銀の弾などない 十月三十一日、ハロウィン当日ともなれば世間の賑わいも盛りだ。
かくいう私もちょっとした仮装に身を包んでいる。我が親友巡ちゃんからの「このイベント一緒に行こーよ!」という言葉に二つ返事で乗ればどうせならとも言われた為に。
「出るにはちょっと早い、かな」
支度を終えて時計を見ると思ったよりも針は進んでおらず、私は適当に余った時間を潰す事にした。
「ねぇ。君はこの格好、どう思う?」
右手でマントの端を掴んで持ち上げながらマイバディの方を見る。
「どう、と言われてもな」
「ふふふっ予想通りの答えだ」
ただ聞きたかっただけの私は仮にどんな反応を返されようとも満足しただろう。そこへピッタリ合っていたという事実がより機嫌を良くさせる。
もっともそれを知らぬマイバディは不思議そうにしているのだが。
「何故その格好にしたんだ?」
質問が飛んでくるとは思わなかった私はつい軽く驚いてしまう。
「え?うーん、……何となく?としか言いようがないかも。吸血鬼、よくないかい?」
意識してにっと笑いつけ歯を見せた。するとやっぱり珍しそうにレンズの奥をぱちぱちっと、君なりの瞬きをしている様に見える。
「牙が気になるのかい?」
「それもあるな。見せつける程気に入っているのか、それは」
「うん?まぁ吸血鬼と言えばコレってもんだしね。──君からは……何が吸えるのかな?」
悪戯っぽく笑いながら君の首筋をそっと撫でる。
「吸えないだろ」
どう来るかと思っていれば何とも冷めた返事をされてしまった。
「君らしいね」
予想以上に素っ気ないものだったが、決して悪くはない。寧ろいいとさえ思っている。
何より、相変わらずジッと私を見る眼が若干揺れていた辺り、案外そこまで冷めきっているという訳でもなさそう?あっ、また瞬いてる。
瞼を動かさずにするそれは、正直普段ではちゃんと見ていても確信できるかどうかは運の域だ。でもこの距離なら私の目でもよく分かる。
「もし私に銀の弾丸を撃たれることがあるのなら、それは君がいいなぁ。──まぁ既に撃たれた後のようなもの、でもあるんだけどねぇ?」
ふと、そんな考えが頭を過り、私は冗談めかして伝えてみる。
「お前に向けて撃つ為の銀の弾などある訳ない」
真っ直ぐと射抜くような眼で見ているくせに、放たれた言葉は実に対象的なものだった。
「どういう意味?」
少し考えてはみるものの、詳細を分かりかねた私が率直に聞けばマイバディはゆっくりと話し始めてくれた。
「俺がお前に撃つ訳がない。まず弾が何であれ、お前相手にはそう簡単に引き金を引けるものでもない以上、仮に銀の弾を持っていたとしてもそんな事は有り得ない」
それに撃った覚えもないぞ?と怪訝そうに──およそ真意を解っていないのだろう──付け足されてしまった。
「……。そっか、そりゃそうだよね。何とも君らしい答えだ」
言の真相を伝えたところで一切の意味が無い事は解りきっている。故に補足するつもりもない。
「確かに君は、本当にそれができないんだろうな」
呟く私の顔はどんななんだろう、君にはどう写っているのだろう?
言葉にしづらい感情が渦巻くこの胸中はとても伝えられないな──などと思っている内に、そんなこと露も知らないマイバディは顎に手を当ててゆっくりと言葉を繋げていった。
「そりゃそうだろう。例えほろかが化け物になろうがほろかの事は撃てる気がしない。それにお前は俺のバディだぞ。そんな奴を撃ちたいとは──少なくとも俺は──思わない。だから、きっと、俺には無理だろうな」
「……うん。君、つまりは『そんなに私を大事に思ってくれてる』んだ?そう考えたら何だか、ちょっと、照れちゃうかも?」
そんな風に言いながら手で自分の顔を隠していく。指の隙間から見たらきっとまた不満げにしてるのだろうけど、今は見れないや。
少し間を置き、誤魔化すようにして時計を見ればいつの間にか丁度いいを少し過ぎそうな頃合いになっていた。
「そろそろ行かないと、だね」
荷物を手に取ってからマイバディの方を見れば特に問題なさそうにしている。
「じゃあ行こっか」
その言葉に頷き返したのを確認すると、私はスコープを共だって部屋を後にした。