キャラメルレポート『二人ならお得な日』という文句につられ、休日デートのラストは映画館になった。
さらにペアデーを盛り上げようという趣向か、売店の横にあるスタンドポップやポスターが目に飛び込んでくる。
【本日限定企画! カップルさまにはポップコーンサービス。カウンターでチケットと共にお気軽にお声がけを】
まさに今、見ていたポップの前をポップコーンを持ってスクリーンへ向かった学生カップルが通り過ぎていく。彼彼女らは、どんな顔でこのサービスを受けたのだろう。初々しく恥じらってか、照れくさそうに笑い合ってか……シンとルナマリアだったら、どちらが、何と申告するだろうか?ほほえましい光景を想像しながら売店に並ぶ間、すっかり他人事だった。
順番が来て二人分のドリンクを注文した後、
「すみません、こちらのポップコーンもお願いします」
隣にいる男が、貼ってあるポスターを指さしてスタッフにそう告げるまでは。
「お、おい!」
「? なにか問題が?」
「そうじゃなくて、」
きょとんとした顔が二つ、慌てた声を上げたこちらへ向けられる。二つの内の片方―――カウンターの向こうにいる若い女性スタッフは、数秒の間にアルバートと自分へ交互に視線を向けた後、ぱっと顔を赤らめている。
「? 我々は恋人同士でしょう? まさか同性同士でサービス適用外というわけではありませんよね?」
最後の言葉は、その彼女に向けてのものだ。
「も、もちろんですっ。カップルさま同士なら年齢性別問わずどなたでも…!」
女性スタッフは熱心な視線でもって、アルバートの確認を請け負った。お見事。社員教育の賜だ。
「よかった。ではよろしくお願いします」
微笑を浮かべる眉目秀麗の男と、真っ赤になって固まっている平凡な男が周囲にはどう映ったのか、考えたくはない。キャアッ…と聞こえたか細く黄色い声は、ドリンクサーバーにいる女性スタッフか?
はやくこの場から離れて、劇場内に入りたい……悲鳴を上げたいのはこっちの方なのだが!
パートナーが俯いて一言も発せずにいる数分の間にアルバートは支払いを済ませ、涼しい顔で「どうぞ」とレモネードを渡された。ポップコーンを受け取る彼のカップの中身は、氷なしのアイスティーだろう。
「ごゆっくりお楽しみ下さい」
とこちらを見守るような彼女たちの熱視線から逃れるようにそそくさとカウンターを離れた。それとほぼ同時に、アナウンスが聞こえてくる。
『三番スクリーンにて◯時◯分より上映します、
〈✕✕✕✕✕〉をご覧になるお客様。
只今より入場を開始致します。チケットをお持ちの上……――――』
「入れますね、行きましょうか」
「………」
公に、関係を吹聴する趣味はない。
隣にいるだけで恵まれている。大切な人達にだけわかってもらえればいい……その主義は変わらないと思う。けっして、お前が恋人であることを公言するのが、嫌なのではないのだと……どうやって伝えよう。
「アーノルド、キャラメル味です。甘いものは平気ですよね」
こちらの気持ちを知ってか知らずか。
確信犯か何も考えていないのか。
男はいつも通り、正午の陽光のような髪を揺らして無邪気にこちらを翻弄する。
予感があったのだ。
見知らぬ誰かにも「この暴力的な輝きを持つ男が自分のもので、自分はこの男のものなのだ」と認知され祝福されるこのむずかゆい高揚感は、癖になってしまいそうで危険だと。
三番スクリーンはそこそこの客入りだった。自分たちのように二人連れも多い。もちろん並んで取った指定席に座ったところで場内が少しずつ暗くなる。
完全に手元が見えなくなる前に、二人の間に置かれたポップコーンに手を伸ばして一粒口に放り込んだ。薄いキャラメルの表面を奥歯で噛み砕いて、舌の上に転がす。
「――― 甘すぎる」
隣にだけ聞こえる声でぼやくと、端末の電源をオフにしていた横顔がこちらを向いた。こちらのへの字の口と真逆で、ゆるく釣り上がり笑みを描く口元。そこからくくっと喉を鳴らす音が、鼓膜を逆撫でする。これから大画面に映し出されるスタァ男優より、断然惹きつけられる彫像のような美貌が自分にだけ注がれる。
―――まさか、まだ自分の顔は赤いのだろうか。暗闇でもわかる程に?
小憎たらしくて、アルバートが一口啜ったアイスティーを奪い取った。
銀幕で、物語がはじまる。
・・・・・・
ハイノイの二人には『オデッセイ』を観て欲しいと前に呟きました。知的好奇心を満たされ、火星の孤独なサヴァイブに手に汗握り、音楽に笑い、そして観終わった後二人で「芋育てるか…」となってほしい。