「ありがとうございました」
「ありがとう」
いつも利用しているカフェでテイクアウトのコーヒーを購入し、店員のありがとうございましたの声に返事をしながら踵を返す。さあこの後もうひとふんばりするかと気持ちを切り替えながら少し進んだところで背後のカウンターが騒がしくなる。
先ほどまで自分が注文していた隣のカウンターで、男が店員にクレームをつけている。特に声を大きくしているわけでもないのに耳に通りやすいからか聞こえてくる内容を聞いていると、店員がオーダーミスをしたようだ。
「これは私が頼んだものではない」
「えっ、あっ、」
「早く作り直せ」
「あ、す、すいませ」
「聞こえなかったのか?謝っている暇があるなら早く、」
「あの、これまだ口つけてないので、良ければ交換しませんか」
「は?」
「作り直せということはコーヒーは欲しいんですよね?でも先は急ぎたい。聞くつもりはなかったんですけど、隣で聞こえてきたオーダーとこちらは一緒のものです。あなたさえ良ければ、これを交換すれば時間は無駄になりませんよ」
「そんなことをしてあなたに何かメリットがありますか」
「いいえ?でもこうすればいちばん丸く収まると思いまして」
確かにオーダーを間違えたのは店員のミスになるが、最近顔を見るようになった新人で、まだ学生さんに見えるから、早口な上に平坦な物言いで詰められたらかわいそうである。
ちらりとレジカウンターにいる店員に視線を向けたのを相手も気付いて、同様に青ざめている店員を視認したからなのかひとつ頷いて提案に乗ってくれた。
「まあいいでしょう。おせっかいなあなたの提案に乗ることにします。おい、そこの従業員。次はきちんと復唱して間違えないように。この借りは近々返します」
「え?」
「ではまた」
男はさくっとコーヒーを交換し、律儀にミスをした店員にアドバイスをしてやり、こちらには借りは返すと宣言してから颯爽と店を出ていってしまった。
まさかあちらが自分のことを認識しているとは思わなかった。
実はまったく知らない人ではなく、別部署で働いている人間だと認識したのはつい最近である。
このカフェを利用し始めた時はほんとうに気がついていなかった。そのうちやけに視界にキラキラしたものが時々入ってくるなと思うようになり、キラキラしていないときはふと、今日はキラキラしていないなとまで思うようになってしまった。
そんな頃にいつもは寄り付かない部署に用事を肩代わりして赴いたときに、カフェで見るキラキラが目に入ってきた。
そこで初めてキラキラが、まるで彫刻のように整った顔の男の金髪だと理解した。まさかそんなことがと思ってそのときは唖然としてしまったが、次にカフェでキラキラが目に入ってきたときにきちんと見てみたら、まさにその男であった。
後であのキラキラの男を知っているかと同僚に聞いたら信じられないものを見るような顔をされたが、ちゃんと教えてもらえた。
教えてもらったら、だいぶ前にやけに顔のいい男が入ってきてそいつがまた天才でみたいな話を聞いたことがあったが、そいつのことだったらしい。
部署も違うし自分には関係ないことだと思ってすっかり忘れてしまっていた。
そんなやたらと顔もよくて天才だと噂されるような派手なやつは目立つから、こちらが一度認識してしまえばなかなか忘れることはない。
しかし自分のような顔も頭も能力も平均の、取り立てて目立つことがないような別部署で働く人間を、あちらが認識しているとは思っていなかった。
借りを返すとは言われたがまあ社交辞令だろう。
社交辞令だろう、そう思っていたのに、調べたのか社内メールであちらからコンタクトをとってきた。借りと言われても、礼をもらうような大したことをしたつもりはない。むしろ交換しませんかなんて急な提案を受けてもらえるとも思っていなかった。そういったことをもう少し当たり障りない丁寧な文にして、気にしないでいいですよというような内容にして返信する。
こうしてメールでやり取りをして、なんだか不思議な気分になる。
たまたま同じ店に通っていて、通う時間が被っていたものだからうっすらと認識はしていたが、同じ店で遭遇する常連客同士なだけだった。それが自分があちらを認識し、あちらもなぜか自分を認識していて、だからこそ先日の件でこうやって社内メールでやり取りができてしまう。
それでも借りのことは気にしなくていいと返信はしたし、先日の件は突発的に口を挟んでしまったが、これを機に仲良くしようというようなことでもないからこれきりだろう。
「え、あれっ?」
いつも利用しているカフェでテイクアウトのコーヒーを購入しようとして、財布もスマホも忘れてきたことに気が付いた。これはやっちまったなと思いながら商品のキャンセルをしようとしたら、張ってもいないのに妙に耳に入ってくる声が割り込んでくる。
「失礼、こちらの彼の分も一緒に」
「えっ?あっ!」
「借りは近々返しますと言ったでしょう。私は出来ないことは口にしませんので」
「それは不要ですと返信しましたが」
「私はそれにわかりましたと返しましたか?」
ああ言えばこう言うとはまさにこのことだな。これは店員さんも困っているし、こちらが折れた方がいい。
「はあ、わかりました。有り難く頂戴致します」
「理解して頂けて何よりです。では彼の分も一緒に私が支払います」
「頑固だとよく言われませんか」
「初めてかもしれませんね。言われないだけかもしれませんが」
「よかったじゃないですか、正しい評価を知ることが出来て。まあ、助かりました。財布もスマホも忘れてきてしまったので」
「借りは返すと口にしたことを実行したまでです。それではこれで」
用は済んだとさっさと先を行く男に急いで声をかける。
「あなたも休憩中だったんですよね?お疲れさまです。コーヒーありがとうございました!」
振り返った男はなぜか虚をつかれたような顔をしていて、驚いている様子だった。何か驚くようなことを言っただろうか。社会人としてごく普通のことしか言ってないと思う。
何かを理解したのかひとつ頷くと、そのまま踵を返してその背中が遠ざかっていく。
よくわからない人だな。天才だと噂されるような人物だし、天才はやっぱり変わり者が多いのかもしれない。
財布を忘れてコーヒー代を払ってもらったあの時から、相変わらずあの男と結構な頻度で遭遇する。
自分もカフェを利用する時にテイクアウトだったり、店内で食事をしていく時もあるが相手も同様で、テイクアウトしてすぐに店を後にする時も、席に座って作業をしている時もある。
あれから特にお互い声をかけることはないが、意識にキラキラが入ってくるとついつい目で追ってしまう。
大きな変化を迎えることなく過ぎていく日常で、キラキラを見るのが楽しくなってきていた。楽しくなってきた頃に、カフェを利用していて何かが足りないような気がして、何だか落ち着かない日々を過ごした。
落ち着かない日々を一週間と少し過ごした頃、カフェでまたキラキラを観測することが出来た。キラキラしたものを目にしたからか、よくわからない落ち着かない気持ちはキレイに晴れていた。テイクアウトをしてすぐに店を後にするつもりだったが席にキラキラを見つけたので、予定を変更し自分も食べていくことにする。
キラキラを視界に入れながら食べられる席にしようと、キラキラが座っている席を通り過ぎようとして、思わずテーブルの上を二度見した。
「なんだそれ」
「ん?」
「あっ」
テーブルの上に、自分では食べたことのないような量のドーナツが山のように盛ってあり、さらにその奥にはケーキもあるように見える。
あまりにも絵面が違和感を訴えすぎていて、こぼれた言葉にキラキラが反応して顔を上げ目が合ってから、声に出てしまっていたことに気が付いた。
「どうも」
気まずい思いを誤魔化すように一言挨拶をしてそそくさと奥の席へ向かう。あちらもすぐに興味を失ったのか、顔を戻して作業を再開したようだ。
今の時代、大の男が甘いものを大量に食べていても、特別奇異な目で見られることもない。それでも自分が驚いたのは、いつも目にする男の様子から、甘党だとは思っていなかったからだ。
テイクアウトの時も店内で食事をしていく時も飲み物はコーヒーのようだったし、店内での食事は主に軽食で、作業片手に食べられるようにかサンドイッチなどのメニューをよく食べているのを見かけていた。
それが久しぶりに顔を見たと思ったら、二個や三個ではない数の山になったドーナツと、ケーキまでがテーブルを彩っていた。
同僚は何だったか、確かあの男のことをやけに顔がよくて天才でとか言っていた。それに追加して、たぶんというかきっと気は短かい。でも唐突なこちらの提案に乗る柔軟性はあって、意外と律儀。あと頑固なところもある。キラキラしてる。もしかしたら甘党。
顔はよく見るけれど、直接会話をしたのはまだ二回ほどで、それも中身のあるようなものでもない。それなのにこうやって新しくあの男の情報が増えていっている。
それも何だかおかしく感じるが悪い気分でもないから、まあいいかと自分もキラキラを視界におさめながら食事を進めることにする。
やっぱりこのキラキラを見ていると気分が明るくなるような気がする。
今日は自分しか来ていないようだ。先日の山盛りドーナツを見かけて甘党疑惑が持ち上がってから、何だかドーナツのことが頭から離れなくなり、ドーナツの口になっているような気がする。
積極的に甘いものを食べるわけではないが食べられないわけでもないので、今日はドーナツを頼んでみる。
キラキラもないし、頼むつもりもなかったドーナツとコーヒーだけなのでカウンターに座り、早速ドーナツを食べてみる。
うん、普通のドーナツだ。特別うまくもまずくもなく、普通においしい。自分は何かこのドーナツに期待でもしていたのだろうか。
食べかけのドーナツをまじまじと見つめながら自問していると、隣の席に人が座る気配があった。カウンターに空いている席は他にもあるのに、わざわざ隣に座ろうとする人もいるんだなと顔を上げて、キラキラが目に入る。
「珍しいですね、あなたがドーナツを召し上がるとは」
「そういうあなたは今日はドーナツを山にしてないんですね。甘いもの、お好きなんじゃ?」
「おや、よく御存じで」
「いやいや、あれを見かけてあれで好きでもないものを食べているとか言われたら何の罰ゲームなんです?」
「特別好きというわけでもないですよ。糖分補給のためですので。あなたこそ大抵は主食を召し上がっているように見受けられましたが?」
「先日大量のドーナツを見かけまして、何だかドーナツの口になってしまったので。何か問題あります?」
「それは失礼。それで、いかがでしたか。ドーナツのお味は」
「まあ、悪くないんじゃないですか」
自分があちらを見かけているということは、あちらも自分を見かけているわけで。あちらはキラキラしていて目立つから、目に入るのはしょうがない。でも自分は特に目立つわけでもないのに、なぜあちらの目に入っているのだろう。
ドーナツについての話を思いがけずした日から、変化があった。
今までカフェでお互いを見かけても話しかけることがなかったのに、すれ違いざまに挨拶を交わしたり、隣り合ったテーブル席やカウンターで他愛ない言葉を交わしたりするようになった。
「相変わらずすごい量ですね。糖分取りたい時はわざわざここまで来るんですか?」
「ここに来るのは気分転換を兼ねていますので、糖分はついでですかね。普段はラムネを持ち歩いています」
「ラムネ?あなたが?」
「何かおかしいですか?」
「いやなんか、イメージに合わないですね」
「ブドウ糖の補給に最適ですし持ち歩きも出来て効率がいいですから」
「そう言われると確かに」
他愛もない会話だが、回数を重ねていくと新たに知ることが増えていく。
カフェで作業をするのは気分転換を兼ねていること。ドーナツを山盛りにして食べる時は、仕事が立て込んでいて缶詰になっていた後で、最初の頃に一週間ほど姿を見なかったのもその缶詰期間だったこと。
普段からブドウ糖の補給のためにラムネを持ち歩いていること。
確かにラムネなら持ち運びも楽で効率はいいのかもしれないが、あんな彫刻のようなキリッとした顔の男が素朴なラムネを持ち歩いているなんて、なかなか面白い気もする。
そんな話を聞いたからだろうか。
本来出張に行くはずだった担当が運悪く骨折し、代打で行ける人間ということで抜擢され急遽向かった先で仕事をやり遂げ、帰りの駅構内の土産処で目についたそれ。
いつもなら背景と化してピントも合わないだろう、ラムネ菓子。
出張に行くことを告げたわけでもないし、同じ会社に勤めてはいてもまったく関わらないような部署同士の人間である。
敢えて関係性を言葉にすれば、同じ店に通う時々言葉を交わす顔見知り程度の仲の常連客同士、になる。
少しだけ悩んで、それでも一度気になってしまうと無視が出来なかった。別に渡さないなら自分で食べればいいからと言い訳も用意して買ってしまった。
渡さないかもしれないと思いながらラムネを持ち歩き、いつものカフェに足を運ぶがキラキラがない。
特に意識しなくともいつもと同じようなタイミングで赴けば、一日二日は見なくてもその内キラキラが飛び込んでくるのに、缶詰期間にでも入ってしまったのだろうか。
キラキラがないからか、なんとなく色褪せたように感じるカフェに長居する気にならず、すぐに店を後にする。
そわそわとするようなハッキリしない心地を抱えながらいつものように毎日を過ごし、いつものようにカフェに足を運んで、キラキラを見つけた。
やっぱりキラキラがあると、店もつられてかキラキラしているように感じる。
予定を変更し、缶詰後なら今日もまた山盛りドーナツかなと予測しながらキラキラに近づいて、違和感を覚える。缶詰後に遭遇すると、テーブルの上はひとり菓子パーティーでもするのかといった有り様なのに、今日はコーヒーがひとつ置かれているだけだ。
それにいつもよりも顔色がよくないような気がする。席のすぐ横で立ち止まると、あちらも気付いて顔を上げた。
「今日はドーナツ山は作らないんですか?」
「ええ、今日はそういう気分でもないので」
「気分じゃなくて、具合が悪いの間違いだろ」
言い当てられたことか、それを友人でもない人間に言われたからか、急に敬語ではなくなったこちらに驚いたのか。とにかくいつも澄ました顔をしているこの男の驚いた顔が見られて少しだけ溜飲が下がる。
「顔色が悪いし、声もいつもの感じじゃない。糖分補給も出来ないくらい具合が悪いんならこんなとこに出てこないで早く家帰って寝ろ」
よくよく見ると、いつものキラキラも元気がないように見える。こちらが何か言うとすぐに返ってくる口も、同様に元気がない。
「これ、出張先で見かけたから、やる」
色々言ってやった勢いで、持ち歩いていたラムネ菓子もついでに押し付ける。驚いていた顔が押し付けたラムネ菓子を見て、またこちらを向いた時に、店の照明が急に一段階上がったとしか思えなかった。
「ああ、出張でしたか。しばらく見かけなかったものですから。ラムネ、ありがたく頂きます」
見たことがない、今までの澄ました顔でも少し挑発するような顔でもない柔らかくなった顔と、元気がないはずのキラキラが、とても眩しくて、まともな返事が出来ていたのか記憶がない。
ラムネ菓子を押し付けてからしばらくは、こちらが言ったことを守って大人しくしているのかカフェで遭遇することはなかった。
キラキラを見なくても毎日は過ぎて、いつものようにカフェに足を運んで、久しぶりに見つけたキラキラは前よりも輝いて見えるようだった。
いつものようにキラキラに近づいて、席のすぐ横で立ち止まる。
「もう調子はいいんですか」
「ええ、おかげさまで。心配してくださったんですか」
話しかけながら隣のテーブル席に着き、いつものどうでもいいような会話の応酬を始める。
「はあ?人として普通のことでしょう。やっぱりあんた、変わってるな」
言ってしまってから相手が面白そうなものを見た顔をしていて、本音がそのまま出ていることに気付いた。
「あっ。いえ、その」
「構いませんよ。私はあなたの上司でもない。敬語も必要ありません」
「そういうあんたは敬語ですけど」
「私は癖のようなものなので。しかしあなたがいつものように話してくれるというならやぶさかではない」
「その堅苦しい話し方は変わらないんだな」
「何か問題でも?」
「いや?あんたのその偉そうな雰囲気に合ってていいんじゃないか」
「そんなことを正面切って言ってくるのはあなたくらいだ」
今までのやり取りの何が気に入ったのか、なんだか楽しそうな顔をしている。
「今日はドーナツじゃないんだな。それなに?」
「こちらの期間限定のケーキだ」
「期間限定?意外だな」
「意外とは?」
「そういう、流行りものよりはいつも決まったものって感じかと」
「ああ、最終的にはそうなるな。新作は試したくなるから手は出すが、それが落ち着くと自然と定番のものに戻る」
「そう聞くと納得するな」
そんな話をしたすぐ後に、またしばらくキラキラを見なかった。今度は缶詰になっているんだろう、それなら次に見かけるときはドーナツ祭だと予測しながら、ふと新作ケーキのメニューが目に入る。
いつの間にか前回あの男が食べていたものと入れ替わっていたようだ。さすがにケーキは頼んでみる気にはならなかったから、次に遭遇した時に知らないようだったら教えてやろう。
教えてやろうと思っていたのに、三日目にしてそのケーキがテーブルの上にある。どうするんだ、これ。いや、わかっている。注文した以上食べずにいるなんてしたくないから、食べるしかない。
これもあのキラキラがいけない。やけにキラキラして存在を主張してくるくせに、なければないでいないことを主張してくる。最近はラムネ菓子を見かけるとキラキラがちらついて、今日なんかはついには頼むつもりのないケーキを注文してしまっている。
キラキラに八つ当たりしながらケーキに罪はないので、とりあえず一口食べてみる。うん、普通においしい。
「おや、珍しい。あなたがケーキとは」
声をかけられるまでキラキラに全然気が付かなかった。
「これ、新作だって」
「ほう?」
「普通にうまいよ」
「それは楽しみだ」
いつものように隣のテーブルがひとりドーナツ祭りになっているのを見ながら、忘れないうちに伝えておくことがあった。
「また出張に行くからしばらくここに来ない」
「急になんだ。今までそのように言ったことなかっただろう」
「なんか前の時に心配かけたみたいだったから」
「そうだったか」
「違うのか?まあどっちでもいいけど。俺もあんたをしばらく見ないと落ち着かないし」
「そうですか……多少は心配したかもしれないですね」
「なんだそれ。まあいいや。とにかく一週間くらいは来ないけど、別に心配はいらないから」
心配はいらないと言っておきながら、出張後にうっかり体調を崩した。あの男にはこんなとこ来てないで家に帰って早く寝ろと言いつけた手前、自分が体調を悪くした時にそれをする気にもなれず、おとなしく会社と家を往復する。
いつも約束をして待ち合わせているわけではないから、気にしなくてもいいのに、どうしても気になる。体調を悪くしたから行くのを控えているとわざわざ伝えるのも何か違う気がして実行に移してない。
自分の体調とジリジリとにらみ合いながら数日を過ごし、端から見ても体調が悪く見えないまでに回復したのを待ってすぐにキラキラ観測を解禁する。
行ったところで相手もそこにいなければ観測は出来ないわけだが、とりあえず行かないことには観測も何もない。
いつものカフェにいつものように足を運んで、そこにキラキラを見つけることが出来て、なんだかとても安心した。
先にキラキラが席に着いている時は、いつもは自分が近づいて声をかける。そうすると顔を上げるのに、今日に限ってまだそんなに近づいてもいないのに、パッと顔が上がったと思ったら、いつか見たときのような柔らかい顔をしていた。
やっぱり体調はまだ回復していなかったのかもしれない。相変わらずこの店の照明は強すぎてキラキラがいつもより眩しいし、なんだか顔も熱いような気がする。
「心配はいらないんじゃなかったですか」
「悪かったよ、ちょっと風邪ひいてた」
「そんなところだろうとは思っていた」
「え、こわ、なんで?」
「失礼だな。出張でいないことを伝えてくる律儀なあなたなら、その理由以外にどうしても来られない事情があるならそれを伝えてくるはずだ」
答え合わせを促されているのか、目線で問いかけられる。なんだか見透かされているようで癪だが、その通りなので頷いてやる。
「そうかも」
「取り立てて理由を伝えないようなことで、以前具合が悪いなら家にいろと言ったあなたなら、自分が該当した時にはここに来ないと推察した」
「悔しいけど合ってる」
得意気な顔をされると少しイラっともするが、キラキラを見られて喜んでいる自分もいる。
「こちらを」
「なんだこれ、のど飴?」
「見舞品だ。ラムネの礼でもある」
「別にいいのに。まあ、もらっとく。ありがとな」
貰ったのど飴は、その辺のスーパーやコンビニでも買える、定番のものである。
「これは定番のなんだな」
「流石に見舞品に奇抜なものは選ばない。あなたからのラムネ菓子はなかなか斬新だった」
「あれは別に俺の趣味ってわけじゃないぞ?あんたと話したその後にたまたま目についたから」
「猫の形をしたものは初めてだったから面白かった」
「また見かけたから、これやる」
話の流れで持っていたラムネ菓子をまた押し付ける。
「想定より重い?」
「瓶に入ってるからな。なんかあんたみたいだったから」
「?よくわからないが、ありがたく頂こう」
ラムネ菓子を見かけると、キラキラがちらつくようになってしまっている。それに、この瓶に入ったラムネ菓子を見かけた時に、思わずラムネ菓子もキラキラしているのかと思った。
──あいつの髪の色と瞳の色と、それがキラキラ輝く星の形になっているなんて、まさしくキラキラだ。
瓶の中には、黄色と青色の、星形のラムネ菓子が詰まっている。
「アルー、あれ貸してー」
「あれとはなんだ」
「はさみ」
「アーノルドの腕力で開かないものが……?」
「失礼なやつだな。で、どこ?」
「仕事部屋のデスクの上にある」
「取ってきていいのか?」
「どうぞ」
許可を得たので仕事部屋に入り、目的のデスクに近づいて、それに気が付いた。
「あれ、これ……」
どうにもデスクの上に似つかわしくないかわいらしいデザインの、空の瓶が置いてあった。ノイマンの記憶違いでなければ、まだ二人がカフェで時々会って話すだけの仲だった時にハインラインにあんたみたいだからと押し付けた、ラムネ菓子が入った瓶である。
あの時ハインラインは、ノイマンが言ったあんたみたいだからの意味はよくわからないと言っていたし、それは嘘でもなんでもないと思う。
すると、ノイマンが渡したものだからと瓶を残しておいたのか、食べている途中で意味に気付いたのか。
どんな理由にしろ、こうして残してデスクに飾ってあるのを見て、じんわりと胸があたたかくなる。
それはそれとして、詳しく事情を聞きたい気持ちもある。それにしても、ノイマンがこうしてデスクを見たら、瓶に気付くとは思わなかったのだろうか。
誰かを仕事部屋に招く予定がなかったからかもしれないし、そこに飾ってあるのが通常で気付いていなかったのかもしれない。そうだといいなと胸がくすぐったくなるような想像をしながら、はさみを見つけて部屋を出る。
気分がいいからついつい鼻歌がこぼれてしまう。
「見つかったか?ん?はさみがそんなに嬉しかったのか……?」
「あったあった。そうじゃなくて」
「なんだ……ッ」
ノイマンのにんまりとした顔に何かを感じ取ったのか目を眇め警戒したような顔で構えている。
「デスクに飾ってあるあの空瓶、アルバートみたいってあげたラムネ菓子の瓶だよな?」
「ッッッ」
「なあ、なんで飾ってくれてんの?」
「そ!れは、あなたが私みたいだと言って、くださったので」
「うん」
完璧に油断していた。そこにあるのが当然すぎて、まったく意識していなかった。ノイマンは答えを聞くのを楽しそうな顔で待っている。
「私みたいの意味はわからなかったが、あなたが私を思い浮かべて選んでくれたのかと思ったら」
「うん」
「嬉しかったので、瓶を捨てるのが忍びなくそのまま」
「あんたみたいって言った意味はわかったのか?」
「始めはわからなかったが」
「うん」
「自惚れでなければ、僕の髪と瞳の色だろうか」
「うーん」
「違うのか⁉」
「七十点」
「七十点⁉ぐっ満点ではないだと⁉」
ほんとうになんなんだ……?七十点ということはハインラインの答えは間違っていないが及第点といったところだろうか。チラリとノイマンの顔を見ると、悪戯を思い付いたような悪い顔をしている。
こういう時はノイマンの中で、絶対にハインラインにはわからないと確信していて、それでいてハインラインに問いかけて反応を楽しんでいる。
惚れた方が負けだとはよくいうし実際そうだと実感することも多いが、それはそれ、これはこれ。負けっぱなしも悔しいので、こちらも反撃に出る。
「ところでダーリン」
「なんですか、ハニー」
ノイマンの好きな表情を敢えて浮かべて、声もわざとらしく優しく作る。ノイマンも反撃の狼煙が上がったことに気付いて、訝しげな顔で警戒の構えである。
「こちらの瓶に入ったラムネ菓子、見かけたからと仰っていましたが」
「そうだけど?」
「ネットで、ですか?」
「あっ!おまえまさか!」
「わざわざ限定で販売されている、僕を連想するラムネ菓子を、ネットで見かけて、贈ってくださるなんて」
「~~~ッ」
「情熱的なダーリンで僕は幸せ者ですね」