花のかおりの君 日々花冠を編み、愛するひとの鮮やかな髪の上に淡い色彩を乗せる。
そして愛を囁き、硬い花弁が開く瞬間のようなパートナーのいじらしい笑顔を見る。
そのささやかなやり取りで、アルフレッドはリュールとの蜜月に満たされていたはずだった。
「あれ、お兄ちゃん。今日は花冠をしていなかったんだ?」
朝早い行軍の後、アルフレッドとともにカフェテリアで身を休めていたリュールに、果樹園から収穫を持ち帰ったヴェイルが声をかける。
「はい、アルフレッドも私も朝から異形兵との戦闘だったので……それがどうかしましたか? ヴェイル」
「ううん、何でもないんだけど」
気のせいだったのかな、と飲み込もうとするヴェイルにリュールが続きを促す。
「帰ってきたときのお兄ちゃんからアルフレッドがいつも贈ってる花冠の香りがしたから、まさかつけたまま戦いに行ったのかと思って」
「え、」
その驚嘆の声は、アルフレッドの口から溢れたものだ。
「もし戦いで乱れてたらどうしよう、って思ってたんだけど、最初からしてないなら大丈夫だね」
よかった、と胸を撫で下ろして食料庫へと向かっていくヴェイルを見送りながら、アルフレッドは突然もたらされた情報に目眩を催すような思いに思考を失っていた。
アルフレッドが日々贈る花冠は、ほとんどが自らも纏う花と同じもので作る。
常に花冠を載せているせいか、アルフレッドが歩いた道は花冠と同じ花の香りがすると言われるようになって久しく、自分では空気に馴染むその花の香りにすっかり鈍くなってしまったが。
愛するパートナーから、自分と同じ香りが?
そこに行き着くと、ぞくりと腹の奥に煮え滾るものを覚えた。
(これは、いけない)
「アルフレッド?」
内心で沸き立つ衝動と戦うアルフレッドの様子に、リュールは覗き込むように顔を伺う。
「具合が悪いんですか、険しい顔をしています」
心底から心配を寄せるリュールに申し訳なさを覚えながらも、アルフレッドはふとよぎった疑問をパートナーに訊ねないわけにはいかなかった。
「君は……僕が贈る花冠と同じ匂いがその身から香ると言われて、何か思わなかったのかい?」
リュールはきっともう終わった話題だと思っていたそれを掘り返され、いくらか瞬きをする。しかしアルフレッドに茶化す様子もないことを感じ取ると、顎に指をそえて考える仕草を見せた。
――もしその匂いを指摘したのが、長命にもかかわらず他者との交わりに疎いヴェイルでなければ、それは暗に色事を仄めかす意図があるに違いなかった。
そういった機微をパートナーが知識として有しているのか、アルフレッドにはまだ判別がつかないでいる。
「そうですね、自分では全く気が付かなかったのですが……」
日々のささやかな会話のような気安さで口を開くリュールに、やはり性的な意味合いに気が付いていないのだとアルフレッドは結論付ける。そうであるならば、アルフレッドはこの内に灯された劣情をリュールに気付かれないように収めるだけだ。
他愛もないことを聞いたと話を終わらせるつもりだったアルフレッドに、「ただ、」とリュールが言葉を続ける。
「いつももらう花冠からはあなたの匂いがするので、ヴェイルにああいうふうに言われて……少し照れ臭かったですね」
その表情は、日々アルフレッドが花冠の代わりに受け取る笑顔と全く同じ笑みだ。
リュール自身が、花冠の匂いにアルフレッド自身を見出していた。きっと花冠を受けたあとも匂いに気付くたびにアルフレッドを想っていたであろう愛しいパートナーの姿を想像し、胸に充足感が満ちる。
「僕もだよ、神竜様。君に僕の匂いが移るほど、僕はたくさんの贈り物をしてきたんだね」
この瞬間の幸福を噛みしめていると、リュールもあわせて頷く。
「はい。……実は」
わずかに口ごもり、リュールは自身の髪に触れて言った。
「ソラネルにいる間、花冠がないとどうにも頭がふわふわして落ち着かなくて。もし疲れていなければ今からでも花冠を編んでくれませんか?」
「もちろんだよ、神竜様。どうか共に行こう。できたらすぐに渡したいからね」
立ち上がってアルフレッドが差し出した手に、リュールの手が自然と重なる。
「ええ、行きましょう、アルフレッド」
導こうとした手が引かれ、リュールがカフェテリアの外へと歩みを進める。
それに伴って揺れた髪の後を追うと、かすかな花の甘い香りがアルフレッドの鼻腔をくすぐった。