それはきっと恋「菓彩。」
少し前を歩く、見慣れた後ろ姿に声をかける。
名前を呼ばれて振り向いた彼女は怪訝そうな顔をした。
「品田か。どうした?何か用か?」
不仲ではない。かと言って特別仲が良いわけでもないただの同級生のひとり。菓彩と俺の関係性は、端的に言うと微妙なものだ。幼なじみのゆいと彼女が共にプリキュアとして闘ったり、俺自身もブラックペッパーとして彼女たちと共闘したり。あの1年を通して以前よりは親しくなったと思っているが、例の件が解決してからは必要性が減ったこともあり、学校で話しかける機会も少なくなっていた。
ましてや、高校に進学してからは尚更。なんだかんだ同じ地元の高校に進学したが、学校内で特段仲良くすることもなく、たまに学校の廊下や通学路で見かける程度だった。そもそも俺が菓彩に少し苦手意識を抱いていることは一旦ここでは置いておこう。
「いや、ちょっと、」
「…ゆいのことで何か相談でも?」
「ちがっ…!ん"ん"……どちらかと言えばお前の話なんだが。」
「私…?」
「お前、あれからナルシストルーと頻繁に会ってるだろ。」
それまで怪訝そうに眉をひそめていた菓彩が大きく目を見開いた。すごい顔。
というか、バレてないとでも思ってたのか。
「たまに会ってはいる、が、」
「菓彩が週末になったら歳上らしき長髪イケメンとデートしてるって高校でそこそこ話題になってるぞ。」
「デート?!?!!そんなんじゃ、」
一際大きな抗議の声が上がった。自ずと口角が上がっていくのが自分でも分かる。意地悪く質問を重ねた。
「付き合ってるんじゃないのか?」
「付き合って、は、いない、」
妙に歯切れが悪い。いつも自分の意見をハッキリ言う菓彩らしくなく、からかうつもりで用意していた言葉たちが行き場を失った。
ナルシストルーは俺たちの敵、だった男だ。俺も散々な目に遭わされたし、ゆいたちだって痛めつけられてきた。中でも菓彩は彼から洗脳のようなものを受け、当初の恨みは相当強かったはずだ。
「そもそもあいつ今は何してるんだ?」
「こちらの世界で研究職として働いている。」
「へぇ。」
「セクレトルーとジェントルーもこちらで暮らしているぞ。フェンネルは向こうにいるみたいだが、今でもたまに連絡を取りあっているようだな。」
「詳しいな。」
「私も彼らとは連絡を取りあっているからな。」
彼女は当時を懐かしむかのように微笑んだ。
「で?」
「ぐっ……」
俺がこれで誤魔化されると思ったのか、はたまた上手く話が逸れたとでも思ったのか。
「いや、別にお前たちが付き合ってても付き合ってなくても俺はどっちでもいいんだ。」
「…じゃあ、なぜ聞いた?」
お約束のようなジト目。少し恨みを含んだような視線が痛い。
「また危ない目に合ってるんじゃないかと思って、ちょっと気になっただけだ。」
「…品田も大概お人好しだな。」
「今までのナルシストルーを考えたら普通じゃないか?まぁ言いたくないなら別にーー」
「あいつとは本当に何でもないんだ。」
今度は俺が目を見開く番だった。まさか正直に暴露するとは思わなかった。
「たまに休日に出かけてるのも、食材だったり料理を見に行っているだけだ。あいつの食べられるものが少しでも増えればと思って。」
甘さと苦さを混ぜ合わせたような声色で静かに告げられる。表情に変化はないから感情を正確に読み取ることはできないけれど、菓彩自身はナルシストルーに対して何か思うところはありそうだった。
「そういえば、あいつ好き嫌いが激しかったんだっけ?」
「ああ。口を開けば文句ばかりだぞ。『あれは食べられない』『これもダメ』『それは食感が嫌だ』。本当に食べられないものが多くて、1日出かけた日はさすがに疲れる。」
これには本当に辟易している様子で、ため息までこぼした。それだけ文句を並べられても「食べられるもの探し」に付き合ってあげている時点でもう答えは出ているようなものなのだが、本人はまだその感情に名前をつけるつもりは無いようだし、突っ込まないでおこう。俺もそこまで意地が悪いわけじゃない。
「でも、私の手料理は美味しいと言って食べてくれるんだ。可愛いところもあるだろう?」
「は?」
ぼそっと菓彩が呟いた言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声をあげた。菓彩はそのまま何事も無かったかのように言葉を続ける。
「はやく帰ろう。今日はゆいたちがうちに遊びに来るんだ。品田も来るか?」
あまりにも自然な受け答えで一瞬聞き間違いかと思った。しかし、何気なく彼女を横目で見て言葉を失った。赤い耳、なんとも言えない表情。フリーズしかけた俺を残して、菓彩はスタスタと歩いていく。
「結局あいつは菓彩の何なんだよ…」
残された俺は1人でぼやいた。