望み 師走、年末故にテレビやネットでも様々な話題が飛び交う時期。
中でもまず先に来るクリスマスの存在感は一際目立つだろう。町中まですっかり様変わりさせるそれは人々の話題すらも染め上げていた。
「ねぇ、君は何を貰ったら嬉しいの?」
私もまたスコープにプレゼントに関する話を振る。しかし返事はすぐに来ず、何を……と小さな呟きが漏らされるのみだった。
それなりの時間待ってみたが、一向に答える気配のないスコープへ尋ねた訳に苦笑を添えて話し始める。
「色々考えたりはしたけど、やっぱりどうせなら君の欲しい物の方が良いのかな〜ってさ。何かないのかい?」
「……特には。少なくとも今は思いつかないな」
「そっか。なら物に限らなくも良いよ。例えば私にして欲しい事、とかは?何かあるかな?」
「成程?そういうのもアリなのか……」
一旦話し始めたと思えば再び考え込む──にしても、先程よりは若干スコープの悩ましさは和らいだ様にも見えた。
「まぁ私にできる範囲で、だけどね?でも一応聞くだけ聞きたいから一先ずはその辺気にしないで言って欲しいな」
にこっと笑ってみせれば早速何か思い付いたらしくスコープは答えてくれた。
「なら、お前に見えているものを知りたい」
今度は私の方が沈黙してしまう。言葉の意味を考えながらゆっくりと首を傾げて固まったまま。
そんな時間が流れている間にも段々とスコープから不安が仄かに滲み始めている気がする。今一つ答えが出そうにないと悟った私は素直に聞き返す事にした。
「その……ごめん、ちょっとよく分からなくて……。何だろ、感覚的?な話というか。色んな角度から私に質問したい事がある、みたいな感じ……?」
「確かにそういうのも──いや違う。視点の話、と言えばいいのか?」
淡々と受け応えるスコープとは対照的に私は尚のこと困り果ててしまう。
「えっと??つまりは内面じゃなくて視覚的にって事?」
そうだと短く肯定され大部分は納得できたが、私の疑問はまだ解消しきってはいない。
「あぁ〜成程ね?うん。別にそれ自体は構わないよ──ただ、問題はどうやって……?」
「良ければその辺りは俺に任せてくれないか?」
「何か良案があるんだね?なら勿論いいよ」
一転してにこやかに快諾の意を示せば珍しく笑っている。その手の表情は乏しいスコープのそれに思わず私まで笑みがこぼれてしまうが、釣られた節もあるのだろうか?
などと考えていたら聞きそびれた事があるのに気が付いた。
「で、具体的には──」
「お前は欲しいものとか──」
偶然にも同じタイミングで話し始めてしまいスコープはやや気まずそうにしている。一方で私は不意に投げ返された質問に驚いていた。
「えっ私?君も何かくれるのかい?私は……君からなら何でも嬉しいだろうけど…………」
既にその気持ちだけでも充分、とは思うがそれでは何の答えにもならない。仕方なく割愛し、どこを見るでもなく口に出しつつの再考。
「う〜ん私も特に明確に欲しい物って物は無いんだよね。だから何か……あぁ。じゃあ例えば私が使う使わないとか、ただ君が私にあげたいだけとかでも何でも、理由はさておき『私に持ってて欲しい物』をチョイスして欲しい、かも……?──うん、やっぱりそれが一番良いかな」
何とかやっと答えを見つけ改めて視線を戻すとスコープはどうやらあまり腑に落ちない様子だった。
「……要するに好きにしろと。ならその通りにするが、本当にいいのか?」
どこか念を押す様にして確認してくるが、私は二つ返事で良いよ?と首を縦に振った。
額面通りに受け取らせても余っ程困る様な物は渡してこないだろうと。──仮にそんな事になっても、それはそれで構わないかとも遅れて過ぎった。
「だって、そこからもまた少しだけ君の事が知れそうだし?なんて……。まぁとにかく私には自分で何かを指定するよりもお得な事があるのさ」
それを聞いて漸くスコープなりに納得がいったらしい、成程と呟いた声が耳に届く。
後から消耗品よりは残る物の方が有難いとだけ付け加えれば、一言分かったと返された。
────
「わぁ、これが君からのプレゼントかぁ。開けてもいいかい?」
当日、手渡された箱に向けていた視線を一旦チラリとスコープの方へやると、頷きながら短くあぁと了承するのが確認できた。
両手に収まる程度の長細い箱を開くと中には眼鏡が入っていた。全体的に太めなフレームの黒縁眼鏡。やや変わった装飾が施されてはいるものの、飾り気という飾り気はない実にシンプルなデザインの物だ。
「?あっこれ伊達眼鏡か。ふふ、成程ねぇ?スコープはこういうのが趣味だったんだ」
私は眼鏡をしていないので一瞬謎に思えたが、なんとなくの意図位は分かった気がして早速かけてみる。
どう?似合う?等と顔を向けるも、思ったより──どころか異様なまでに無反応。むしろ怪訝そうな顔さえしている。
「電源が入ってない」
やけに遅く言葉を発したかと思えば、感想の代わりに妙なことを言われ私の思考が止まる。
「…………えっ。まさか」
思い当たるのはツルの部分にあった凸状の細工。軽く押してみるとまさしくボタンを押した時の感触が手に伝わってきた。
そしてやっとスコープは数度頷いて満足そうにしている。その反応を見た私は一度眼鏡を外し、改めて細部を確認した。
「ねぇ、コレそういう飾りじゃないの?ここのやつも本当にレンズというか、カメラだったの……?」
「は?──いや、すまない。逆に何故そう思ったんだ……?流石に見て分かるだろう……」
「えぇ……。確かにボタンみたいの付いてるし、やけに太いから薄々妙だなとは思ってたけどさぁ……」
自分でも変な事をと思いながらの発言だったが、まさかそこまで呆れさせるとは予想外でつい戸惑ってしまう。
「それ以上に他の事が気になったんだよ。君が眼鏡好きなのは知らなかったな〜とかさ?」
「いや別に。お前だから良いと思うだけで特別それ自体に拘りがある訳ではないな」
「な、何だい?その絶妙に反応に困る言い方……」
当初の読みまでキッパリと否定され、最早どうしたものか分からなくなってしまった。
「……もしかして忘れているのか?この前言ってただろう。お互い何が欲しいかって話の時に『見えてるものも知りたい』だの『持ってて欲しい物』なら何でもいいと……」
段々と不安げになっていくスコープの様子に若干申し訳なさを覚える。恐らく私が傍から見ると芳しくない態度ばかり取っているせいだろうから。
しかしその話を聞いて漸く私の中では点と点が結びつき疑問が解消される。
「──あっ、そういう事?だからコレにしたんだ。成程ね……!」
確かにそう聞けばただの伊達眼鏡ではなくわざわざカメラ付の物が選ばれた事にも合点がいく。
「じゃあ君の趣味って意味では当たらずとも遠からずではあったのか、へぇ…………」
再びかけ直しつつ一人で納得していると、今度は不思議そうにこちらの様子を窺ってくるスコープに私は思わずクスリと笑ってしまった。
「でも普段からずっとこれで過ごすのはちょっと色んな意味で難しい、かな……。こういうのって充電もしなきゃだろうし」
唯一の問題点に悩ましげに呟くとスコープは若干困った顔になる。
「俺は別にそうは言ってないと思うが?元々たまに気が向いたらでいい程度にしか思ってはいないし、そんなに気にする必要はない」
「でもやっぱりなるべく見たいんでしょ?」
「…………」
「図星みたいだね?」
言い聞かせるように優しく思いの丈を話してくれたのについ意地悪してしまった。だが実際に黙ってよそを見ている以上こちらも本音なのだろう。
「まぁその時は遠慮なく言っていい──というより寧ろ教えて欲しいな?折角貰ったんだし時々かけようかな〜とは思ってるけど。後ほら、かけるだけで忘れてる時とかもあるかもしれないし?」
恐る恐る此方へ向き直るスコープににっこりと笑ってね?とダメ押しすれば、一瞬目を逸らした後に小さく息を吐くのが聞こえてくる。
「……お前がそう言うなら、その通りに善処しよう」
快諾とはいかないものの良さげな返事に私はより笑みを深めた。
「しかし、本当に良かったのか……?何だか結局は俺ばかりな気が──」
「ふふふ……スコープ、君が思ってる以上に私は大満足なんだよ?」
酷く不安げな話しぶりで続きそうな言葉を上書きせんと私はワザと遮り、そのまま勝手に続けていく。
「君のおかげで今年は今までで一番ワクワクしちゃったし、実際に私の期待よりもずっと上回ってて嬉しい事ばかりさ。ほら、コレだってどことなくお揃いみたいな感じもするし?」
いやスコープだとどうなのかな?なんて冗談めかしてみても、まだどこか不安が拭いきれてないようで少し困ってしまう。
「それに、何と言っても実に私達らしくていい交換じゃないか。こんな面白いプレゼントはサンタだってくれやしないさ。──ありがとうね、スコープ」
心からの謝意を伝えると、今度こそ本当に理解してくれたのか目を細めて満足そうな表情になり私まで安堵してしまう。
「フッ……。多分お前位だぞ?あんな理由でそれを贈られてそこまで純粋に喜べるのは」
ちょっとした意趣返しとでもばかりにニヤリと笑いながら若干痛い所を突かれ、私はついウッと声が出そうになった。
「そりゃあね……?確かに同意の上とは言え一般的には中々どうかと思うチョイスだし……。いや私は本当に要望通りって感じでとても嬉しいんだけどねぇ?!」
思わず段々と取り乱し慌てる私の姿にスコープは更に笑みを深め、遂にはハハと軽く声を出してまで笑われてしまった。
「分かってるさ。だからこそ俺の方が礼が言いたいんだ。ありがとうな……ほろか」
一転して真面目に言うもんだから数秒ポカンとしてしまい、遅れて理解すると笑いが込み上げてきて言葉より先に口をついて出る。
「ふふふっ!どういたしまして」
──余談──
それからというもの。ほろかは時折かけてるせいか、極々稀にかけてない時にもつい[癖で[rb:直す仕草 > ・・・・]]をして手が空を切る度にクスリと笑ってしまう様になるのだが、それはまた別のお話。