雨宮太陽考世界は広い、と言ったのは誰だったか。
仮にそれが事実だとしても、少年にとっては白い壁で切り取られた空間だけが「世界」であった。端から端まで10歩ほどで歩けてしまうような「世界」。自分の力ではどうしようもないような理不尽に晒されることこそ外の世界と変わらなかったが、少年に降りかかる理不尽でさえ、他人の悪意などとは無縁だ。清潔が保たれた病室は、病原菌だけでなく他者の介入さえも排除されている。
(僕の周りの人といえば、お父さんとお母さん、それから冬花さんと…)
扉をノックする音が、雨宮の思考を打ち切った。
「…調子はどうだ?」
「イシドさん!」
俗世から離れたこの場所には不釣り合いの赤いスーツの男が雨宮の病室に踏み入れる。成金趣味に思えなくもない服装をしているが、当人の整った顔立ちのせいか、入院患者たちとは違った意味で浮世離れしているようにも見えた。
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