出会えた奇跡に祝杯をその人物が産まれてきたことを寿ぐ行事であることは本から知識として得ていた。
知識としてしかわからなかった。
生家ではそんな風習がなかった。初等教育学校に通っていた時でも私の生誕が祝われたことはなかった。
家を出て魔法警察学校に通って、アレックスにはじめて言われたのだ。
誕生日おめでとう、と。
なぜそんなことを言うのか私にはわからなかった。
「歳を重ねることの何がおめでとうなんだ」
つい、そう疑問を投げかけてしまったことを思い出す。
アレックスはきょとんと目を丸くすると、あの良く通る大きな声で言ったのだ。
「先パイと会えて嬉しいからっす!」
論理が破綻していると思った。何故、私と会えて嬉しいのが生誕を祝う言葉に繋がるのか私には全くわからなかった。
「これから毎年言うっす!」
なんて笑っていたくせに
アレックスから祝われたのはその一回だけだった。
だから私は未だ誕生日を祝う意味がわからない。
むしろ——産まれてくるべきではなかった。
私が居なければ、幸せだっただろうから。
父さんも私が神覚者となり自身を越えられてプライドを傷つけられることはなかった。
母さんも私が神童なんて言われて次を求められてわざわざ大変な出産を2度もする必要はなかった。
ワースも、私が兄でなければ比較されずに正しく両親や周りに実力や努力を評価された。
アレックスも、私がバディで無ければ死ななかった。
私がいることが間違いなのだと、わかっている。
だが、
この世界で唯一、私の誕生を祝ってくれた命に応えるために、私は今日も魔法局魔法魔力管理局局長で在り続ける。
お前の望んだ世界の実現の為に。
いつも通りに局の執務室で業務をこなしているとけたたましいノックの音が響いた。こんなノックをするのはたった1人しかいない。そして重厚な扉越しでも聞こえてくる言い合いの声にオーターはため息を吐き、杖を振って扉を開けた。
「入れ」
「お邪魔しまーす!」
「失礼します」
騒々しい青と赤が視界の端で揺れている。
彼らは無邪気な淵源との戦いが終わった後も自分たちを強くしてくれと頼み込まれ、連日のやり取りに疲れた私が折れて以降空いた時間に魔法を見ている。
「今日は修行の日ではない」
「わかってるっす」
「今のうちから押さえておきたい日があるんです」
アポイントをとれるようになったことは褒めるべきなのだろうが、本題に入るまでが長すぎる。
「いつだ」
「十一月十日っす!」
「確認する。待て」
確認すると特に大きな任務のない日であり、数時間なら予定を空けられるはずだ。わざわざ確認を取ってきた以上反故にすることのないように調整できるよう手配しなければ。
「特に大きな任務は入っていなかった。空けておく」
「ありがとうございます!」
「準備して待ってます」
何がそこまで嬉しいのかわからないが目を輝かせる2人にため息をつく。
「だが、日程をずらせない任務が入った場合はそちらを優先する」
有無を言わさないように彼らの瞳を見つめると、百も承知だというように頷いた。
「用が済んだら帰れ」
2人を執務室から追い出して、仕事に取り掛かった。
廊下から聞こえてくる騒がしい声は聞かなかったことにした。
そんなことがあった日から幾日、十一月十日当日になり、驚いた。
カルドが何やら時間を調整していたのは知っていたが、まさか神覚者全員が集まっているとは思わなかった。他にもイーストンの生徒や様々な人物が揃っていた。
魔法局の中庭にてパーティーでもするのかテーブルと色とりどりの軽食や菓子が並んでいた。
「ランス、ドット。これは」
ランスとドットは目を合わせると、会場の奥から1人の男を連れてきた。
癖のある黒髪にペリドットの瞳、頬にかかる2本の真っ直ぐなアザ。いつの間にか私よりも伸びた身長。
「………」
目が合うと気まずそうに逸らされる。胸がズキッと痛みを訴えたような気がしたが、そんな資格はないと自嘲する。
この会が一体何なのか知りたいが、何故か会場にいる全員からの視線を感じる。無言で見つめ合う私たちを眺めて何が楽しいのか。
「フー…」
「…っ!」
肺に溜まった重苦しい黒い靄を吐き出すように深く息を吐くと、目の前の男は身体を強張らせた。
そうだ、あの子にとって自分は恐怖の対象なことを失念していた。弟子に言われて、此処に連れ出されたのだろう。このままここにいては可哀想だ。
「…用がないなら、仕事に戻る」
踵を返そうとすると息を呑んだあの子に腕を掴まれる。なんで。
「主役が帰ってどうすんだよ」
「主役?」
「はあ?そんな……あぁ…なるほどなぁ…」
腕を引かれてまた向き合う形になると、自分と同じように深く息を吐くと、意を決したように口を開く。
「…誕生日、おめでとう」
息が止まる。
彼は、なにをいっている?
たんじょうび?誕生日?おめでとうとは?なぜ祝いの言葉を?自分は祝福されるべき人間ではない。ましてや弟は、私のことを恨んでいるはずで。
「何故」
きょとんと首を傾げると周りの空気が重く固まるのを感じる。ランスが固有魔法でも使ったか?
「何故って…」
「お前は私がいなければ、私が兄でなければ幸せだったでしょう?」
「は…」
「フー…ランスとドットに何を脅されたかわかりませんが、無理に」
「オレがそんなこといつ言ったんだよ!!」
私の言葉を遮るように空気がびりびりと振動するくらいの大声で主張する。
「テメェが…いや、兄さんが兄じゃなければなんて思ったことねぇよ。…確かに憎んだし恨んだしクソったれって思ったこともある。てか今も思ってる。でも、オーター兄さんが生まれてこなければなんて、…っ、思う訳ねぇだろ!!」
痛いくらいに握られた手からみしみしと音が聞こえる。
「私、は…私でないほうが、良くて…」
「誰がそんなこと言ってたんだよ」
だれ?いやそんなわかりきったことを直接指摘する人物は居ない。
「オレは!…オーターが!兄で良かったッ…!」
「ワース…」
弟の…ワースの悲痛な叫びに胸が痛む。だが私よりもずっとワースのほうが痛いのだろう。サングラスの奥の瞳は水膜で潤み今にも溶け出しそうだ。
ワースにだけ気を取られていると、隣の弟子たちも口を開ける。
「オレもオーターさんが師匠で良かったっす。半殺しにされるし何回も鬼畜!って思ったけど、ちゃんと水とパンくれたし、スカシピアスのついでじゃなくオレを、強くしてくれた」
「正直、最初オレはアンタに期待していなかった。でも、オーターさんは大人に失望してたオレにも穿った目で見ないで、修行をつけてくれした。…頑張ったなんて、言われたことなくて、嬉しかった。だが言われたあの場面はいただけない。絶対また言ってもらうんで覚悟しててください」
「お前たち…」
私で良かった。
なんて
ぱちんっ!と指が鳴る音が聞こえた。振り向くとライオがいつもの顔でこちらに指を向けていた。
「自己肯定感をお前に」
「はあ?」
「オーターは自己肯定感が足りなすぎるからな!男前なオレ様がお前にわけてやるから」
頭を撫でられる。そういった子供扱いは好かないのに。胸が熱くなる。
「ほら、オーター」
ライオが長い腕をひらりと翻すと、パーティーの参加者が各々嬉しそうな笑顔でこちらに声をかける。
「誕生日、おめでとう。兄さん」
「誕生日おめでとうっす!オーターさん!」
「誕生日おめでとうごさいます、オーターさん」
「お誕生日おめでとうございます。砂の人」
「お誕生日おめでとう、オーターちゃん」
「誕生日おめでとう!」
「おめでとう、オーター」
「オーター様誕生日おめでとうございます!」
おめでとう、おめでとうと何度も何人も言われる。
「誕生日おめでとう、先パイ」
遠い日のあの太陽のような眩しい声まで聞こえてくる。
胸が熱い。ぎゅっと苦しいのに、嬉しくて。
「………、なんて応えればいい」
視線を彷徨わせて、ライオを見ると、目元を緩めて微笑まれる。
「そんなの決まってるだろう!オーター!男前に感謝を伝えればいいんだ」
「そうか」
感謝。ああ、そうだな。お前たちと貴方達と出会えたそのおかげで。
「……忌避すべきものだと思っていたこの生が、今はこんなにも愛しい。
出会えたことに感謝する」
「ありがとう」