かわいい合戦 あんずさんの前で軽率な行動はしない方がいい。思わぬ方向に話が進んでいくから。
「……ジュンくん、あんまり目かかない方がいいよ?」
「ん?……あぁ、無意識でした」
すんません、と言えば、謝ることじゃないけど……と心配そうな顔。そんな顔させたくはないけど、ちょっとだけうれしい。あんずさんがオレのこと考えてくれるのは、いつだってくすぐったくて、それでいてうれしい。
そんなことを考えていたから、バチが当たったのかもしれなかった。
「はいこれ」
「? なんすかこれ」
「髪止めるピンだよ?」
「いや、それは分かりますけど」
目の前に差し出された、かわいらしいキャラクターのついた細長いそれ。きれいな青色に塗られたそれは、目の前のあんずさんの髪の毛にも現在進行形でついている。いつもは隠されたおでこが見えていて、ちょっと幼く見えてかわいい。……けど、そうじゃなくて。
「前髪、下ろしてるから目に入ってかゆいのかなって。家にいる時だけでも上げてみたら? 顔洗う時、濡れちゃってることもあるし。それあげるよ」
かわいいでしょ、って笑うあんたがかわいい。という本音はとりあえず飲み込んで、あんずさんの言葉について考えてみる。たしかに言う通りなところはある、けど、さすがにこれはなぁ、と思う。だってさすがに、オレにはかわいすぎる。
「……ありがたいですけど、ちょっと……かわいすぎません?」
「……んー、そうかな。まぁたしかにかわいいはかわいいけど……ジュンくん似合うと思うよ?」
にっこり笑うその笑顔はどういう意味だ。もしかしなくても、オレがかわいいって話?
あんずさんって、時々──いや、結構な頻度でオレのことを『かわいい』って言うけど……それがあんずさんにとってオレへの好意的な言葉だってことも分かってるけど、それでもちょっとフクザツだ。だって、オレとしてはやっぱり、あんずさんにはオレのこと、格好良く思っていて欲しいし。
「つけてあげる。……ほら、やっぱりかわ……んん、似合ってるよ」
「あんた今かわいいって言いかけましたよね。言い直しても分かりますよ」
「ん、ふふ」
笑ったって誤魔化されないですよぉ、と言っても、にこにこ笑うだけ。ぷっくり上がってふくらんだ頬をつまんでやれば、いひゃいよ、と抗議の声を上げながらそれでもなんだか楽しそうで、はぁ、と軽くため息が出た。別に嫌ってわけじゃねぇけど、『かわいい』はやっぱりうれしくないし、視界がクリアなのもなんだか落ち着かない。
「似合ってるよ、すっごく。ライブのアンコールとかで前髪あげるのも人気出そうだね、ジュンくん」
「んん……落ち着かねぇっすけど……そうっすかねぇ〜……?」
「うん」
それに私とおそろいだよ、なんて。ちょっとだけトーンを落とした声で内緒話みたいに言われれば、黙るしかない。ふふふ、と相変わらず楽しげに笑うあんずさんにしてやられた感はちょっとくやしいけど、まぁかわいいしもうなんでもいいか。
「んふ、ジュンくんちょっとおでこ赤い。かわいい……って、」
「……あんたも赤くなってますよぉ、人のこと言えないっすね」
不意をついて無防備なおでこに吸いつけば、じわじわと顔を赤くするあんずさんがかわいい。自分のおでこを押さえて、仕返しって感じでオレのおでこにキスしてくるのもかわいい。それ、オレにとってはうれしいだけなんですけどねぇ。やっぱり、誰がなんと言おうとかわいいのはあんずさんですよ、絶対。