忠と暦が墓参りする話そんなに堅苦しくなくていい、そう暦に言った本人は、真夏の太陽が照りつける中でも相変わらずのスーツ姿だった。いつもと違うところといえば、それが礼服であることと、そのネクタイが真っ黒なことだろうか。
暦が父から借りたスーツは、肩幅は少し大きく、丈は少し短かった。墓前で膝をついて手を合わせる忠の背中はいまにもとけていなくなってしまいそうで、まだ目の前にいる、ということを照り返すような日差しの中で再確認する。忠の父親が眠る墓。暦にとっては全くの他人だが、そう言い切ってしまうのも何かが違うような気がした。見よう見まねで墓前に手を合わせると、なんとなく世界に暦と忠だけになってしまったような錯覚に陥った。
「……すまない、付き合わせてしまって」
「いや、別に」
別に、に続く言葉が、暦にはわからない。だが立ち上がり暦に向き直った忠は満足そうに微笑んだ。忠の額から一筋汗が流れ落ちて、顎を伝う。忠は生きていて、暦の目の前にいる。当たり前のことなのに、何故かじわりと墓石が滲んで見えた。
「行こうか」
「…………ん」
泣いているところを見られたくなくて、歩き出した忠のほんのすこし後ろを、俯きがちについていく。噛み締めた唇、まとわりつくような熱気、蝉の声。
「君が一緒に来てくれて助かった」
前を向いたまま、こぼれ落ちるように、忠はつぶやいた。
「私は、とても親不孝な息子だから」
蝉の声にかき消されそうな、小さな声。
「そんなことねえよ」
咄嗟に掴んだ忠の手は、少し汗ばんでいた。驚いたように忠が振り返る。暦が骨張った指先を握りしめると、微かに握り返された。
「そんなこと、ない」
「…………そうかな」
「そうだよ」
「そうか」
ふ、と忠の口元が綻んだ。一瞬、蝉の声が、遠くなる。
「……ありがとう」
忠は再び、暦に背を向けて歩き出した。掴んだ手も振りほどかれ、暦もまた忠の少し後ろをついていく。
真夏の太陽のような余韻が、暦に手のひらにいつまでも残っていた。