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    kamino_matuei

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    kamino_matuei

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    天←雨になる過程に聖←雨があったらいいなというやつ。途中で飽きたので供養。

    雨宮太陽考世界は広い、と言ったのは誰だったか。
    仮にそれが事実だとしても、少年にとっては白い壁で切り取られた空間だけが「世界」であった。端から端まで10歩ほどで歩けてしまうような「世界」。自分の力ではどうしようもないような理不尽に晒されることこそ外の世界と変わらなかったが、少年に降りかかる理不尽でさえ、他人の悪意などとは無縁だ。清潔が保たれた病室は、病原菌だけでなく他者の介入さえも排除されている。
    (僕の周りの人といえば、お父さんとお母さん、それから冬花さんと…)
    扉をノックする音が、雨宮の思考を打ち切った。
    「…調子はどうだ?」
    「イシドさん!」
    俗世から離れたこの場所には不釣り合いの赤いスーツの男が雨宮の病室に踏み入れる。成金趣味に思えなくもない服装をしているが、当人の整った顔立ちのせいか、入院患者たちとは違った意味で浮世離れしているようにも見えた。
    聖帝と呼ばれる男は、ベットから飛び出して自分の元にかけてくる少年に薄く笑いかける。
    「来てくれたんですね!…今日はちょっと大変な検査があったけど頑張りました!それから、お昼ご飯に苦手な野菜が出たけど食べたし…あとは…」
    「…頑張ったな。」
    無邪気な少年の頭を、大きな手が撫でた。
    雨宮の両親は、彼のことを疎ましく思ったりこそしないものの、必要以上に見舞いに来ることもない。看護師である冬花も雨宮のことを気にかけているのだが、思春期に差し掛かろうとする齢の雨宮は、まだ彼女の叱責をありがたがることができるほど大人ではなかった。
    (僕のことを撫でてくれるのはこの人だけだ。でも…)
    甘えるついでに抱きつこうとすれば、いつも軽く制される。彼は頭を撫でてくれても、雨宮から触れることは絶対に許してはくれない。今日もそれは相変わらずで、伸ばされた手に自分の手を重ねようとしたが、簡単にかわされてしまった。
    「あなたの恋人は嫉妬深いんですね?」
    「…その本、お前にはまだ早いんじゃないか?」
    褐色の指が刺した病室のベットには、学生向けの派手な装丁の国語辞典と、読みかけの本が置かれている。かつて隣の病室に入院していた高年の男性から譲り受けたものだったが、イシドの指摘する通り、中学生になったばかりの雨宮にはやや難解であった。
    「…話をそらさないでくださいよ。」
    「悪かった。」
    「大人って、知らないことはないみたいに話しますよね。」
    少年の周りの大人はいつも少年の知らないことを知っている。父親と母親が時折口論しているこの病院の入院費のことも、少年にはいくらか想像もできない。主治医だって、当然のように少年も知らない少年自身の病状を察してる。冬花でさえ、何かを言い淀むような表情をすることがある。目の前の男もそうであった。まるで雨宮の行先を知っているかのような口ぶりで話す。
    「そんなことはない。俺だって、次いつここに来られるかさえ分からないんだ。それくらいは分かればいいんだが…」
    「…来てくれるだけで嬉しいですから。」
    (1人は寂しいから、なんて言ったら笑われるかな…)
    そんな少年の心情すら見透かすように、男は目を細めた。
    「近いうちに来る、必ずだ。」

    面会時間を終え、病室から出ていくイシドを見送る。彼が病室を訪れる時、外にはいつも黒髪で好青年風の見た目の秘書が待っていた。2人は特に会話することもなく、イシドの少し後ろを秘書の男が黙って着いていく。雨宮はイシドに付き従う彼が歩き出すまでのわずかな間を狙って、彼の袖をそっと引いた。
    「イシドさんの好きな人って、もしかして秘書さん?」
    「なっ…!?」
    雨宮は2人にだけ聞こえるように冗談半分の質問を囁いたのだが、秘書の男の声が思った以上に廊下に響いた為、前を歩いていたイシドも振り返った。
    「何の話をしてるんだ?」
    「いっ、いえ…」
    怪訝そうな顔をするイシドを横目に、秘書の男は少しかがんで雨宮に耳打ちする。
    「そんなわけないでしょう?あんまり大人をからかっちゃ…」
    「じゃあ、秘書さんはイシドさんのことが好きなの?」
    「それは…」
    彼は僅かに目を伏せた。少年も、イシドのことは好きだった。ただ、彼が他の少年のサッカーの才能に惚れ込んで、雨宮の元を訪れなくなったとしても継続する感情だとは思えない。実際、彼の中に雨宮よりも優先されている人間がいると気付いて嫉妬の念が湧いてきた訳である。
    (なんでそれでも側にいられるんだろう?)

    その晩、雨宮は眠れずに窓の外を眺めていた。夜の空では「太陽」は沈んでいる。どれだけ焦がれても届かない光は、いっそ見えない方が気が楽だと思える。やや硬い病院のベットに体を沈めて、雨宮は昼間の秘書との会話を邂逅した。彼の指す「好き」が恋愛にしても友愛にしても、限られた人生の時間を、自分を最優先にしてくれない人間に割くのは無駄な気がしてならなかった。
    (そういえばあの本の主人公もそうだ…)
    雨宮は枕元に置いたままになっていた本の表紙に指を滑らせた。決して自分の物にならない奔放な女に振り回されて続ける主人公。
    雨宮には「大人」の考えることが到底理解できそうにもなかった。
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