「こんにちは〜!」
「あら!隆くん、どうぞ〜」
扉の向こう側からガチャリと鍵の開ける音がしたのでドアノブを引く。顔を出してくれたのは幼なじみの母親である優紀ちゃんだった。
「注文もらってたもの届けにきたよ」
片手を上げれば持っていた袋ががさりと音を立てた。いつもありがとうと袋を受け取った彼女にそれじゃあ俺はこれで、と帰ろうとすると待ってと引き止められる。
「花火…?」
「そう!今ね、みんなで花火しましょって話してたの」
花火なんていつぶりかしら!そうはしゃぐ優紀ちゃんに、よかったら少し上がっていかない?と言われ半ば引っぱられる形で家へお邪魔することになった。靴を脱ぎ、玄関の端に揃えて置く。そこには自分が脱いだ靴と大して変わらない大きさの靴が一足置いてあった。
「隆くん呼んじゃった!」
「わぁ!お久しぶりです!」
優紀ちゃんと一緒にリビングへ入れば、そこには山吹中一年の壇とソファーにどかりと座ってる幼なじみの亜久津がいた。久しぶりだねと挨拶を返して空いてるソファーの端に座る。
「今度の花火なんだけど、隆くんも一緒に行かない?」
「え、俺も?」
「そう、絶対楽しいわ!ね!」
「ぜひ!みんなでやる花火は楽しいです!」
「えっと……」
花火は自分も久しぶりだし、何よりきらきらと輝くような二人の瞳を見たら頭を左右に振るのは憚られる気がした。
「うん、いいよ」
「やったぁ!」
「やりましたです〜!」
二人は手を取り合いぴょんぴょんとジャンプしている。そんな、大袈裟だよ、と困ったように笑っていると少し離れた場所から鼻で笑われた。
「ガキかよ」
「亜久津は花火しないのか?」
「するわけねーだろ」
吐き捨てるように言う亜久津に、さっきからずっとこうなのと優紀ちゃんが小さくため息を吐いた。
「まぁ仁は当日引きずっていくとして…準備しなくちゃね!必要なもの買いに行きましょ!」
「は?」
「僕、花火セットの売ってるお店いくつか調査済みです!亜久津先輩もきっと楽しんでくれると思うです!」
「おい待て」
「善は急げね、それじゃ買ってくるわ〜!」
「おい!俺は行かねーぞ!人の話聞きやがれッ」
嵐のような勢いで買いに出て行った二人に亜久津の言葉は届いたのかわからないが、不機嫌の増した彼になんと声を掛ければいいのか悩む。
「あー、その……花火楽しみ、だね?」
「……チッ」
亜久津は舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。
花火当日、家から近くにある公園に俺たちは集まっていた。花火セットにろうそく、ライター、それと水の張ったバケツを用意した。二人が買ってきてくれた手持ち花火は色とりどりでたくさんの種類があり、どれからしようかと目移りしてしまう。
「私これにするわ」
「僕はこれです。亜久津先輩はどれにするですかー!」
俺たちと離れた場所に設置してあるブランコの柵に座っていた亜久津に話しかけるも、てめぇらで勝手にしてろと返されてしまった。花火に誘われた日はあんな態度だったけど、集合場所の公園に亜久津の姿を見つけたときは咄嗟に口元を手で隠した。つい、にやけてしまったからだ。
「(なんだかんだ来てくれるんだよなぁ)」
ろうそくに火をつけ、それぞれ決めた花火を持つ。それじゃ始めちゃいましょうか、優紀ちゃんの声に頷き花火の先端をろうそくの火に近づけた。
手持ち花火も残り少なくなり、俺は火花の出なくなった花火を水の張ったバケツに浸けた。そのまま亜久津のいるブランコの柵へと近づき横へ座れば、ちらりと視線だけ向けられる。
「俺は一旦休憩」
「そうかよ」
「花火さ、久しぶりにしたけど楽しいね」
「フン、ガキみてぇにはしゃぎやがって」
「そんなにはしゃいでた?」
一つの花火が終われば次は色が何色にも変化する花火に変わるたび感嘆の声を出していたし、その次は地面を回転しながら走るねずみ花火に三人でわあわあと逃げ回っていた。今思うとちょっと恥ずかしいなと頬をかく。
「亜久津もねずみ花火には驚くかも」
「あ?あんなんにビビるかよ」
「やってみないと分からないし……あ、二人が呼んでるみたいだよ」
こちらに向かって二人が大きく手を振っているのが見える。片手には何やら筒のような物を持っていた。
「行ってきなよ」
「あぁ?」
亜久津にジロリと睨まれた。あ、今日初めて目が合った気がする、なんて呑気なこと思ってしまった。
「優紀ちゃんも壇も、亜久津に花火楽しんでほしいんだと思う」
もちろん俺も、だけど迷惑だったらごめんな…自信無さげに眉尻を下げ、亜久津の顔色を伺う。亜久津の視線が俺からゆっくりと外されていく。まずいこと言っちゃったかなと思い、視線を亜久津から自分が履いてる靴のつま先へ移した。
「仁〜〜!!ちょっと来て!」
「亜久津先輩〜〜!」
「さっきからうるせーんだよ」
ジャリっと地面を踏み鳴らす音がして顔を上げた。亜久津は座っていた柵からゆっくりと立ち上がると両手をポケットに突っ込んで二人の元へ歩いていく。優紀ちゃんたちは筒を地面へ置いて何やら亜久津に説明していた。どうやら先ほど二人が手に持っていた筒こと噴き出し花火へ火をつけてほしかったようだ。んな事で呼ぶなと亜久津は怒っていたけれど、ちゃんとろうそくの火をつけてくれていた。火のついた筒からシューっと勢いよく火花が散り、およそ3mほどの高さまで噴き上がった。すごーい!と声を上げる優紀ちゃんたちの姿や、こちらに背中を向けて花火を見ている亜久津の姿に今日は来てよかったなぁとぽつり呟く。数秒ほど続いた噴き出し花火は勢いが弱まり火花も出なくなったため、これでお開きとなった。
帰り道、すっかり暗くなった道を一緒に歩いてた亜久津が急に腕を掴んで引き止めた。
「ぅわ、なに?」
「てめぇ今日公園に来たとき笑ってやがっただろ」
「えっ!」
バレてたのか!と咄嗟に口を隠してしまった。亜久津は笑ってた理由を吐け、なんて言うし動揺が隠せない。
「えーっと、言わないとだめ?」
「とっとと吐け」
「…どうしても?」
「おい」
掴まれていた腕を強く引かれる。亜久津にぶつかりそうになり、慌てて崩した体勢を立て直す。
「わかったよ!その……、亜久津がいてくれて、う…嬉しかったんだ」
あまり花火に乗り気じゃなかったようだし、でも来てくれただろ?だから姿見つけたとき嬉しくて、それでその…としりすぼみになりながらもなんとか理由を伝えた。あれ?顔が熱い、どうしてこんなに熱いのか。
「ちょっと二人とも!先に帰っちゃうわよ」
離れた場所から掛けられた優紀ちゃんの声にハッとする。亜久津に早く帰ろうと言わなくてはと下げていた顔を上げれば、目の前にはとても稀な姿があった。
「亜久津……顔赤くないか?」
「あ?!てめぇこそ赤いだろ!」
「え!これは、何でか顔熱くなってて…!」
しどろもどろになりながらも、亜久津こそ何で赤いんだと訊けば大きく舌打ちをされただけだった。掴まれていた腕から手が離されて、そこからはお互い無言で歩く。俺たちの先を歩く二人に気づかれる前に、この顔の熱を早く下げてくれないかと夜風に願った。