愛之介と忠が墓参りをする話恐ろしかった。
それが正しい感情なのか、忠にはわからない。だが愛之介が愛一郎の墓標に花を手向けるさまは息を呑むほど美しく、そして身体中の血液が冷えていくような心地を覚えた。かつて何もできなかった自分、そして歪んでしまった愛之介。せめて隣にいることで罪滅ぼしになればと思うのは、忠の自己満足にすぎない。
「なんだ、何を見ている」
「……いえ」
「犬のくせに、行儀良く待てもできないのか」
「申し訳、ありません」
墓標の前で膝をつき、手を合わせている愛之介が何を思っているのか、その表情から読み取ることはできない。
だが生前の愛一郎と愛之介との確執を知る忠にとって、その感情が一枚岩ではないことくらい、容易に想像がついた。
忠の頬に風が触れる。墓前に手向けられた花が、艶やかに揺れている。
立ち上がったあとも、愛之介はしばらく墓標を見つめていた。
帰りの車内で、愛之介はいつにも増して不機嫌だった。
叔母たちを嘲り、誹り、忠が回答に困ることを知っていて同意を求める。忠にとって愛之介に同意することは一応の雇用先への冒涜であり、同意しないことは主人への裏切りであった。忠が黙っていると案の定愛之介は鼻を鳴らし、「くだらん犬だ」と忠をなじった。
「いなくなればいいと思っていたが、いなくなっても面倒なものだな」
愛之介が窓の外を見やりながら、大きく息をついた。
「忠、僕はちゃんと死んだ父の遺志を継ぎ、健気に政界に挑む二世議員に見えているか?」
バックミラー越しに、愛之介が忠を見つめていた。愛之介の釣り上がった口角から覗く白い歯と、真紅の瞳。
「……まあ、犬には関係のない話か」
忠には、愛之介の傷に触れることすら赦されない。忠にできることはただ忠誠を誓うことで、もう二度と裏切らないようにそばにいるだけだ。
「申し訳ありません」
その日幾度目かの謝罪の言葉を口にしながら、その後に続く言葉を飲み込んだ。
愛之介に赦しを乞うことも、自分を殺すことも、それは贖罪にはならないのだから。