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    runntata_run

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    どんどん人間としての営みが必要なくなっていく体から目を背けてまだ伸びていく自分の髪を必死に手入れする🈁

    夜の静けさの中、よく手入れされたアンティークの鏡台の前に腰をかける。
    銀の髪が瀑布のように肩から流れ落ち、月の光を受けて淡くきらめいている。指先に櫛を取り、ひと筋ひと筋を丁寧に梳いていく。

    味を感じる事ができない。
    お気に入りだった店のケーキを口に運んでも、味がしない。柔らかなスポンジやなめらかなクリームはまるで粘土を噛んでいるようだった。口の中でどろりと重たく、土のような無機質な感触が広がる。クリームはべっとりと舌に絡みつき、苺の果肉はただの湿った塊にすぎない。噛んでも、飲み込んでも、味はどこにもない。

    眠る事ができない。
    いくら目を瞑っても、意識が遠のく気配はない。寝返りをうってはため息をつき、再び目を閉じる。そんな眠りの真似事を随分繰り返してきた。

    ヒトの営みは、気づけばほとんど手からこぼれ落ちてしまった。

    けれど髪だけは、なお伸び続ける。

    「……まだ、私は、人間でいられている」

    小さく呟いた声は、鏡の向こうの自分へ宛てた祈りのようにも感じられた。
    絡まった毛先をほどき、艶を取り戻すように手櫛で撫でる。指の腹に感じるわずかなざらつきさえも、確かな「生」を教えてくれる。

    もしかしたら、それはただの自己暗示なのかもしれない。
    けれどこの長い髪を失えば、自分はもう完全に「人」ではなくなる気がして、私は櫛を握る手に力をこめる。

    鏡に映る顔は、少し疲れているようにも、必死に笑みを保とうとしているようにも見えた。
    それでも私は櫛を動かし続ける。人間である証を、最後まで手放さぬように。
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