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    小説。空ベド前提、空×2号
    付き合ってるのにベドに肉体関係を断られた空と、「どうしてもしたいなら、彼を使うといい」とベドに「推薦」されてしまった2号(空に片思いしている)。
    地獄だなあ

    実りなどない 空とアルベドは強い絆で結ばれ、恋人という関係になった。彼らは順当に関係を進めていき、残すはとうとうセックスだけ。
     そんな時、アルベドはこんな事を言ったらしい。

    「キミと、性的な行為をしたくない」
     ――と。


     拗ねたような、今にも泣き出しそうな顔で語る空の姿は、どうにも哀れっぽくかわいそうに見えた。床に座り込み、壁に背中を預けた彼の顔は、どうにもやつれて見える。
    「ボクは嫌だ、って言うんだ。どうしてもって言っても、だめだ、って」
     視線はずっと自分のつま先だ。抱え込んだ膝をぐっと腕で寄せるようにして、彼は俯いてしまった。

    「……それで、彼がボクを「推薦」したのか」

     頷く旅人を見て、ボクは思わず深いため息をついてしまった。


     ……ボクは、空のことが好きだ。はじめは、アルベドが想いを寄せる人だからと、アルベドの思考をトレースしていただけだった。けれどいつしかボクは、空のことを本気で好きになっていた。
     正真正銘の初恋だ。空に触れたい、空と話をしたい、それから、彼と幸せに暮らしたい。……幼稚な欲求だ。

     けれどそれは叶わぬ恋だということも知っていた。なにせボクは「二人目」で、先人たる「アルベド」は、ボクが目覚めた時には既に、空と良い関係になっていたのだから。

    「……キミが抱きたいのは、ボクではなく「一人目」なのに。むごいことを言うね」
     ボクの発言に頷く旅人。
     ……彼がどれだけアルベドのことを好いているか、ボクはよく知っている。
     モンドに帰るたびにアルベドを訪ねてきて、居ないと分かれば雪山まで足を運ぶ。そしてアルベドと少し会話をするだけで、まるで子犬のようにはしゃぐのだ。

     一途で、素直で、甘やかしてくれる存在。そんな空を、アルベドは無慈悲に突っぱねた。
     ……彼の「性的なことに対する嫌悪感」は知っていた。自分自身の性別や肉体について、なるべく意識したくない様子だったし、そもそも性欲自体薄い方だろうと思っていたから、性行為には興味がないものだとばかり思っていた。

     ……だが。まさかここまで徹底して拒否されて、帰ってくるとは。

     ボクは何も言わず、黙って旅人を見つめていた。すると彼もまた、無言のままこちらをじっと見つめ返してくる。
     やがて耐えきれなくなったように、彼はぽつりと口を開いた。
    「……俺、間違ったかな……」
     上擦った、庇護欲をそそる声色だった。ゆっくり首を横に振り、ボクは彼の言葉を否定する。
    「キミには何の罪も、責任もない。……彼が嫌がっているだけだ」
    「……でも……」
     言いかけて口をつぐみ、再び沈黙する。……そしてまた何かを言いかける。その繰り返しだった。これ以上、彼を悩ませるわけにもいかない。ここで話したところで、あの「アルベド」の意思は変わらないのだし。ボクは話題を変えることにした。

    「では、率直に聞こう。キミはボクを、「アルベド」として抱けるかな」
     旅人の瞳が一瞬大きく見開かれて、すぐに細められる。視線をそらして、彼は小さく首を振った。

    「……いやだ」
     これも、想定内の返答だ。……どれだけ外見が似ていようと、根底にある思想――アルベドになりたい、成り代わりたいと願うボクの心は変わらない。
     八方塞がりだ。アルベドとしてのボクは、空を受け入れることはできない。
     けれど「ボク」としては……彼に抱いてもらえるなら、なんでもいい。
    「……では、アルベドではなく、「ボク」としてなら」
    「ない」
     間髪入れずに否定される。……分かっていたことだけど、ちょっと落ち込んでしまう。旅人はアルベドのことしか見ていない。ボクはやっぱりどこまでいっても「二人目」で、それ以上にも以下にもなり得ないんだろう。
     それでも諦めきれない自分がいる。こんなに好きなのに、どうしてボクじゃだめなんだろう。日を追うごとにボクは、アルベドとして完璧な振る舞いをとれるようになってきている。外見だって、あんなミス――模様をつくらなかったこと――は、もうしない。
     なのに、これだけやってもまだボクは、空に愛してもらえない。

    「……空」
     名前を呼んでみる。ボクを見る視線に、熱はない。
     この人は、ボクを通して、アルベドの影を見ている。それがひどく悲しくて、寂しかった。他の人間と違って、この目はけしてボク自身を見ることはない。アルベドによく似た「なにか」だと、そういう視線で見られ続ける。悔しくて、虚しい。

    「……キミを手ぶらで帰らせると、「一人目」に文句を言われるだろうね。「性欲に狂わされている空を見たくなかったから、キミに任せたつもりだったのに」、とか言って……」
     空の表情が変わる。……ボクは知っているんだ。だってボクは「アルベド」なのだから。彼の……アルベドの考えていることが、理解できる。

     ――空に求められたい。彼を独占して、自分だけのものにしたい。ボクだけを見て欲しい。
     だけどセックスなんてしたくない。生殖行為の真似事だから。そもそも繁殖能力が無いのに、快楽も得られない行為をするなんて。
     ……と、いった感じで。これらのすべてを空に伝える気は、毛頭ないけど。
     ただ、ひとつ。
     ボクを「推薦」した理由だけは、わからない。

    「……頼むよ。叱られたく、ないんだ」
     空はしばらく迷っていたけれど、やがて意を決したような顔でボクに向き直った。

    「わかった。……抱くよ」
     旅人はそう言うと、ボクの腕を掴んだ。そのまま引き寄せられて、身体が密着する。たったそれだけの事なのに、心臓がばくばくと高鳴っている。
     嬉しさがこみ上げてきて、思わず頬が緩みそうになる。それを必死に抑えて、ボクはできるだけ冷静な声で言った。
    「ありがとう。嬉しいよ」
     少し困った顔をして微笑む彼。そしてゆっくりと目を閉じて、ボクにキスをする。……生まれてはじめて、空からキスをされた!

     やった。ついに、やっとだ。空がボクを抱いてくれる! 喜びに打ち震えながら、空の唇の感触を確かめる。柔らかくて、熱くて、気持ちいい。幸せすぎてどうにかなりそうだ!
     人の唇はこんなに暖かいものなのか。「一人目」と空は、こんなことを普段からしているのか? ずるい。いくらやっても無くなるものじゃないんだ、少しくらいボクにしてくれたって、構わないだろう。意地悪なやつらだ。

     ……けれど不意に、違和感を覚える。

     何かが、違う。うまく言えないけれど、何かがおかしい。彼の胸を押して、口付けを止め、空の顔を見つめる。すると彼は不思議そうな顔をして、こちらへ視線を返してくる。何があったのか分からない、といった様子で――


    「どうしたの、アルベド」

     ……その一瞬だけで、ボクの疑問は確信に変わった。

     心臓が痛い。ボクのこれは、作り物のはずなのに。人に似せて作った、ただの飾りのくせに、ひどく締め付けられている。

     ボクを「アルベド」と呼んだ。二人きりの時は、名前なんて呼んでこない。今まで「君」と呼ばれ続けていた。

     違和感の理由が、はっきりとした輪郭を持つ。彼は先程、アルベドとする口付けを、ボクにしたんだ。
     即ち……ボクは今まさに、空に、「アルベド」として認められたことになる。

     ……なのに。どうしてこんなに、気持ちが悪いんだ?

    「……少し、呼吸が……苦しかったんだ。……続けて、構わないよ」
     ボクは努めて、冷静に返事をした。空は「うん」と頷くと、再びキスを始める。今度はさっきよりも激しくて、情熱的だった。歯列をなぞられ、上顎を擦られる。ぞくりと背中が粟立って、下腹部がきゅん、とうずく。
     ……けれど。胸の痛みも、強くなるばかりだった。

     手を引かれ、ベッドへと押し倒される。覆いかぶさってくる空の目をまともに見れず、目を閉じた。
     重なる唇は、変わらず暖かくて、優しくて……ひどい、裏切りの味がした。

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