52Hzの号哭最後に見たのは、笑う貴方ではない彼の笑顔
鳥の鳴き声は遠慮なく朝を主張し、明るい空は部屋を満たす。その中で2つの小さな生き物はほぼ同時に起き上がった。
「きょーはひちゃちぶいにみまちたね」
「みちゃいまちたね」
同じ薄い藤色の髪と瞳を伏せた目で向き合って二人は言う。
表情は眠るように穏やかで、逆にどんな感情なのかは読み取れない。ふたりぼっちの部屋の外からは、人が忙しなく動く音が聞こえる。
そして、近くで聞こえるこの神社で働いてくれる誰かの声。
「雀さま、燕さま、朝ですよ」
「「…おやちゅみなしゃい」」
「起きなさい!」
二人が住む神社、「朝華神社(ちょうか)」は全国でも有名な神社である。ご利益、祈祷、願掛けの評判は良し。それだけではなく、外観や庭、広さもあいまって観光スポットとしても有名であった。
つまるところ、「人生で一度は絶対行きたい名所」というわけである。
さらに最近は双子の巫女と覡が生まれ、その子達にお祓いをしてもらうと良いことが起こるという噂でさらに人気がでたのだ。そんな神社は朝から来客やら販売準備やらでバタバタなのである。
その噂の中心の双子の女の子と男の子は巫女装束の女性に捕まり起こされて着替えをもさもさとしていた。
「朝ごはんはできてますよ」
「あい」
巫女の女性に助けられながら着替えをする。二人は洋服ではなく着物である。洋服を着ないわけではないが、普段着が着物なのである。
着替えが終わった二人は部屋を出てよちよちと歩きながら朝ごはんへ向けて女性と歩く。
「おはようございます」
「おはようございます!」
「朝おきれましたか?」
廊下で人にすれ違うたび、みんなから朝の挨拶と笑顔を受け取る。それは丁寧であったり、フラットだったりと様々であるが、彼らに向ける声も顔もみな優しいものだった。
そんな声に小さな二人も見上げて「おはよーごじゃいましゅ」と挨拶をしていく。
挨拶をしながら辿りついた朝ごはん。焼き鮭に白米とお味噌汁、ほうれん草のおひたしに漬物と蒸した鶏のササミの入った煮物。小さな子どもにしてはかっちりとした和食。最近の子なら好まないものが多い。
「いただきましゅ」
「いただきましゅ」
「いただきます」
しかしこの双子は和食が好きだったのである。
「だいこんおよちがないでしゅ…」
しかもシブい
「大根おろしはお昼に出るそうですよ」
「わーい!ぽんじゅでおねがいちましゅ!」
「たまごやきにいっぱいくだしゃい!」
「注文内容が居酒屋…」
大根おろしでキャッキャする子供も珍しい。楽しく会話をしながら丁寧にむぐむぐ朝ごはんを食べて「ごちそーさま」をすると食器を片付けにきた人に「きょうもおいしかったです」とお礼を言った。それから届いた温かい緑茶をズズズッと飲む。
もう完全におじいちゃんおばあちゃんである。
「お散歩は気をつけてくださいね」
「あーい、おしゃいほーおねがいちましゅ」
「きゅーきゅーばこおねがいちましゅ」
「気をつけてって言いましたよね?」
転ぶ前提の返事をして食後のまったりタイムを過ごすと、二人はお茶を丁寧にお盆に乗せて先程言っていたお散歩に向かう。
お散歩と言っても神社内であり、鳥居より先は出ない。まだ人のいない神社で二人は小走りして草木を眺めたり、小石の砂利をじゃりじゃりしたり、願掛けの絵馬を眺めたりして楽しむ。
しかし今日は、なにかが違っていた。
ふと、誰かの気配を感じて二人は振り向いた。
視線の先に居たのはツンツンしたピンク髪をもつ猫目の男の子。学生だろうか、制服を着崩している。その子が、じっと二人を見つめて、驚いていたのだ。
二人はそんな男の子を見つけてギョッとし、そっと視線を戻した。
ドッドッドッと聞いたことない心音と焦り。
だいじょうぶ、まだあわてるようなじかんではない
二人はお互いそう考えて頷く。じゃりじゃりと小石の上を踏む音が近づいて、ある距離で止まる。二人はそろーっと振り向いた。男の子が、先程より近い、ちょっと見上げる程度に近い。
男の子は震える瞳と唇で二人を見つめて言葉を発する。
「すー…さん?」
二人は一斉にその場からダッシュした。
「ちょっ!なんで!!?」
男の子が慌てて叫ぶ声がするが知ったこっちゃねぇ。二人は今までにない程全力で走った。
「まって!怖がらせてごめん!!」
しかし男の子、なんとついてきた。いや所詮小さい子の脚、等と思うなかれ。二人はすばしっこく足も早い、そんじょそこらの小学生陸上部より速い。しかしそれ以上に男の子が速い。人間が出す脚力をしてない。こわ。
「まじゅいのでしゅ!おぼえていゆのでしゅ!」
「このままでやいけないのでしゅ!ちらんぷいちましゅか!?」
「こわわてたとかんちがいちちぇまちゅので!いけしょーでしゅね!」
「ねぇ!もしかして覚えてんの!?覚えてるとかしらんぷりとか!すーさん!」
「「み"ーーーーーーっ」」
小さい子のヒソヒソ話は、ときにヒソヒソではないのである。男の子が二人より先回りして道を塞いだ。
「俺のこと…覚えてねーの…?ゆうじ、虎杖悠仁だよ…!」
泣きそうな顔で彼はたずねる。雀も燕も静かになり、その気持ちに免じて「おぼえてる」と伝えた。
「すーさん…よかった…また会え」
「でも、ここにきちゃいけましぇん」
「え…」
「おかえいくだしゃい」
ほっと安心した声を出した虎杖に対して、二人は淡々と言葉を出した。
「いまはここでげんきにいきていゆのでしゅね」
「わたちたちはそれがわかっただけでいいのでしゅ」
「何言って…」
「おかえいくだちゃい」
「もうちばやえることもないのでしゅ」
「違う!俺はそんなこと思ってない!」
虎杖は叫んだ。嬉しそうな顔から悲しそうな顔へと歪め、それでも二人をまっすぐ見つめた。
「がくしぇーしゃんでしょー?はやくいかにゃいとちこくちましゅよ」
「ぼくたち、ゆーじくんにあえてうれちかったでしゅ」
「でも…」
「いってあっしゃい」
「おげんきで」
ぺこりとお辞儀をして、二人はそそくさと神社の奥、立ち入り禁止の扉を超えていった。虎杖はその場で二人がいなくなるのをただただ見ていることしかできなかった。
朝華神社では、双子の巫が個別でお悩み相談をすることもある。事前に予約をして、二人に相談をするというカウンセリングのようなことが行われているのだ。
「燕さま、雀さま。本日のご予約のお客様をご案内しました」
「よろしくおなしゃーす!」
「そうきまちたか…」
そんな公式的に対面ができるお悩み相談を虎杖は使ってきたのだ。
ぐぬぬと眉間をくにゃんと歪めて二人はニコニコしている虎杖を見た。
「きたりゃめっていったでしょ!」
「こんなことまでちて!」
二人は座布団にちょこんと正座しながらぷんぷく怒っている。虎杖はそれに謝りながら対面に置いてある座布団に同じく正座をした。
「相談は嘘じゃないからさ」
「なんでしゅと」
「でもその前にどうしても言いたいことがあってさ…俺、今度もすーさんと一緒に居たいよ」
「後悔とか、謝りたいとかそういうのいっぱいあるけど…でも、すーさんと一緒に遊んで、出かけて、前世できなかったことをやりたいんだ俺!」
「…」
「あ、すーさんの両親に説明できねーな…じゃぁ話そうぜ!前世できなかった会話!たくさんしようよ!」
「ゆーじちゃ…」
「そんですーさんが気になったものとか、場所とか決めて遊びに行こうぜ!伏黒も釘崎も連れてさ!」
「おまちくだしゃい」
虎杖の言葉にうるうるしていたすーさんこと雀と燕は待ったをかけた。
「めぐちゃんものばちゃんもいゆんでしゅか?」
「え、あっ言ってなかったっけ?」
「しいちゃかっちゃけどききたくにゃかったでしゅ…」
「ほかにも先輩たちいるし…あーでも五条先生とかはまだ見かけてねーな…」
「こ、こにょしぇかいはどうにゃっていゆんでしょうか…」
「かみちゃまへんにがんばいしゅぎなのでしゅ…!」
二人が抱きしめ合ってぷるぷる震えているのを虎杖は苦笑いしてみていた。
「みなしゃん、まえのきおくは…」
「なかったよ、俺だけ」
「そうでしゅか…」
けれどそれでよかったのかもしれないと彼らは思った。新しい世界で感じられなかった、体験できなかったことをしてもらえたら良いと。
前世で何度も願ったことだった。
「ちょっと寂しかったけど…まぁ、なくてよかったって思う」
「ぼくはゆーじくんもないほーがうれちいでしゅ」
「ゆーじちゃんはなんできおくがあったんでしょーね」
「俺もそれ知りたかった!すーさん知らないっぽい?」
首をこてーんと傾げて眉間にしわを寄せてむむむと考えて、もちかしてと声をかける。
「じゅれーとふかくかかわったひとたちが、おぼえていうのかもちれましぇん」
「呪霊と…」
「わたちたしはもともとじゅれーでしゅ、ゆーじちゃんはしゅくなしゃんがいまちた」
「なるほど」
「しゅくなしゃんもおぼえてましゅしね」
今度は虎杖はうん?と首を傾げた。前の自分なら気づかない違和感。
「宿儺が覚えてるって言った?」
「あい」
「それって、宿儺もいるってこと?」
「あい」
「ちゅれてきましゅ」
雀が立ち上がって障子を開けて飛び出した。虎杖は混乱と警戒で体を固くする。燕はその様子を見て説明をし始めた。
「しゅくなしゃんはここにいましゅ。でもまえほどきけんではあいません」
「でも…!」
「ぼくたちとけーやくちましたので、だいじょーぶなのでしゅ」
「契約?」
「ちゅえてきまちたー!」
開いた障子からにゅっと雀が戻ってきた。虎杖は構えるが、姿が見えない。それどころか人の形すらない。
「ゆーじくんしたでしゅ。ちた」
「下?」
言われた通り視線をしたに下げると、雀の手には獣の足の肉球が見え、それをなぞるように視線をずらしていくと、一匹の子虎がいた。
雀は子虎の両後ろ足をもって引きずってここに帰ってきたのだ。
「えーー!?何してんの!?」
「これがこんせのしゅくなしゃんでしゅ」
「そうなの!?」
「やかましいぞ小僧…!」
「ほんとだーー!虎になってもわかりやすい!!」
虎杖が想像していた、というか想像から斜め45度にぶん投げられた容姿と事態に大混乱していた。
「こんしぇのすくなしゃんはしきがみとして、わたちたちとけーやくちました」
「式神!?」
「いえのくらをしやべてたあ、しきがみのしょもつをみちゅけまちて。よんだらすくにゃしゃんがでてきまちた」
宿儺と契約して式神になったというパワーワードが飛び出し、虎杖はどうやってあの宿儺を従えたのか気になったり、そもそも大丈夫なのかという心配だったりと感情が忙しい。
「だいじょーぶでしゅよ」
「だって宿儺引きずってんだけど!?絶対殺そうとして…………あれ」
散々夢の中で(命を)もてあそばれた虎杖は雀と宿儺(子虎)を引き離そうと動いたが、一向に宿儺(小虎)が動く気配がなかった。あの気にくわなければスパスパと人の頭をぶった切っていたあの宿儺が。
「え…なに、宿儺どうしたん…?」
あまりの大人しさに心配し始める始末である。
「さいしょのころはいっぱいげんきにあばえてたんでしゅよー」
「みっかぐらいでしじゅかになっちゃいまちた」
「えぇ…?」
あの宿儺をもおとなしくさせる手段とは…。虎杖が困惑して宿儺(小虎)と雀と燕を交互に見ていると、宿儺(小虎)が低いため息をついて言葉を発する。
「このガキどもに付き合うと碌なことにならん」
「付き合う?」
「しゅくなしゃんとあしょびました」
「いっぱいあそびまちた」
「もう俺は絶対に遊ばんぞ……絶対に…!」
「あぁ…」
子供というのは無邪気故に加減がわからないという。きっと宿儺はその無邪気に巻き込まれて想像もできないような遊びに付き合ってしまったのだろう。あの頃の畏怖と威厳はもうなく、赤ちゃんに尻尾を掴まれて痛い思いをした猫である。
虎杖は心の中で少しだけ合掌をした。
「すくなしゃんもおぼえているのでしゅ。じゅれー、じゅれーとふかーくかんけいちたちとたちがおぼえていゆかのーしぇーがあるのでしゅ」
「ということは、俺以外の人は覚えてないってことか」
「そーなりまちゅ」