シャーナイを吹く人 తండ్రి కోరిక「……どうしよう」
幼い少年、シヴドゥは辺りを見回した。
祭りの市場は多くの人が行き来し、一緒に来たはずの母、サンガの姿が見当たらない。はぐれたのだ。楽師たちがムリダンガムを叩きシャーナイを吹くのが気になって、それを見に行ったところまでは覚えている。それから……わからない。
「……どうしよう」
おかあさん、と漏れた声がのど元まで出かかった嗚咽に震える。
泣くものか、と目をこする。
強い風が吹いた。
「どうしたのだ?」
低く穏やかな、森に佇む大樹のような声がした。顔を上げると、獅子のたてがみのような長髪をふわりとなびかせた長身の男がそこにいた。
「……おかあさんが…っ…いなくなった」
男に問われるまま、シヴドゥは答えた。改めて口に出す事実に耐え切れなくなり、嗚咽とともに堪えていた涙が溢れていく。
「そうか、母君と逸れたか」
男にシヴドゥは抱き上げられた。彼に背を優しく叩かれるうちに涙が引き、しゃくり上げるのがおさまっていく。初めて会ったというのに、何故だかひどく落ち着くのだ。
──このひとは、まるで、とうさん……みたいだ。
聞いたことのない話し方で話すけれど、家で待っている穏やかな父が思い起こされた。
「そなたの母君を一緒に探そう。」
シヴドゥの視線が先ほどよりも高く上がった。男がシヴドゥを肩車したのだ。男の背は高く、シヴドゥからはバザールを行き交う人々の頭のてっぺんどころか露店の屋根の上も見える。
「振り落とされぬよう、掴まっていなさい」
男に促され、シヴドゥは彼の頭に手を置いた。
「そういえば、そなたの名は?」
男がシヴドゥを見上げる。
「ぼくは、シヴドゥ」
「そうか、私もシヴドゥだ。」
不思議な偶然もあったものだ、と彼は微笑んだ。シヴドゥを肩車した男が、市場を行き交う人を縫ってゆっくりと歩く。
道すがら、男に母のことを問われ、シヴドゥはそれに答えた。着ているサリーの色、背格好。何を買いにこの市場に来たのか。男と話すうち、不思議と母と逸れた心細さが消えていくのをシヴドゥは感じた。
「──どこにいるの、シヴドゥ!」
程なくして、母の声が聞こえた。必死にシヴドゥを探している。
「おかあさんだ!」
シヴドゥは声が聞こえた方を指した。
「あの方か?」
「うん!」
シヴドゥは頷いた。そちらへ向かって男が歩き出す。
「おかあさん!」
「どこへ行ってたの、心配したのよ」
男の肩から降ろされたシヴドゥが母の方へ駆け寄ると、サンガがシヴドゥを抱き締めた。
「シャーナイの音が聞こえて、気になってそっちに行ったら、それで、あの人が、おかあさんを探してくれたんだ」
「あの人?誰なの?」
お礼を言わないと、とサンガがシヴドゥに問う。
「あの男の人」
シヴドゥは男の方を指す。くしゃりと頭を男に撫でられたような気がした。
──息災であれ、マヘンドラ。
男の声とともに一陣の風が吹き、シヴドゥは思わず目を瞑る。瞼を開けた時には男の姿はどこにも見えなかった。
「そっちには誰もいないわよ?」
サンガが首を傾げた。
「神様が助けてくれたのね、きっと」
シヴドゥの指した先の遠く、導師がシヴァリンガに花びらを振り撒いていた。
ずっと前に、暗闇の中でシャーナイの音を聞いたような覚えがある。
「もうじきに逢える、待っている」
そう告げるような、嬉しそうな音だっ た。
あのシャーナイを吹いたのは誰なのか。
何故か、初めて出会ったのに、先ほどの男のような気がした。
了