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    やましろ

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    👻🐦 時計を贈るはなし
    ※ちょっとオカルト

    ##マツハヤ
    #マツハヤ
    pineNeedle

    時計マツバがハヤトに贈った腕時計はシンプルなものだった。ベルトは水色に染められた柔らかい革で、白い文字盤に茶色の数字がぐるりと並ぶ。そのデザインはハヤトの白い手首によく映えた。
    「空を飛んでるときに、ポケギア出すわけにはいかないでしょ? 迷ったけど、気に入ってくれて良かった」
    ベルトを腕に巻いたハヤトにマツバはにこにことしていた。時間はポケギアを見ればわかる。しかし空の上で物を落としたら大事故に繋がりかねない。そんな事情を考えたマツバの贈り物だった。ハヤトはふわふわとした心持ちで、文字盤を覆う透明なガラスをそっと撫でた。

    ハヤトはそれから毎日のように腕時計を身につけた。あれば便利なもので、ジムの勤めの合間に手首に視線を落とすことが増えた。ジムにも大きな壁がけ時計はあったが、壁に視線をはわすよりずっと楽だ。
    マツバと会う時も当たり前に腕時計は手首に巻かれていた。マツバは「きみに似合って良かった」と微笑んだきり、特に何も言うことはなかったが。

    「これから少し修行に出るよ」
    ある日、マツバはそう告げた。しばらくジムも休みをもらうのだという。山にこもっている間は連絡が取れない。ハヤトはなんでもないような顔で、元気でやれよと送り出した。心配だと喚く姿は見せるべきじゃない。
    翌日、ハヤトがいつものように腕時計を手首に巻くと違和感があった。秒針がその場で震え、五秒に一度くらいしか進んでいない。それに、だいぶ時間もずれてる。電池切れだろうか?でも、使い始めてからそんなに経っていないのに……。
    ハヤトはため息を吐いて引き出しに時計を仕舞った。次の休みにでも電池を交換してこよう。

    修行から戻った知らせに、エンジュまで飛んで行った。
    お土産に買い求めた羊羹を食べながら色々と話をした。一ヶ月分の他愛のない話はいくら時間があっても足りない。
    「ハヤトくん、今日は時計してないの?」
    日が暮れる前の帰り際、マツバにおずおず指摘されてらばつの悪い気持ちになる。
    「電池が切れたみたいで…秒針が進まないんだ。ごめん、はやく修理に出すつもりだったんだけど」
    「そうなんだ。この前買ったばかりなんだけどな」
    マツバはどこかほっとした表情を浮かべた。軽い左手首がうらめしい。バタバタとしていて、今日まで来てしまった。なんでもっと早く時計屋に行かなかったんだろう。
    帰宅したハヤトが引き出しを開けて、思わずあれっと声を上げた。
    時計は寸分の狂いなく時を刻んでいる。家の壁掛け時計と見比べる。全く同じ六時半を指していた。

    それからというもの、マツバが家を空けると決まって時計が狂うようになった。そして、帰ってくると正確に時を刻み始める。ハヤトは、流石にその連動性に得体の知れないものを感じ始めていた。
    「きみ、この時計どこで買ってくれたの?」
    「コガネのデパートだよ。どうかした?」
    「普通のお店だった?」
    何かこう、オカルト系のではなく。ハヤトの潜ませた疑問に気づく様子もなく、マツバはうーんと思い出すような仕草で答えた。
    「普通といえば、普通の売り場だと思うけど……。僕が帰った後でよければ、行ってみようか? それに、デパートから少し離れたところに美味しい喫茶店を見つけたんだ」
    「そうだな。楽しみにしてる」
    次回の約束をして別れた。ハヤトは狂った時計を引き出しに仕舞った。
    マツバが帰るのは、また一月後らしい。それまで時計は使い物にならないだろう。

    いつもと変わらない出立ちのマツバが微笑んだ。紫色のヘアバンド、夏でも手放さないマフラー。
    ハヤトが用意した麦茶に口もつけず、にこにことするばかりだ。
    修行はどうだった、と問いかけたハヤトの声は自分自身には聞こえない。しかしそういうものだと、何故かハヤトはわかっていた。ぼこぼこと水底から湧き上がっては弾ける泡のように、浴びせた質問は次々と消えていく。
    マツバがハヤトの両手首を握り、祈るように額に押し付ける。ハヤトの手首はされるがままで、文字盤が照明を反射してきらり光った。あれ、おれ、時計なんかしてたっけ。
    「ハヤトくん、腕時計、これからも大切にしてね」
    はっ、と目が覚めた。これが目覚めだとわかる覚醒だった。
    向かい合っていたはずのマツバがいない。咄嗟に壁時計を見ると、夕方の五時を指している。誰もいない家の、誰もいない部屋だ。警告音のように心臓の音ばかりが頭に響く。
    ハヤトは自分の左手首を見た。いつのまにか止まった時計が巻きついている。跳ねるように立ち上がって、ポケギアを起動させた。
    「もしもし、エンジュジムですか。あの、マツバの安否ってわかりますか?」


    「本当に心配かけてごめんね。まさか下山中に滑落するとは思わなくて」
    後日、コガネシティの喫茶店でマツバとハヤトは向かい合っていた。ハヤトの前には豪華なプリンアラモードが鎮座しているが、マツバの前には小さめのコーヒーカップだけだ。
    「……そんなのんびりと。お前なあ」
    「ハヤトくんでしょ、エンジュに連絡くれたの。すぐにレスキューが動いてくれたから、助かったよ」
    「今度から限界を見定める修行もするんだな」
    マツバは山籠りの帰り道で遭難しかけていたのだった。その割にはケロリとしているが、もう性分なのだから修行を控える忠告などは無駄だ。せめていつも無事で帰ってくるように言い聞かせるしかない。
    せめてものお礼だと、件のコガネシティの喫茶店でご馳走になっている。数量限定だというプリンアラモードは、果物とホイップクリームで豪華に飾り付けられて美味しいが、数を絞るほどの味かは微妙だと思った。
    「……今日は腕時計してくれてるんだ」
    「いつもしてる」
    「へえ」
    「便利だから!」
    マツバが花が綻ぶような笑顔をうかべるものだから、目を逸らす。
    スプーンで掬ったプリンを突き出す。一人じめするものじゃない豪華さだ。
    「食べ切れない。少し手伝え」
    それに食らいつくマツバの顔も、やっぱり見ることは出来ないが。
    穏やかに過ごす二人の時間を、ハヤトの腕時計がかちかちと刻んでいる。
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