その日のことはよく覚えている。
当時弟を妊娠中だった母が、早産で入院することになったため、俺は近所に住む貞宗さんの家にしばらく預けられることになった。
貞宗さんは父方の親戚で、一軒家に一人で暮らしていたから、預け先にちょうどよかったのだろう。
俺よりも二回りほど年上で、ピンと張った背筋に褐色の肌、そしてギョロリとした大きな目が特徴的な人だった。
正月の集まりではいつもお年玉をくれて、畑で採れた野菜を持っては、よくうちを訪れた。
会うたびに頭を撫でてくれて「大きくなったなぁ」と快活に笑うこの人に、俺はよく懐いていた。
両親が共働きだったから、学校帰りはよく貞宗さんの家に行っていた。チャイムを鳴らすと「いらっしゃい」と俺を招き入れ、麦茶を出してくれる。両親が帰ってくるまでの時間は、宿題を見てもらったり、庭の畑を手伝ったりして過ごした。両親の帰りが遅くなる日はそのまま夕飯をご馳走になったし、泊まる日もあった。そんな日は、貞宗さんは決まってカレーを作ってくれた。小学生の俺の舌に合わせた、甘口のカレー。母の作ってくれるカレーも好きだったけれど、貞宗さんのカレーは、たまにしか食べれない特別な味で、俺はこれが一番好きだった。
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