清峰の財布はマジックテープサンプル
それは練習試合の後、いつもの五人組でファミレスへと行った時に起きた事件だった。その日も皆が思い思いに飲み食いして空になった皿が並んだところで、千早がそろそろ帰ろうと号令をかけてレジに伝票を持っていった時だった。
「ちょ、お前マジか!」
「清峰くん!?」
驚きの声を上げたのは藤堂と山田だ。信じられないようなものを見る目で綺麗に清峰を二度見した。千早が店員からお釣りとレシートを受け取っている後ろで何かが起きたようだ。
藤堂くんはともかく山田くんまで、他のお客さんに迷惑でしょう。千早は喉まで上がってきた言葉を飲み込みながら振り返ると、視線の先では要がげんなりとした表情で清峰の手元を見ていた。
「うわー葉流ちゃん、まだそんなダセェ財布使ってんの? さすがに恥ずかしくない?」
「別に……前のやつはチャックが壊れたから。とりあえずこれに入れてる」
「だからってマジックテープはねェだろ!」
「こッ、これは――」
▶▶
山田がエレベーターの行き先ボタンを押そうとしたところで、はたと手が止まった。
「……そういえば、どこを見に行こうか?」
「どこって……財布が売ってる店だろ」
「うん、ブランドとか僕あんまりわかんないから。清峰くんは好きなお店とかある?」
「好きな……店……?」
「山田くん、そもそもマジックテープの清峰くんと要くんなんですから。そういうセンスは論外みたいですよ」
「瞬ちゃんキビシーね! マジックテープは俺、直接関係ないじゃん?」
大袈裟に肩をすくめる千早。いつもの話が進まないやりとりにダルくなってきた藤堂は適当に水を向けた。
「おい千早。確かテメェ、彼女に財布プレゼントしたことあんだろ。なんかそういう良い感じのブランドとか知ってるんじゃねーの?」
「えッ そ、そうですね~! どこのだったかなぁッ? もうッ……忘れちゃいましたー!」
千早は藤堂の言葉に目を泳がせてメガネをカチャカチャ忙しなく動かしている。そういえばそんな設定あったな、と山田は宇宙な猫を背負った顔をした。とはいえ自分もブランドにはあまり詳しくないので、藪蛇にならないように流れを見守るしかないのだが。
仕方ない、このままだと更に話の方向が捻れて明後日の方向にいってしまう。その前に早く何処か向かう先を決めないといけない。