーマが泣くからだよ。みっともない」
    「きみに言われたくないが……すまなかった」
    「大丈夫だよー。ギーマはドアに小指ぶつけただけだからね」

     私たちの言い合いを見て、ミツルはようやく笑った。

     ゆっくり食べてね、とネジキが言った。私とミツルはバネブーパンを手に取り、二つに割った。とろりと中身が溶け出し、ミツルは慌ててかぶりつく。

    「このパン、やっぱり大好きです!」

     ミツルは嬉しそうに食べ、相棒のエルレイドにも分け与えた。
     私とネジキは目を合わせ、心から大きく息をついた。

     きっと当たり前のように、これまでと変わらない日常が帰ってくるのだろう。
     それでも忘れない。今この瞬間に、奇跡が起きたことを。


     -Finー
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