きたいこい水心子くんの夢の話夢を見ている。
そんなことはすぐにわかった。
暖かい前世の記憶の中に自分はいる。
これは……確か、万屋の隅にある甘味屋までの道のり。
任務がない日に、そこで清麿と共にお茶をしてのんびり過ごすのがあの時は何よりも楽しみだった。
横を見れば、そこには懐かしい衣装に身を包む親友だった彼の姿。
いつもの柔らかい口調で、穏やかに微笑んで彼は言葉を紡ぐ。
「今月は期間限定が苺の味なんだって。何にしようか迷ってしまうね」
それに対して、己は過去の己にもなれず、幼い学生服でこの場に存在している。
それがまた、過去には戻れず、現実からは逃れられないのだと思い知らされているようで苦しくなった。
「水心子はもう何にするか決めた?」
思い出の中の親友を見ずに、口を開く。
「清麿、私は本当に君の幸せを願っていたんだ」
会話は噛み合わないまま進む。
「苺といえば、桑名江が今度畑に果物も植えてみようと言っていたよ」
噛み合わない。
「私は、清麿の幸せを願って、さよならできたのに」
「水心子は、果物なら何を育てたい?」
「本当だよ、清麿。私はずっと君の幸せを願っていた」
「僕は西瓜かな、夏に食べたのが美味しくて」
「ねぇ、清麿は幸せだった? この人生」
「そう、塩つけて食べたやつだよ。でも、水心子と食べるなら何でも美味しいかも」
「私は……幸せ、だったのかなぁ」
「あぁ、葡萄もいいね。日光一文字も来たことだし」
「幸せ……、だったのに」
足が止まってしまう。
これ以上、優しい記憶の中にいるのが苦しかった。
そうしているうちに、いつしか優しい親友の声すら聞こえなくなってしまって。
1人きりの声が響く。
「どうしてかなぁ」
「いつからだろう」
「僕は……」
それ以上言葉が出ない。
夢の中ですら、安らげず、言葉すら紡げない自分にいっそ笑いが出てくる。
笑うことしかできない。
泣くこともできないんだから。
どれくらい笑っていただろう。滲んだ涙を拭って、ふ、と横に視線をやる。
その瞬間、呼吸がうまくできなくなるのを感じた。
世界が、いつのまにか、あの日の、全てが壊れた日の夜、あの場所に。
「は、ぁっ、あ」
呼吸が苦しい。
血の匂いが鼻につく。
これは誰の血だ?
僕の血だ。
くらくらする。
痛い、苦しい、ふりあげられた拳、ちかちかする世界、ぐるぐる回る。
「嫌だっっ! やめろ、死にたくない……!」
「怖い、助けて、助けてっ」
「清麿!!」
自分の口から出た名に驚いて、それ以上何も言えなくなってしまった。
あぁ、自分はこうしてまた、彼に甘えているんだ。
彼のことを巻き込むと決めたのは自分だ。
許されると思っているのか? まさか。でも、清麿なら、もしかして、きっと。
そんな希望を抱いてしまう己の浅ましさが嫌になって、耳を塞ぐ。
全てが夢になってしまえばいい。
そうやって、何もかもを閉ざす。
そうすればいつの間にか時がたち、少し楽になるから。
何も聞こえない。何も見ない。何も感じない。
それなのに。
『……いしんし、』
『水心子正秀』
『目を覚まして』
『ここだよ』
暖かい声が聞こえた。
ここだと言うから、だから、その声を探して目を開けた。
探していた顔が、目の前にあった。
途端に息がしやすくなって、血の匂いすら感じなくなった。
……どうして彼がここにいるんだろう。
「……あれ、清麿」
自分の声が、泣きそうに聞こえたから、慌てて誤魔化すように言葉を連ねる。
「どうしたの?」
違う。
本当はこんなこと言いたいんじゃない。
清麿、私は君の幸せをずっと願っていたんだ。本当なんだ、それなのに。
いつの間に、君の幸せを心から願えなくなったんだろう。
夢ですら言えない言葉だ。現実でなんか言えるはずがない。
それでも、後悔と懺悔と共に願ってしまう。
君が不幸になったとしても、僕は。
君が、そばにいてほしい。