別れの前に小夜曲を 明日、俺はこの艇を降りる。
長期間使用してきた個室の片付けと荷造りを粗方終え、元々備え付けられていた物と置いていく物だけが残った部屋を見渡していると、背後からこつん、と一度だけ扉を叩く音が聴こえた。
何かを躊躇っているような控え目なノックに返事はせず、無言のままドアノブに手を掛ける。
控えめに開いた扉の向こう側にいた、白い寝間着に身を包んだ小柄な訪問者は、こちらに気付くと微笑みながら細い腕に抱えた枕の存在を主張してくる。それは『今日は一緒に寝たい』と珍しくわがままを言ってきた彼女に持ってくるよう言った物だった。
一つのベッドで共に眠ることは何よりも幸福な時。別れる前日にそれを求めるのは当然と言ってもいいだろう。
7241