現実世界で意識を失った零が昔の夢を見るお話そう、それは指名手配犯を追いかけてる最中。犯人とぶつかり車道に投げ飛ばされた少女を庇うように抱き込み頭から車にぶつかられたんだっけ。頭はまずかったな、車に足とか背中とかを向けるべきだった。判断力の悪さを反省する。あぁ、流石に意識が朦朧としてきた。立ちたいのに頭も体も言うことがきかない、視界も薄くなってきた。微かに遠くから風見の声が聞こえる。あーまて、揺すらないでくれ、頭に響く……。声を出して止めたいが自分の声も聞こえなくなってきた。意識を失ってる暇なんてないのに。今すぐ犯人を捕まえ、今日中に仕上げなきゃいけない書類が残念なことにめちゃくちゃあるのだ。だけど気持ちとは反対に意識は体がコンクリートに埋まってるんじゃないかぐらい重く僕を闇の世界へ誘導した。
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目を覚ましたらそこは警察学校の教室で響くチョークの音と先生の声、すぐ夢だと分かった。忙しい時に昔の仲間との夢か、現実逃避か?自分の楽観的な脳みそを嘲笑う。これはきっと走馬灯だ。横を見ると授業中だというのに大あくびしている松田の姿。懐かしい、思わず笑ったら目が合った。「んだよ、オメーもねみーんだろ?」と言われたが僕は別に眠くない。いや、正確に言えば既に寝ているが正解だが。
教室を見渡したが景の姿が見えない。どうしたんだろう、もしかしたら体調を崩してしまったのか。夢なのにすぐ会えないだなんて。死ぬか生きるかを彷徨ってる時にもしかしたら景光と会えるかも、と浮き足立った僕が悪いのか?夢くらいサクッと会わせて欲しいものだ。
授業が終わるチャイムがなる。僕は景の様子が知りたくて班長の元に行った。
「班長」
「どうした?零」
「景はどうしたんだ?体調でも崩したのか?」
「"ひろ"?」
「降谷ちゃん、なんかさっきの授業集中力切れてなかった?らしくないじゃん、なんか教室キョロキョロしてたし」
「なんか右側でソワソワしてっから寝れなかったぜ」
「ったく寝ちゃダメでしょーがっ…まぁ俺もちょっとうとったけど…」
班長と話していたら松田と萩原もやってきた。あぁ、このテンポ、空気、心に染み渡る懐かしさだ。少し目にくる。でも1人たりない。僕の大切な人が。
「松田も萩原もょうどいいところに。景どうかしたか知ってるか?」
今すぐに会いたい。体調を崩しているのなら薬を持っていこう。寒いのなら僕の部屋から毛布を持ってモコモコにしてやる。そしてめいいっぱい抱きしめるんだ。
そう思ってたら予想とは反した答えが帰ってきた。
「ひろ?誰それ」
「何言ってんだオメー」
「あ、お前らも知らないよなぁ?」
頭を強く殴られたような衝撃だ。ドッキリにしてはタチが悪い。
「え?なんだよそれ…冗談にしては酷いぞ」
「え?でもよぉ…」
僕たちの会話を断ち切る鬼塚教官の声が教室に響き渡る。
「降谷!この後急な会議が入ってな、携帯、今渡してもいいか?」
携帯?僕はこの後外出の予定があるのか。
景のことが気になるけど外出する予定がなにか分からない。頭にはてなを浮かべてる3人に「もういいよ!後で景に怒られたって知らないからな!」と言い残し教室を出た。「だから誰なんだよ…」「寝ぼけてんのかね?」「やっぱ寝てたんじゃん」と言う声はもう僕の耳には入っていない。
鬼塚教官から携帯を受け取り、メールを確認すると1番上には【諸伏景光】の文字があった。景だ!メールなんて珍しい。寮生活だから話そうと思えばすぐ話せるのに。メールには「予定通り今日会えそうだよ!じゃあ18時に○○カフェで!」と書いていた。外出の予定は景だったのか。それにしてもなんて外?景は長野にでも帰ったりしていたのだろうか。いやでも…。考えても拉致があかない。まずは景に会ってからだ。景に会って、景の声をうんと聞く。そして今日の3人のイタズラをチクってやるんだ。抱きしめたくなってしまいそうだけど、外だから抑えなくては。そうと来たら早速準備に取り掛かり警察学校を出た。
街も7年前に見た景色で懐かしかった。ここにビルはまだ建ってなかったのか、このチェーン店は今はないな、と時間に余裕が会ったこともあり少し散策してしまった。カフェでコーヒーを片手に景を待つ。メールに「ごめん!寄り道してたらレジが故障しちゃたらしくて、少し遅くなる!」と一報が来ていた。景の性格だ、きっと慌てて店にやってくるだろう。僕がそんなことで怒るわけが無い。逆に会えた喜びで泣いてしまうかもしれない。チリンチリンと店のドアの音が聞こえる。目をやると見知った男の姿があった。気づいてもらうために手を大きく振る。目が合った。あぁ、景光だ。じわりと目尻に涙を浮かべそうになるところをぐっと堪える。バタバタと両手に荷物を持って僕の元にやってくる。
「ごめん零!待ったよね?」
両手を顔の前で会わせて困った表情でこちらを覗き見る。
「別に待ってないよ。さっき来たところさ」
余裕を見せるようにそう返すが、簡単に一蹴りされた。
「…嘘。零のコーヒー、もう半分くらいしかないし、ホットなのにもう湯気が経ってない。オレが零を待たせた証拠さ」
…さすが景。瞬発的な観察力の鋭さは見習いたいところだ。
「ふふ、負けた。でも僕が好きで早くついただけだ。別に退屈してたわけじゃないよ」
「へへ、これでも結構観察力は鍛えられたんだよねー。今の仕事、常に周囲に気を飛ばしてないとやってけないから。オレも警察官目指してたらなれちゃったり?なんて」
…ん?
聞き間違いか?景の口からありえない言葉が2点飛び出した。
まずは1点。"今の仕事"という単語。僕らはまだ一応警察学校の生徒であり学生だ。景が仕事をしているわけがない。バイトも無いし…。
そして2点目、"警察官目指してたら"。……目指しているじゃないか、"今の僕たち"は。そしてみんなで学校を卒業して2人で公安に入った。
景の言葉を吸収できなかった僕は固まっていたようで、零!という掛け声と共に肩を揺さぶられた。
「冗談だよ零!ごめんって、警察官になるにはどれだけ厳しいかオレでも分かる」
「なんだ冗談か…そうだよ、僕たちはその厳しい訓練に耐えて、警察官になるんだ」
「え?僕たち?僕の間違いだろ?」
は?何を言っているんだ?また情報処理ができなくて景の言葉がすっと頭に入ってこない、混乱してきた。心拍数が上がっていくのがわかる。
「…景、変なことを聞いてもいいか?僕たちは警察官を目指しているよな…?」
「え?何言ってるんだよー警察官を目指しているのは零だけ。オレは父さんに憧れて教師になるって昔からいってただろ?そして晴れて今年の春から新米教師!いきなり小学二年生の担任を任されておかげさまで休みがないよ。さっきも書店で模造紙を買ってたんだ、明日の算数の資料を家で作らないと間に合わなくて…」
ああ、これは警察官にならず自決する未来もない、諸伏景光の別の人生の1ページを見ているんだ。
3人の反応も全て合致した。あの3人は景に会っていない。なぜなら僕と共に警察官を目指す景の人生ではないから。
…これが夢ではなく現実だったら、景は幸せだったのだろうか。