それはまるで祈りよりもかすかな。
願いがうねりとなって、私たちに広がって、ささやかな愛が芽生える。
その愛を手繰っては飲み干す、そしてまた口に含む。
あなたと分かち合い、あなたと交わって、一緒になって、永遠を歩いて。そうやって私たちは少しずつ歩んでいくのだろう、そんな予感がしている。
私のまっしろな自室で私たちは寄り添っている。愛を語らった後のこの空間はほのかに温かく、僅かに色付いて見えた。狭いベッドに私たちは潜り込んで、行為のあとの甘やかな言葉を舌に乗せている。
「チャティ」あなたを呼べば、「ビジター」と返る声が聞こえる。布団の中に潜り込んで、あなたの胸元に胸を埋めれば、体温のそれとは異なる、しかし温かな感触が皮ふを通して伝わった。心臓の音はしない。代わりに細かに機械の音がする。これも〝あなた〟らしくて、私は好きだ。それはいのちの音だった。
チャティの手がぎこちなく私の髪に触れ、滑らかすぎる指が私の指を掬う。一房奪っては手櫛で梳いた。こんな甘い行動なんて最初はしなかったのに、あなたは「学習した」のだから、あなたの頭の中を覗き込みたくなる。カーラに言えば、あなたを構成するプログラムを見せてくれるのだろうけれど、そういう話ではない。もっと情緒的な話だ。
「顔を上げろ」チャティは言う。支配と被支配。二つが重なり合うような言葉に、私は呆気なく従った。私た顔をあげるとぎこちなくも確かに。あなたは私の両頬を挟んでそのまま口付けた。性急だがもう慣れた。そういう心の機微はあなたには持ち合わせていないようだった。
私は目を閉じて。それを享受する。ただ触れるだけが一回。もう少し粘膜が滲みあうのが一回。舌を掬われるのが一回。四度目を求められたけれど、苦しくて顔を背けた。
「嫌だったか」
「嫌じゃない」
無機質な音が彩色されるようになったのはいつからだろう。それに気がつくようになったのはいつからだろう。
あなたは〝笑わ〟ない。しかし感情というものは確かにある。それに気づくのにさしたる時間は経たなかった。
だって、少しの時間をもって、あなたをひとつずつ知っていったから。関係を経て、私はあなたの隣にいることを許されたから。
だから答えを知っている問いをあなたに投げかける。試す意図はない。ただ単純な興味だった。
「キス、したかった?」
問えばしずかにあなたは緩く首を振った。「わからないが、そうするべきだと判断した」
「そうするべき?」
「キスをするとビジターが笑う」
あなたは私の額に一度また唇を押し当てた。頬が緩んでいくのをはっきりと知覚する。あなたはそれを見る。私の頬を指で擦った。
「それってきっとキスしたいってことじゃない」
私が言えば、あなたはそのまつげを一度瞬かせて口をつぐむ。その所作を私はじっと見ている。それからあなたの口から漏れるふきだしを期待したけれど、そんなものはなくて、ただ私を抱きしめる腕のちからが強くなった。柔い体温を感じる。柔らかな肌を感じる。
いいようもなく愛おしい。肉体は心の容れ物だと昔、ハンドラーに買われるよりもずっと昔、誰かが言っていた。その時は意味を理解できなかったけれど、こうして目の前の〝ひと〟を見ていると不思議とすとんと心の中に落ちる。このからだのあなたも、ACに宿るあなたも、あるいは他の身体に宿るあなたも、全てあなたで、私の大好きな〝ひと〟だった。
緩やかなふれあいはうねる波のように満ちては引き、ある引力をもって私の心を炙る、甘やかな抱擁と共にチャティの腰を手で擦って、私からも口付けた。縋るように心を持ち上げれば、あなたも僅かな反応をもって反応を返す。
「もっかいしたいって言ったら」
「構わない」
「元気、あるね」
「お前が『笑う』なら何だって構わない」
私が「笑う」ことに固執するこの人のことがたまらなく、好きだ。ヒトなんて不確かなものだと、そう思っていた。不確かで、心が移り変わり離れていくものだと、そう思っていた。
ただあなたとなら。あなたとなら永遠を歩いていけると。祈りよりかすかな期待がささやかに芽生えている。