虹顔市連続結婚詐欺事件における参考人取り調べの調書②ユカ スナック店勤務 36歳
ジョウイチ、捕まったんだ。ええ、覚えてますよ。そりゃあ。ママとかお客さんからもお似合いだってあんなに言われてたの、あたし。
あたしが働いてるスナックの常連だったの。彼。毎週金曜日の夜、21時くらいにふらっと来て、何杯か飲んで、店の人たちとどんどん打ち解けてて、気付いたら常連になっていたの。いつから来たのかとか、そんなの覚えてないわ。急に…こう、タバコの煙みたいにふわふわ〜ってどこからか現れて、匂いが残るみたいに忘れられなかったから、みんなジョウイチが来るとなんだか嬉しがってたの。お客さんはおじさんがほとんどだったんだけど、なんだか可愛がられてて。もちろんママは若い男の子にメロメロでこっそりサービスもしてたわね。
確か、年齢があたしよりちょっと下だったけな。あ〜、そうそう。XX年生まれ、それは本当だったのね。年下とはいえ年齢も近かったし、わたしはママとか他のお客さんより打ち解けるスピードが早かったの。
でも実年齢より若く見えるタイプだから、年相応に見せようとしてるようには見えたわ。結構童顔だったし。今の顔?別に見なくてもいいわ。色々思い出しちゃうもん。
…ええと、そう、だから身に付けてるモノもいいとこのばっかりだった。腕時計とか、タイピンとか、ウチに来てくれる客層とは全然違ってたの。そんなにブランドに詳しいわけじゃないけど、それでも見栄えが良くって。ジョウイチによく似合ってたわ。
それで、常連になってからしばらくして、偶々街で会ったの。その日は休みだったから、そのままカフェでお茶して、彼からせっかくだからって連絡先まで交換して。
なぜだかママには言わなかった。でも、2人だけの秘密って感じだったから、金曜がどんどん特別なものになっていったの。
それで、彼が店に来る日以外にもデートするようになって、段々身の上話なんてするようになっちゃって。今考えたらただのスナックの従業員と客なのに、小さい秘密の共有が特別なものに感じて、とてもドラマチックなことをしてる気分だったわ。彼、甘い言葉をなんの恥ずかしげもなく使うから、余計そう感じたの。
あたしは両親は遠い田舎に住んでいて、ほぼ勘当みたいな形で家を出てるから、ママしか頼れる人がいないこととか、それでもママと2人で宝物みたいな小さなスナックを営めて毎日幸せだったとか。そんな…まあ、ありきたりな話だけど。
で、段々会う頻度も増えて、言葉はないけどお互いになんとなくこれからのことを考えるようになっていったの。それで、当時あたしが住んでた小さい安いアパートに彼の荷物も増えるようになった頃、彼も自分の話をしてきて。
確か…えーと、そうそう。自分は北海道の生まれで、道東の端っこに老いた大叔父と2人で住んでいたって。
それで、その大叔父は大手保険会社の元役員で、2人で暮らすには十分すぎるくらいの大きな家と有り余る資産があるとか。写真も見せてくれて、確かにお城みたいな大きなお家が写ってたわね。嘘みたいな話でしょ?ってか、嘘だったんだけど。
でも、あたしもバカよね。あっさり信じゃったの。
だって、さっき言ったみたいに彼の身なりってとってもしっかりしてて、こんな下町地区の端っこにある古いスナックに来る雰囲気じゃなかったの。でも、なんだかんだしっかりお金も落としてくれるし、実家が金持ちって言われても納得できたっていうか。
普段の仕事何してたかって?あんまり考えてなかったけど、普段の羽振りからしてちゃんと勤めはあると思ってたわ。ウチは企業地区からもそんなに遠くないから、高塔か…その子会社辺りに勤めてるのかなってぼんやり思ってたわね。
で、その大叔父の影響で自分もその筋に詳しいっていうから、色々話を聞いてみたの。将来のことも心配だし、何か備えがあればいいかなって。
そしたら大叔父ルートで、資産運用のツテがあって…って言われて。なんだか怪しいなって思わなかったのって?もちろんちょっとは思ったけど、さっきも言ったけど小さな秘密の共有に酔ってたから、そんなに深く気にしてなかったわね。
で、その資産運用がどうやら身内にしか流せないって言われて…「君にも是非話を聞いてもらいたい。いつか君には楽をしてもらいたいんだ」って言うの。もうその頃には彼が指輪のカタログを持って来てくれたりしてて、これからのことしか考えられなかったわ。それで、彼に言われるがままお金を渡して、そしたら最初はすぐに利益を出してくれて。でもそれってやっぱり今考えると典型的な詐欺の手口よね。
そこからあっさり信じゃって。ママにも、2人のことをこっそり話して、幾らかお金を借りて本格的な出資金として振り込んだの。あたしたちの将来のためにね。
それから彼からの連絡が減って、投資の事を聞いても段々はぐらかされるようになっちゃって。
で、ある日ついに携帯が繋がらなくなっちゃったの。それで彼の部屋に行ったらもぬけの殻。近隣の人に聞いたら、あたしがお金を振り込んだくらいのタイミングで引っ越したんだって。笑っちゃうよね。
ママもジョウイチのことをまだ忘れてないの。でも、何故だかあんなに被害を受けたのにまだ彼のことを思い出してはうっとりしてて、とてもじゃないけどお金が戻ってこないことなんて話せなくて。だから、別にもういい。ママのことをこれ以上悲しませたくないの。
…ここ、暑くない?。いい加減ちょっとは涼しくなってもいい頃なのにね。
はあ、もういいかしら。喋りすぎて喉が乾いちゃった。