5/1「上手くやったんですね」
ボスの死体を見たときの感想は、案外簡素なものだった。死んでいる。こめかみから垂れた血さえなければ、死んだように体をうっちゃっているのはここ最近では別に普通のことだった。
いつのまにか木の箱に入れられて、いつのまにか燃やされて、いつのまにか灰になっても、ボスはボスだろうか。人生最後の夜。耳を塞いでいれば、月が綺麗だ。あちこちで赤く光るのは迎撃砲の点火だろうか。わからない。もう知っても意味がない!
ボスの灰を埋めた場所、確かこの辺だったはず。その上に跪く。ボスがいなければ、ぼくは何をしていただろう。あなたがまともなら、あなたがちゃんとしていれば、私はこんなことしなくてよかったのに。
「……あなたが悪いんですからね」
土をすくって、胸ポケットに入れる。朝整えた爪が、みるみるうちに黄ばんで汚れていく。踏みしめられていないそれは、泥と混じってまだ柔らかい。
ふう、と大きく息をついて、その息が白く濁っていることに気がついた。
五月でもまだ寒いは寒い。だからもしかしたら、もしかしたら灰が固まってまだ動いているかもしれない。神もこんなにいっぱい客が来ちゃ、ひっそりと死んだ男くらいは見逃してくれるかもしれない。もしかしたら。
砲弾が近くで着弾した。本能的な恐怖に、大きく息を弾ませる。馬鹿らしい。馬鹿らしくなってきた。彼はきっと、私の後追いも知らないだろう。馬鹿。本当に馬鹿だ。
そろそろ戻らなければならない。
どうして死んでしまったんだ。どうして。一緒に見た党大会の、あの歓声は夢だったのか?
「まさか」
私の考える「総統」は、部下の讒言如きには靡かない。私の意図を汲んで、それを踏み潰すくらいの胆力があったはず。確かに、昔はあったはず。
まだやりようはあった。あなたが逃げるなら、私も妻もどこまでもついていっただろう。
「閣下……総統閣下……」
まだやりようはある。早く終わらせなければならない。
私は日記のページを、大きく破り取った。