「奏って綺麗な指してるよね」
運ばれてきたばかりのフライドポテトを頬張りながら、瑞希が唐突にそんなことを言い出した。対面に座る奏が「指……?」と呟きながら、自身の両手をまじまじと見つめる。
「急に何言ってんの?」
「だって、本当に綺麗なんだもん。白くてスラッとしててさ。絵名もそう思わない?」
「考えたことすらないわよ、そんなの」
絵名は心の中で「嘘だけど」と付け加えた。
自身の絵に存在価値を与えてくれた奏に対して、絵名は互いの顔も知らない頃から憧れ、尊敬、親愛等、ありとあらゆる好意的な感情を抱いていた。そんな相手と、オフ会という形で直に顔を合わせることができるようになったのだ。奏に向けて多少なりとも熱のこもった視線を送ってしまうのは、至極当然のことである。多分。恐らく。きっと。
そんな絵名の心中に気付いているのかいないのか──恐らく前者だろう──瑞希が「えー? 本当に?」と疑いの目を向けてくる。瑞希の視線を無視しながら、テーブルの中央に置かれた大皿に手を伸ばした絵名は──
「ね、奏。ちょっと触ってみてもいい?」
「いいよ」
──見事にフライドポテトを取り落としてしまった。
ギギギ、と壊れた機械のように二人の方に顔を向けると、ちょうど瑞希の両手が奏の華奢な左手を包み込もうとしているところだった。思わず「なっ」と声にならない声を漏らしてしまう。
「どうしたのさ、絵名」
「べ、別に……。何でもないけど」
「ふーん?」
絵名の反応に気を良くしたのか、悪戯っぽく笑った瑞希は、奏の指に触れていた両手を遠慮なく動かしていく。
「うん、やっぱり奏の指ってすごく綺麗。細くてすべすべしてて、触り心地も最高だよ」
「そうかな」
「そうだよー。普段から手入れとかしてるの?」
「特には……。そういうのはあまり興味がないから」
「それでこんなに綺麗なんて羨ましいなー」
そう言いながら、隣に座る絵名の顔をちらりと盗み見る。予想通り鬼のような形相をしている絵名に、瑞希は心底満足したような笑みを浮かべた。これだから、彼女を揶揄うのはやめられないのだ。
「ね、絵名も触ってみる?」
「えっ!?」
「気持ちいいよ、奏の指」
「き、気持ちいいって。いや、でも……」
予想外の提案に、絵名は目に見えて狼狽えてしまう。
奏に、触れる。自身にとって救世主のような存在である彼女に、触れる。しかも、こんなにも気安い状況で。
頭の中がぐるぐると回転する。絵名が何に対して躊躇しているのか分からず、奏は首を傾げた。
「触りたいなら、別にいいよ」
絵名に向かって、瑞希に包み込まれている方とは逆の手を差し出す奏。
「触り心地がいいかどうかは、自分じゃよく分からないけど」
奏の顔と目の前に差し出された右手を交互に見ながら、絵名は「あ、う、あ」と呻き声を上げる。もはや、隣で笑いを堪えている瑞希に噛み付く余裕すらなくなっていた。
「……じゃあ」
葛藤の末、覚悟を決めた絵名の顔が、スッと真剣なものへと変わる。恐る恐る奏の指に触れようと手を伸ばした、その時──
「お待たせ」
──三人の耳に抑揚のない声が届く。
絵名の隣に立っていたのは、委員会で遅くなると言っていたまふゆだった。
「あんた、タイミング悪すぎ……」
まふゆを睨みつけながら、伸ばした手をゆっくりと引っ込める絵名。絵名が何故怒っているのか分からず、再び首を傾げる奏。状況が掴めず、というより掴む気もなく、そのまま奏の隣に腰掛けるまふゆ。
そんな三人を見ながら、瑞希はとうとう吹き出してしまうのであった。