心臓に糸がもつれて『こい』と呼ぶ 「恋に溺れる」という言葉がある。大抵は自分を見失うほど好きになるという意味で使われるが、そこまで夢中になれるのならば幸せなのではないかと、私はそう思ってしまう。別に、そこまで軽い気持ちのつもりはないし、まして親愛なんてそんな生易しいものでもない。けれど恋に溺れているかと言われればそうでもない。いっそ溺れてしまいたいけれど、残酷なことに彼はそれを許してはくれなかった。別の人に楽しそうに笑う好きな人を見れば否が応でも冷静になるでしょう? そんな光景を背に兎よろしくその場から逃げようとした。もっとも、それも本人に止められてしまったのだが。
「何してんの?」
いつの間にか背後にいる夏目くんに思わず零れるハート。きっと彼は私の姿が見えたから声をかけてくれたのだろう。けれど単純な私はそれだけでも嬉しくて。そうやってまた溺れさせようとしてくるのだから、なんて優しくて、やっぱり残酷。だから後夜祭の最初のダンスのお願いだってきっと彼の優しさに付け込んだだけ。
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