「アルー、あれ貸してー」
「あれとはなんだ」
「はさみ」
「アーノルドの腕力で開かないものが……?」
「失礼なやつだな。で、どこ?」
「仕事部屋のデスクの上にある」
「取ってきていいのか?」
「どうぞ」
許可を得たので仕事部屋に入り、目的のデスクに近づいて、それに気が付いた。
「あれ、これ……」
どうにもデスクの上に似つかわしくないかわいらしいデザインの、空の瓶が置いてあった。ノイマンの記憶違いでなければ、まだ二人がカフェで時々会って話すだけの仲だった時にハインラインにあんたみたいだからと押し付けた、ラムネ菓子が入った瓶である。
あの時ハインラインは、ノイマンが言ったあんたみたいだからの意味はよくわからないと言っていたし、それは嘘でもなんでもないと思う。
すると、ノイマンが渡したものだからと瓶を残しておいたのか、食べている途中で意味に気付いたのか。
どんな理由にしろ、こうして残してデスクに飾ってあるのを見て、じんわりと胸があたたかくなる。
それはそれとして、詳しく事情を聞きたい気持ちもある。それにしても、ノイマンがこうしてデスクを見たら、瓶に気付くとは思わなかったのだろうか。
誰かを仕事部屋に招く予定がなかったからかもしれないし、そこに飾ってあるのが通常で気付いていなかったのかもしれない。そうだといいなと胸がくすぐったくなるような想像をしながら、はさみを見つけて部屋を出る。
気分がいいからついつい鼻歌がこぼれてしまう。
「見つかったか?ん?はさみがそんなに嬉しかったのか……?」
「あったあった。そうじゃなくて」
「なんだ……ッ」
ノイマンのにんまりとした顔に何かを感じ取ったのか目を眇め警戒したような顔で構えている。
「デスクに飾ってあるあの空瓶、アルバートみたいってあげたラムネ菓子の瓶だよな?」
「ッッッ」
「なあ、なんで飾ってくれてんの?」
「そ!れは、あなたが私みたいだと言って、くださったので」
「うん」
完璧に油断していた。そこにあるのが当然すぎて、まったく意識していなかった。ノイマンは答えを聞くのを楽しそうな顔で待っている。
「私みたいの意味はわからなかったが、あなたが私を思い浮かべて選んでくれたのかと思ったら」
「うん」
「嬉しかったので、瓶を捨てるのが忍びなくそのまま」
「あんたみたいって言った意味はわかったのか?」
「始めはわからなかったが」
「うん」
「自惚れでなければ、僕の髪と瞳の色だろうか」
「うーん」
「違うのか⁉」
「七十点」
「七十点⁉ぐっ満点ではないだと⁉」
ほんとうになんなんだ……?七十点ということはハインラインの答えは間違っていないが及第点といったところだろうか。チラリとノイマンの顔を見ると、悪戯を思い付いたような悪い顔をしている。
こういう時はノイマンの中で、絶対にハインラインにはわからないと確信していて、それでいてハインラインに問いかけて反応を楽しんでいる。
惚れた方が負けだとはよくいうし実際そうだと実感することも多いが、それはそれ、これはこれ。負けっぱなしも悔しいので、こちらも反撃に出る。
「ところでダーリン」
「なんですか、ハニー」
ノイマンの好きな表情を敢えて浮かべて、声もわざとらしく優しく作る。ノイマンも反撃の狼煙が上がったことに気付いて、訝しげな顔で警戒の構えである。
「こちらの瓶に入ったラムネ菓子、見かけたからと仰っていましたが」
「そうだけど?」
「ネットで、ですか?」
「あっ!おまえまさか!」
「わざわざ限定で販売されている、僕を連想するラムネ菓子を、ネットで見かけて、贈ってくださるなんて」
「~~~ッ」
「情熱的なダーリンで僕は幸せ者ですね」