夜の静けさの中、よく手入れされたアンティークの鏡台の前に腰をかける。
銀の髪が瀑布のように肩から流れ落ち、月の光を受けて淡くきらめいている。指先に櫛を取り、ひと筋ひと筋を丁寧に梳いていく。
味を感じる事ができない。
お気に入りだった店のケーキを口に運んでも、味がしない。柔らかなスポンジやなめらかなクリームはまるで粘土を噛んでいるようだった。口の中でどろりと重たく、土のような無機質な感触が広がる。クリームはべっとりと舌に絡みつき、苺の果肉はただの湿った塊にすぎない。噛んでも、飲み込んでも、味はどこにもない。
眠る事ができない。
いくら目を瞑っても、意識が遠のく気配はない。寝返りをうってはため息をつき、再び目を閉じる。そんな眠りの真似事を随分繰り返してきた。
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