種族で違う甘え方 ケントが猫アレルギー用のフィルターを用意してくれたことで、猫アレルギーを持っているチェイスは、猫のワイルドに近づくことが可能となった。
今は出動する時ではない。しかし一時的にモーター・パウのヘルメットを着用している為、チェイスはワイルドの隣に居てもクシャミが出ない。
「言ってくれたら、オレもチェイスの傍に近づかなかったのに……」
ワイルドは申し訳なさそうに言った。
それに対し、チェイスもヘルメット越しに言う。
「ワイルドが悪いわけでもないのに、気を遣わせたくなかったんだよ。でも、ちょっとだけすれ違っちゃったな。ごめん」
「謝らないでよ! チェイスが優しいのはよく分かったからさ」
そう言い、ワイルドは思わずチェイスの隣に立って、腰で撫でようとする。しかしまだ気を遣ってしまうのか、ハッとしたワイルドは少し退いた。
「ワイルド、今の俺は近づいても平気だぜ?」
「あ……そ、そうだよね。オレ、つい腰をすりすりして、甘えちゃうのが癖で……」
「いつもケントにやってるやつだろ? おれたち子犬とは、やっぱり違うんだなぁ」
「そりゃあね。オレだってボールの取り合いっこが楽しいって、実際に遊ぶまで知らなかったし!」
「ワイルド、上手だったぜ! またやろうな!」
「うん!」
すっかり打ち解けたチェイスとワイルド。ワイルドはついに、チェイスに腰をピッタリとつけ、すりすりと甘え始めた。
「あ……」
チェイスは思わず甘い声を出した。
「あ、あんまりこういう事されないから、なんだかくすぐったいぜ……」
「そう? このちょっとしたくすぐったさが、オレは安心するんだ」
普段、子犬同士ではあまり密着をしたりしない。ハイタッチぐらいならする事もあるが、胴体を意図的に密着させ、さらに擦り付けるなんてことは、犬としては考えられない。
チェイスは猫アレルギーとは関係なく、距離の近すぎるワイルドに少しドキドキした。
「や、やっぱり、近すぎないか……?」
「これが猫なの。じゃあ、犬はどうするの?」
ワイルドの質問に、チェイスは少しだけ口を噤んだ。
犬にとっての愛情表現──思い当たるものはあるが、それはヘルメット越しではできない。
だが、それを言い訳にお返しをしないのは、フェアではない──と思うのと同時に、なんだか悔しさを感じた。
チェイスは意を決し、ヘルメットを素早く脱ぎ捨てた。
「え、チェイ──」
ワイルドは突然のチェイスの行動に目を丸くした。
そして、チェイスはアレルギー反応が出るよりも速く、ワイルドの頬をペロッと舐める。
「わひゃっ……!?」
猫アレルギーを持ってるチェイスがヘルメットを脱ぎ捨てたことに驚く間もなく、頬を舐められたワイルドはその行動に驚愕し、反応しきれなかった。
チェイスはすぐさま後ろに飛び去り、ワイルドから離れる。
「は、はっくしょい!」
当然のアレルギー反応。しかしそれにも負けず、チェイスは頑張って言った。
「こりぇが……はっくしょん! 犬の……っくしょん! 甘え方……はーっくしょん!」
チェイスはワイルドから離れても、しばらくクシャミが止まらなかった。
「く、口の中に猫の毛が……はっくしょん! ま、まーしゃ……はっくしょん! うぉーたーじぇっ……はっくしょん! 口の中に……はっくしょん!」
チェイスはクシャミの度に跳び上がりながら、急いでマーシャルを探した。
すっかり残されてしまったワイルド。頬には、チェイスに舐められた感覚がまだ残っている。
「……猫も舐めたりするけど、なんか、猫のとは……ちょっと違った……」
ワイルドは無意識に自分の手をザリッとひと舐めする。その感覚こそが違和感の正体だと分かった。
「そっか、犬の舌って、猫の舌とは全然違うんだ……」
思わぬ形で犬の舌の感触を知ってしまったワイルド。
チェイスは猫アレルギーだから、もう二度としてくれることはないだろう。それが少し──自覚こそしていないが、ワイルドはものすごく惜しい気持ちになった。