新しいレジェンドが参戦したらしい。
ミラージュのバーで飲んでいると聞いたから、どんな奴かと思って挨拶がてらビールを乾杯しに行った。
カウンターで、右隣に女が座り、挨拶を交わした。
「なまえです。よろしくお願いします。」
「おう、知ってるかもしれないが、俺はオクタン。よろしくな!新入り!」
「俺はミラージュ。よろしくな。新入り。おいオクタン、この子はお前と違って静かそうな子だから、飲み比べなんてして潰してやるなよ?その時は俺が止めるからな?だから新入りちゃんはいつでも俺に助けを求めてくれ。」
新入りは静かな女で、本当にこんなヤツが戦えるのか?と思った。緊張しているのか、挨拶も会話もぎこちない様子だった。ミラージュがうまく根掘り葉掘り聞いていたが、どうにも退屈で既にここを離れたい気持ちになっていた。だが、どうしても気になることがあった。
そいつの顔はどこかで見たことのある顔で、話に適当に相槌を打ちながらアルコールの入った頭で「いつかのパーティーで話しかけてきたファンの女だったか」とか「街で逆ナンしてきた女だったから」とか必死に思い出そうとした。でもこの静かそうな女が、俺様のファンだと言って積極的に話しかけてくる奴には見えなかった。
「なあ、お前の話をぶった切って悪いんだが、俺とお前はどこかで会ったことがあるような気がするんだ。どこかで一緒に写真を撮ったりしたか?」
「恐れ多くて、そんなことしたことないです。」
「じゃあ、どこかの星でサインをねだってきた俺のファンか?」
「オクタンさんのファンに違いはないです。」
「……勿体ぶってんじゃねえよ!めんどくせえ。俺とお前は絶対にどこかで会ったことがあるはずだ。教えてくれよ!」
そう言って、ビール瓶を片手に持ったところで、なまえの左手が目に入った。腕は服に覆われていて見えなかったが、手の甲には過去に起きたであろう火傷の痕が全体に残っていた。
俺はこの女とどこで会ったことがあるのかを思い出した。
昔の話だ。
俺がガキの頃、親父が雇っていたメイドの中に1人だけ覚えている奴がいた。
大抵のメイドは、俺がやりたいことをやっている時「勉強をしなさい」だとか「走り回っちゃいけません」だとか、口うるさく言うんだ。みんな親父に気に入られようと必死だったから、俺のことを教育しようとしていた。だから俺はメイド達が嫌いだった。でも、俺の覚えているそのメイドだけは、俺のやっていることを邪魔したことはなかった。
エンジンの代わりに火薬を詰んで、爆発させたら空も飛べるんじゃないか、とか、俺はどうしたら派手にできるかをたくさん考えていた。みんなは「そんなことできるはずがない」だとか、「危ない」と言ったが、そいつは「是非いつか見せてくださいね」と言った。俺に気に入られるためにそう言ったのかもしれないが、俺は話を聞いてくれるメイドに初めて会ったから調子に乗って色んな"オクタンの計画"を話してやった。
俺の飼っていたウサギが死んだ時、俺は周りの友達に「ロケットに乗って行って粉々になっちまった」なんて言ったんだ。死んでしまったことを認めたくなったのもあるかもしれない。みんな「そんなわけないだろ」と言った。シェは何も言わなかった。そのメイドにも同じことを話したら、「もしウサギがプサマテへ帰ることができたら、帰って来られるように目印を作ってあげましょう」なんて言って、目印という名の墓を作ってくれたんだ。ペットが死ぬなんて出来事は何度か経験したし、その度に死んだってことを認めたくなくて適当なことを言ってきたが、俺の言っていることを信じてくれたのはコイツだけだった。俺は墓を作ってくれた後、一人でウサギを埋めた。
そのメイドは俺のことを「オクタビオぼっちゃま」と呼んでいた。長くてまどろっこしいからやめてくれ、と言ったら「オクタビオさま」と呼ぶようになった。オクタンって呼んでくれ、と言ったら「オクタン様ではなく、オクタビオ様のメイドですので」と言った。俺はそれだけは気に食わなかった。
つまらない家庭教師の授業の中で、炎の色が燃やしたものによって色が変わることを知った。花火というやつもそうらしい。その話を聞いた俺は、どうしても炎が緑色に光るのが見たくて、自分で作ろうとした。爆薬を並べて、火をつけたら目の前で緑色が弾け出したんだ。あれは最高に綺麗だった。でも、俺が見たのはそのメイドの腕の中だった。メイドが咄嗟に俺を爆発から引き離したんだ。
部屋中が吹っ飛ぶような爆発じゃあなかったが、机が少し焦げついてしまった。おかげで俺は危ない目に遭わずに爆発を見ることができた。本当は、少し危ない目に遭うかもしれないと思っていた。俺自身がどうなろうと、俺はその緑の光を見たかった。
そのメイドは「怪我はありませんか。」と聞いた。怪我することには慣れていたし、俺は怒っていた。「なんで俺の邪魔をするんだよ。俺はもっと間近で光を見たかった。」と言うと、「死んでしまったら見ることもできなくなります。」と言った。「それで死んだらその時だ。後悔はしないだろ。」というと、「そんなことを簡単に言うものではありません。」と怒られた。こいつが俺に意見するのは初めてだったので、こいつも俺のやることに口を出すのか、と思った矢先、メイドの左腕が真っ赤に焼けだだれているのに気付いた。自分が無茶したことについて、他人が怪我をしたのは初めてだった。それでも、そのメイドは俺の怪我がなかったかどうかを心配していた。
俺は急いで他のメイドを呼んで、手当てをさせた。他のメイドが来るまで、俺は何度も謝った。
メイドの左腕から手の甲にかけて、火傷の痕が残ってしまった。メイドは「説教をします」と言ってから、「知識をつけなさい。満足しないうちに死にたくなければ、どうしたら死なずに済むかを考えてから実行しなさい。その代わりに、オクタビオ様のことはずっと見ています。どうか、絶対に私の前で死なないでください。」と言った。俺は「じゃあ、明日まだ見に来てくれ。今度は上手くやるって約束する。あのキレイな光をお前にも見せてやるよ。」と言った。
次の日、メイドは来なかった。
後で知ったことだが、あのメイドは俺が怪我をするかもしれないことをわかっていて、俺を野放しにしていたことの責任として辞めさせられたらしい。約束の日の次の日、新しいメイドにあのメイドのことを尋ねたら「火傷が酷くてメイドを辞めた」と聞かされた。俺は本当のことを知るまで、約束を破られたと思っていた。新しいメイドは今までのメイドと同じだった。それからのことは退屈すぎて派手なスタントをキめた時のこと以外はあまり覚えていない。
この間わずか0.1秒だ。俺の脳みそはまだ死んじゃいないのに走馬灯のように過去のことを思い出させた。あまりの情報量に手に持っていたビール瓶を机に落としてしまった。
「怪我はないですか?オクタビオ様。」
ガキの頃に何度も聞いたセリフだ。
「おいおい、オクタン!大丈夫か?新入りも「オクタビオ様」だなんて、熱狂的すぎるファンだな?ったく、羨ましいぜ……っておい、オクタン?聞いてるのか?」
「ああ、大丈夫だ。いや、それよりも…、
お前、もしかして昔俺ん家で働いていたあのメイドか?」
「そうです。あの時のメイドです。ずっと、オクタビオ様に言いたいことがありました。
あの時、約束を守れなくて申し訳ありませんでした。」
突然新入りが泣き出したもんだから、ミラージュは慌てちまうし、シェには怒られた。泣いた女の相手は面倒だが、俺が泣かせてしまったことになっているので、新入りが落ち着くまで部屋で介抱してやることになった。
「落ち着いたか?な、急に泣くなよ。俺はあの日あんたが来なかったことに対して怒っちゃいない。それに、辞めさせられたんだから仕方ないだろ?」
「でも、約束した日に行けなかったのは事実です。それについてはずっと謝りたいと思っていました。」
「真面目ちゃんだな…ま、昔からそうだったよな。俺に勉強しろ、じゃなくて知識をつけろなんて言ったのは後にも先にもお前だけだぜ?」
「でも、オクタビオ様はこうして生きているじゃないですか。メイドを辞めさせられた後、ネットであなたの活躍を知ってからはずっと追いかけていました。いつか死んでしまわないかとハラハラしながらら。」
「俺様が死ぬわけないだろ!?だってあんたが死にたくなけりゃそうしろって言ったんだからな。」
「だから、またこうしてオクタビオ様に会えてとても嬉しいです。…大きくなられましたね。」
「足は義足になってるけどな!はは!」