刀剣女士のやつ② 薄暗い部屋に白く光が広がり、舞う桜の花弁を透かしている。それがふわりと、祭壇を囲む水面に触れて波紋が広がった。
現れたのは一人の女性。親近感の湧く焦げ茶の髪、右目の下にはほくろがある。深緑のマントや若葉色の瞳など、同じ刀工の作らしくこてくんと共通点が多いが、彼女は指先とブーツにも鮮やかな黄緑を纏っている。私の中でのイメージカラーは一瞬で黄緑になった。
身長はずおくんばみくんと同じくらい。女士で言えば曾根ちゃんとほぼ変わらないかな。ただ何というか、華奢。シルエットから分かってはいたもののショートパンツから伸びる脚はタイツ着用だとしても細く、長いまつ毛が影を落とす肌は生白い。柚ちゃんもちっちゃくて可愛くて華奢だけど、それとはまた違う。雰囲気としては数珠丸さんに近いかも。色白で細いと言えばパパ上もそうなのに、違うよなぁ。あちらは色白を超えてもはや白色だし言動が神格を帯びていて人ではない感じが強いからかな? 黒和江さんは人間にもいるレベルの白さと細さだから、儚さに現実味があるみたいな。
「郷義弘が作刀、黒和江です。これからお世話になります」
「待ってました黒和江さん!」
「おお?」
肩透かしを食らったというか、虚をつかれたというか。とにかく顕現早々、黒和江さんはびっくりした顔をした。私の声が大きすぎたのかもしれない。
というか私もびっくりした。結構表情が大きく変わる。しかも方言っぽい!
彼女は隣の御手杵くんに「はじめまして〜」と会釈して、「おっ、ご丁寧に〜」なんて返されている。そして少しそわそわした様子で私を窺った。人見知りはあんまりしないタイプなのかしら。気まずさは感じてなさそう。
「私は審神者の梢、それからこちらが天下三槍の御手杵くんです」
「よろしくな。お前のことは色々聞いてるぜ」
「色々とは……!? 三名槍に知られてるの怖いんですけども」
「本丸案内するねくーちゃん!」
「くーちゃん了解」
ノリも良い。コツコツとヒールを鳴らして、私と御手杵くんの後ろを着いて来ようとするくーちゃん……の隣に、御手杵くんが並ぶ。おっと?
「よく迷子になるって聞いてたからさ。隣にいた方が良いのかなと思って」
「だっ……あえ、誰に聞いたんですかそれ?」
「日向正宗とか」
「日向くん!? おるんすか!」
「くーちゃんの一つ前に来たんだよ〜」
「おー……! 日向くんな、石田三成様のとこで一緒やったんですよ」
御手杵くんは気さくで朗らかな刀で、脇差たちとは仲が良い。それに、面識は無くとも結城家で他の刀剣から話をよく聞いたらしいからくーちゃんに好意的だろうとは思っていたけど、まさか世話を焼こうとするなんて……! テンションが上がってニコニコしてるくーちゃんを見て微笑んでいるし、なんか新しい一面が見られたって感じで嬉しいな。
本当なら日向くんを部隊に入れてお迎えしたかったけど、残念ながら練度が足りず。御手杵くんを始めとした第一部隊の皆にはかなり頑張ってもらい、ついに玉が十万個集まった。満を持しての顕現という訳である。日向くんの「早く会いたいな」という言葉を胸に、ここまで出陣しまくってくれた皆には大感謝だ。
そんな日向くんに、十万個を達成したことはまだ伝えていない。というか、第一部隊以外まだ知らない。これはくーちゃんに限った話ではなくて、新しい仲間が来たときはその場にいた刀の中から顕現に立ち会ってもらう一口を決める。鍛刀なら近侍だし、ドロップなら拾った部隊から一口だ。ちなみに曾根ちゃんのときは大般若さん、柚ちゃんのときは当時第二部隊の乱くんだった。
思えば最初の刀剣女士実装から、驚く程短いスパンで三口目が来たものだ。順番で言えば曾根ちゃん、柚ちゃん、日向くん、くーちゃんだもの。自分が実装されてしばらく音沙汰無かったのに突然政府から知らされて、しかも妹だったときの大般若さんの驚きようと言ったら。シルエットが公開されて爆速で「妹だな」と看破したのに直後「妹?」と若干困惑していた。乱くんと柚ちゃんは抱き合って喜んで、その後の本丸案内中ずっと手を繋いでいて大変可愛かったな。一期さんが大量の桜を撒き散らすので通りがかった貞ちゃんが驚いていたし、柚ちゃんに気づいてものすごい勢いで駆け寄って来たのがそれはもう可愛かったし。
公に紹介するのは大抵、長時間の遠征に行っている刀を除いて全員が集まる夕飯前。歓迎会は顕現したのが午前中ならその日の晩に、午後なら翌晩に行う。今日は既に日が落ちかけているし、明日一番忙しくなる厨当番の皆には早めに紹介しておくが吉。そして今週、日向くんは厨当番なのである。なので向かうは厨だ。そろそろ準備を始めているだろうし。ついでに今夜のメニューをフラゲしちゃおう。
「忙しいとこごめんね、日向くんいるー?」
「ん? どうかした……」
梅干しの壺をうきうきで開けようとしていたところだった日向くんは大きく目を見開いて、流れるように木の蓋を置きくーちゃんに飛びついた。鍋やフライパンを取り出していた光忠くんや堀川くんはびっくりしていたけど、すぐに納得したようで顔を見合わせて笑っている。かく言う御手杵くんも微笑ましげに見守り、私は腕を組んで頷いている。
「黒、久しぶりだね」
「よぉ日向くん、お久しぶりぃ」
「会いたかった。来てくれてありがとう、黒」
「なんや熱烈やね……まぁ、私も会えて嬉しいよ」
「よく迷子になるから、鍛刀じゃ来れないだろうと思ってた。確定報酬で良かったよ」
「その謎の迷子情報なに、どこ発信源なん? 御手杵さんも知っとったけど」
「徳川の光忠に送り届けられたことあったよね。それと黒田の一文字にも。石田の兄上が苦労してた」
「んぎ……その節は……」
姉弟のような兄妹のような、気の置けないもの同士の 会話だ。気になる単語がいくつも出てきてちょっと知りたい気持ちはあるが、とりあえずここにいる面子に紹介しなくては。
「こちら、さっき顕現したばかりの黒和江さん!」
「あ、よろしくお願いします」
「僕は燭台切光忠、よろしくね。徳川のって言うと、実休光忠かな?」
「そうですそうです。本体と離れてどこまで行けるんやろかと思ってふわ〜ってしとったら迷っちゃって、そこを助けてもらいました」
「危ないね!?」
「結構お転婆さんですね、放っておけない感じが兼さんに似て……あ、僕は堀川国広です! よろしくお願いします」
「お転婆か……むしろ破天荒、いや変物かな……?」
「日向さん? すごい言い様じゃない? 初対面の方々の前でそんなん言われて私どうすればいい?」
「やっぱり聞いてた印象と結構違うなぁ」
「どう聞いてたの?」
「んー、白くて細くて……寂しがりで、そのくせ目を離すといなくなってるやつ」
「あぁ、そう聞くとこう、儚げなイメージあるね」
「だろ?」
「間違ってはいないんだよ。白くて細いのは見ての通りだしね」
儚くて線の細い女の子って第一印象を抱いてからそこまで時間は経っていないけれど、くーちゃんはどちらかと言えば快活な方だと分かる。あと、喋るのも聞くのも好きなのかなって。でも人がわいわい騒いでる中じゃなくて、それを外から眺めてる方が好きそう……これはちょっと偏見かもしれない。
戦闘になると性格や口調が変わる刀が何口かいる。例えば安定が分かりやすい例だ。くーちゃんもそうならまた印象は変わるだろう。来週には近い練度の刀で──まぁ一レベってことだけれど──部隊を組むことになるし、それまでに恐らく手合せだってするだろうし、これからもっとくーちゃんのことを知れると思うとわくわくする。楽しみ!
「あ、今夜のお夕飯って何?」
「肉じゃがですよ」
「えっ最高! コロッケ分も作ってくれる……?」
「勿論! 君好きだもんね」
「やったーっ! くーちゃん肉じゃがって分かる!?」
「分からんです」
「あのね……めちゃくちゃ、美味しいよ……」
「なるほど……?」
刀剣たちは総じて人間初心者なので、食事をしたことがないし睡眠も取らなかったそう。それが料理を作るのが楽しいと思う刀がいたり昼寝しまくる刀がいたりと、人間生活を謳歌してくれていて何故だか誇らしい私である。
それにしても、やっぱり刀によって知識に差があるなぁと、新しい刀が来る度に思う。生まれた時期は当然のことながら、保存されている地域にも左右される。例えば平安刀の三日月と最年少の和泉とじゃ知識も感覚も違うし、現存しているか否かによっても大きく変わる。
『越中国の刀工、郷義弘作の脇差。関ヶ原の戦いが終わった後、持ち主であった石田三成の斬首と共に独りでに折れたとされる。修復されず保管されていたが野盗に奪われ、現在は所在不明』
黒和江の説明として、政府が公開した文書にあった。つまり彼女は、折れてからの方が長い歴史を持つ刀。
刀にとって折損は、人間の死と同義なのだと審神者は知っている。
「ねぇ、黒」
「なに?」
「僕、厨当番なんだ。燭台切と堀川と一緒に美味しいご飯を作るから、楽しみに待ってて」
「んぇ、うん。分かった」
「それで、明日も明明後日も、その次の日も。いなくならないでよ」
縋るような悲壮感は無かった。ただ再会を喜び、心からそれを望んでいると分かる声だった。日向くんはよく『次はうまくやろう』と言う。今のもそれと同じで、かつて来なかった明日を新しくやり直したいと願う、前向きな言葉だった。
また明日で別れるのは私も好きだ。おやすみも好きだし、おはようも好き。だから、日向くんがくーちゃんとそうして別れてまた顔を合わせられることを本当に嬉しく思っていると気付いたら私まで嬉しくて、じわじわと胸の内が温かい。
彼らに限ったことではないけれど、付喪神も出会いと別れに一喜一憂するものなのだ。
「……そうな。楽しみやね」
何かを濁したくーちゃんに、きっとこの場の全員が勘づいただろう。それには誰も触れなかった。
今夜は肉じゃがというハッピーな情報も聞けたし、本丸案内の途中だしでそろそろ次に行こう。
「引き止めてごめんね! 明日は歓迎会するから、増援のお願いしとく。誰いると助かるとかある?」
「それなら歌仙くんと、蜻蛉切くんかな」
「そうですね。江雪さんもいてくれると心強いです」
「鳴狐も」
「把握! よし、じゃあ行こっか。次はー……あ、こてくん今日畑当番だ! 畑行こ畑!」
「お、篭手切すか! なんか緊張するわぁ」
「会ったことないんだよな」
「そうなんすよ」
「柚ちゃんも畑だし、挨拶しちゃおー」
畑かぁ、何も分からんなぁ、と呟くくーちゃんを見つめる日向くんは、少し迷った末に口を開いた。
「黒、また後でね」
「うん、またねー」