「……」
「……あ、気にしないでそのままどうぞ」
「いやおかしいだろ!!」
ルークの叫びが勇者の館、中庭から響いたのはまだ朝日が昇り始めたばかりの時間帯だった。
早朝というよりは夜明け前の深夜からの鍛錬を終えて井戸の側で水浴びをしていたところに、たまたま早起きしてきたらしいナツ子が洗顔用の水を汲みに井戸に来た、という状況。そういったことは、ままあることではあった。
ただ今朝に限っていうなら、ルークが下穿きを脱ごうと丁度手をかけたタイミングだったために、冒頭のやり取りに戻る。
「鍛錬で汗かいたし、頭から水も被っちゃったしで面倒だ上着も下着も一緒に洗濯しちゃおー、とかそういう流れっしょ?どーぞどーぞ、脱いでどうぞ。私は気にしないから」
「気にしろ!そして俺は気にする!!」
「えー?大丈夫だよそっちみないから」
「そういう問題じゃない!!」
出だしから怒りと羞恥で顔を赤くしているルークに対し、ナツ子は涼しい表情を全く崩すことなく「今日の朝ごはん、何?」などと質問しつつ、ルークの手から桶を奪うと水汲み作業を開始した。
まだ何も脱いではいないものの、全身濡れネズミ状態+ほぼ下着姿を晒してしまったルークは、手近にある大判の布をマントの様に羽織ってぐるりと体を包むと、ナツ子の無粋を非難する。
「男の水浴びを覗く趣味でもあるのか、お前は!」
「無いよそんなの。筋肉の動きには興味あるけど、ルークはモデルになってくれないじゃん」
「それは、前にナツコがいきなり服を脱がそうとしてきたからだろ」
「服脱がなきゃ筋肉デッサンのモデルにならないじゃんか」
「いきなり服を脱がす奴があるか、少しは慎みをもて!」
「男の裸なんて見慣れてるし別に今更って感じなだけで、私の慎みがあるか否かには関係ありませんー。そんなに見られるのが嫌ならちゃんと隠れて水浴びしなよ」
はた、と。ナツ子の発言に顔を青くしているルークは、わなわなと震えながら「男の……裸……!?」と鸚鵡返しに訊いてくる。
「見慣れている、とは」
「夏場に家の中全裸で徘徊するとか、お風呂のタイミングですれ違うとか、一緒に生活していればよくあるじゃん」
「一緒に?!誰と!?」
「私の兄貴。だけど……?」
それが何か?と首を傾げるナツ子に、拍子抜けしたような表情で固まったルークは、毛先から滴ってくる汗とも水とも判別できない水分が頬を伝っていく感覚でハッと意識を取り戻した。
「兄君……が、いるのか?お前に。初めて聞いたぞそんな話」
「いや、そもそも訊かれなきゃ家族構成なんて言わないっしょ。まぁ、仕事始めてからは離れて暮らしてるから暫く会ってないけど、実家で一緒に暮らしてた頃は普通に仲良かったよ」
「そう、なのか」
何か複雑なものを含んだ状態で呟いたルークのセリフに首傾げつつ、「ねえルーク、ちょっと失礼」と声をかけたナツ子は、考え込むようにして目を瞑っていたルークの剥き出しの腕に触れた。
するすると肩口から肌の上を滑り指先までを満遍なく撫でたナツ子の指の冷たさに驚き、それ以外の何か由来で背筋に走った謎の痺れに焦ったルークは、対ヴォイド戦の時に負けずとも劣らない俊敏な動きでナツ子から飛び退き、濡れた足の裏で多少着地に失敗しつつなんとか両足を地面につけると「気安く素肌に触れるな、痴女か!」と抗議する。
「やっぱ服の上からよりわかりやすい筋肉。適度な肉付き、上腕部から前腕部への導線が美しい〜いい筋肉じゃん!」
ルークに触れた右掌をワキワキと動かしながら、にんまりと口の両端を上げて笑うナツ子を、信じられない、という気持ちを全面に押し出したルークは睨め付ける。
「っ!変な触り方するんじゃねーーーーーーーーーーーーーー!!」
「研究熱心と言ってくれたまえよ、勇者くん」
ふん、と鼻を鳴らすナツ子に対し、顔全面を真っ赤にしながら本日二度目のルークの大絶叫があたりに響いた。